「やあ、浮竹」 「・・・・・なんだ、京楽か」 雨乾堂を訪れた京楽を待っていたのは、病に臥せっている浮竹だった。 「外はいい天気だよ。もう少し熱が下がったら、一緒に川辺でも散歩しようじゃないか。きっと風がきもちいいよ」 京楽は、かぶっていた笠をとって、浮竹の寝ている布団の隣に座った。 「散歩か。ここ一週間は外出してないからな。それもいいだろうな」 今は、とてもじゃないが、散歩にでかけれるような体調ではなかった。 大分熱は引いたが、まだ微熱が続いている。肺の病は、浮竹の体を確実に蝕んでいる。熱をだすのもしょっちゅうだ。 隊長に任命されても、病はかわらず浮竹を蝕んでおり、臥せっていることが大半で、任務がある時は無理をしてでも出陣する。 そして疲れ、また臥せる。小健康を取り戻しても、四番隊の世話になるくらいだ。 「京楽・・・・」 熱で潤んだ翡翠の瞳が、懇願してくる。 京楽は、にこりと笑って、浮竹を抱き上げた。 「太陽に当たりたいんだね」 「ああ、頼む」 もう、一週間も寝込んだままだった。体は部下の死神の3席である二人がふいてくれたりして、清潔は保っていたが、それでも湯あみをしたい。それがかなわないと分かっているから、せめて太陽の光にあたりたかった。 雨乾堂は、設計上日の光が入ってきても、淡い光しか入ってこない。ましてやぽかぽかした太陽の光に当たりたい時は、外に出て池の前に座りこむくらいしかない。 よく、池の鯉に餌をやるのだが、最近なぜか鯉が増えてきたような気がする。 それが11番隊の副隊長であるやちるのせいだとは、まだ気づいていない。 やちるは、お見舞いともちこまれた浮竹のお菓子を遊びにきては平らげ、去っていく。 やちるは、お礼にと名家である四大貴族の朽木家の鯉をとってきては、雨乾堂の近くにある池に放っていた。 布団から京楽の腕の中に移動した浮竹の体重は、悲しいほど軽かった。 「食事はちゃんととらないとだめだよ。また痩せたね?」 「食欲がなくてな・・・・栄養はとらないと、分かってはいるんだが」 さらりと、浮竹の長い白髪が、外にでたことでふいてきた小さな風で京楽の頬をくすぐった。 「ここでいいかい?」 「ああ。すまないな」 京楽に抱きかかえられるのは慣れている。 痩せたねと、悲しい顔をされるのも慣れている。 「ごほっ、ごほっ・・・・・・」 「ああ、やっぱりまだ無理だ。部屋に戻ろう」 「いや、もう少しだけ。鯉に餌もやりたいし」 浮竹を抱えたまま、京楽は懇願してくる浮竹の我儘を、聞き届けることにした。 欄干ごしに、京楽の腕の中から鯉に餌をやると、面白いほど鯉が集まってきた。 「相変わらず凄い数だね」 「俺の自慢なんだ。いい色合いをした子がおおいだろ」 「ああ、あの白に赤の模様がある子。浮竹に似ているね」 白い肌、白い髪。吐血するときの鮮明な真紅。 鯉に餌をやり終わる頃には、ぽかぽかとした陽気にあてられて元気がでたようで、浮竹は京楽の腕からおりて、板張りの通路に自分の足で立っていた。 「浮竹は、まるで白い花だね。太陽の光を浴びて元気になって白い花を咲かす」 花に例えられても仕方ない秀麗な容姿をしている浮竹。 「なら、お前は太陽だな」 お互いに背を向けあって、通路に座り込む。板張りのせいで、冷たくはない。 だが、上着をきていない浮竹を気遣って、京楽は自分がいつも着ている女ものの、値段が驚くほど高い着物を、浮竹に羽織らせた。 「やっぱり、君は赤が似合うね」 色素の抜けた髪と、色素がないような肌に、京楽の赤みを帯びた着物はよく似合っていた。 「赤は、あまり好きじゃない」 吐血するときの色だ。生命の色だ。 京楽とは、院生時代からの付き合いだ。この腐れ縁は、もう数百年にもなる。 何処までも、浮竹に甘く優しい京楽。それに自然と甘えてしまう浮竹の全てを、京楽は愛していた。 「浮竹、じっとしていて」 「?」 京楽は、音もなく優しく浮竹を抱きしめた。それから、触れるだけのキスをして、離れていった。 「病み上がりの君に無理させられないからね。しばらくお預けをくらっとくとしよう」 「この前、微熱があったのに襲ってきたのはどこのどいつだ」 「さて、知らないなぁ」 クスクスと笑う京楽。ため息を零す浮竹。 「早く元気になりなよ。もう、一か月以上、君を抱いていない」 京楽は、紳士的ではあるが、一度火が付くと浮竹に夢中になってしまう。浮竹に無理をさせていると分かっているのに、その体を求めてしまう。 院生時代のように、若さに溺れての行為はなくなったが、それでも京楽は浮竹を欲しがった。 もう数百年も続いているこの関係が、不思議でもあった。 愛というものは不滅であると思うほどの時間を、二人で過ごしてきた。 お互い、いい年をした大人だ。子供から見れば、おじさんと呼ばれるような年齢になってもなお、二人の関係は変わらない。 「ごほっ、ごほっ!」 浮竹が、せき込んだ。 口元を手で覆って、せきこむ。 ぽたり、ぽたり。 真紅が、浮竹の指の間からこぼれた。 「浮竹!四番隊のところにいこう。吐血するほど、悪かったなんて思わなかった、すまない!」 浮竹の、悲しいほどに軽い体重を抱き上げて、京楽は走った。 四番隊の退舎につくと、浮竹はすぐに運ばれていった。 「浮竹・・・・・・・俺が太陽なら、君は月だよ」 運ばれていく浮竹の頬をなでてから、悲しそうに目を伏せた。 浮竹が、京楽を太陽と例えた。ならば、対をなす月は浮竹しかない。月のように、儚い浮竹。 「早く、元気になっておくれ」 処置が終わり、面会を許された。 白く細い指をした浮竹の手を握りしめながら、京楽は祈った。 早く、よくなってほしい。 また、酒を飲みに行こう。花見にいこう。散策をしよう。買い物にでかけよう。何か美味しいものを食べに行こう。温泉もいいかもしれない。 「浮竹、愛してるよ。不滅の愛を、君に。だから、早くよくなって、また微笑んでくれ」 浮竹の意識が戻るまで、傍にいたかったので、四番隊の病室で椅子に座りながら手を握ったまま、いつの間にか京楽は眠ってしまった。 ここ半月、浮竹の調子が悪いせいもあるし、仕事に忙殺されてなかなか会いにこれなくて、時間をみつけて仕事をさぼって会いにきてみれば、悲しいほどに痩せて、儚さが一層増した浮竹。 白い髪は、切られることも忘れて腰の位置より少し長くなっていた。 いつもなら、腰の位置にくる前に切り揃えてあげるのに。
浮竹は、副隊長だった志波海燕を亡くしてから、副隊長をあらたに選ぶことがなかった。 周囲の世話は、第3席である小椿仙太郎と、虎徹清音が率先して行っていた。 「・・・・・ん」 「気づいたかい、浮竹」 浮竹の意識が戻ったのは、その日の夕暮れだった。半日近く眠っていた。 「もう少し、寝ていたほうがいいよ」 「・・・・・・京楽、ずっと傍にいてくれたのか。すまない・・・・・・」 「いいんだよ。僕が好きでやってることなんだから」 「とにかく、もう少し眠りなさい」 「無理だ。寝すぎて、逆に頭が痛い」 具合は大分よくなっていて、せきもしていないし、熱もひいていた。これなら、もうすぐしたら、許可を得て、雨乾堂に戻っても大丈夫だろう。 「じゃあ、横になっていて。何か話をしてあげる」 「子供か、俺は」 「まぁそういわずに。この前ね、七緒ちゃんが・・・・・・」 他愛もない会話をして、笑い、驚く。 比翼の鳥は、片方が失われると失墜する。 それは京楽と浮竹だ。 二人は、二つで一つのようなものだ。 太陽と月。そんな関係。 何百年も変わらない。 「でね、山じいが・・・・・・」 「はははは」 浮竹が笑うと、京楽も楽しくなる。浮竹が悲しくなると、京楽も悲しくなる。浮竹が苦しい時は京楽の心が苦しくなる。 まさに、比翼の鳥。 |