誕生日プレゼントは給料からひきます







8月31日。
現世では最後の夏休み。たまった宿題や課題を学生たちが消化する最後の日。

一方のソウルソサエティでは、アランカル討伐と反旗を翻した藍染惣右介の野望を阻止するために死神の現世いきが決定され、その メンバーを絞り込んでいる最中だった。
現世いきに阿散井恋次の派遣がすでに決定済みであり、後は残りのメンバーの調整といった具合となっていた。大体のメンツもうほぼ決まったも同然であったが、 まだ最終的に決定したわけでもない。

阿散井恋次は、早くも現世いきのためにと副隊長としての仕事をいつもの数倍のペースでこなしては、時間があけば修行とそんな日々を繰り返していた。
忙しくて、8月31日が何の日であるかも完全に忘却していた。
他の隊長や副隊長も3人もの隊長がぬけたこともあり、それを慕っていた人物も多かっただけにまだショックから立ち直りきれていないものも多い。
恋次はすでにそういったことに後ろ髪をひかれることなく、前向きに今後どうしていくかを考える人物だ。
ほとんどが行き当たりばったりで、沈着冷静にとはいかず、頭を使うこと自体苦手としていたが、少なくとも現世に派遣が決まっていることに思慮を向けていた。

夕暮れ時、いつもの飲み仲間と居酒屋で恋次は酒を飲んでいた。
先輩である檜佐木修兵と、院生時代からの馴染み友達である吉良イヅルと3人で。
檜佐木は毎度の如くすでに給料を使い果たしており、吉良と恋次に奢ってもらっている形になる。
「しかしねー、現世いきとはなぁ…」
檜佐木が杯を煽りながら、ため息をつく。
「はぁぁぁぁぁ・・・・」
それに重なって、暗く重いため息が吉良の口からズルスルと長くはいでてきた。
二人とも、上官である隊長がソウルソサエティを裏切り、残された副隊長である身としては、現世にいく恋次が羨ましくもあり、また悲しくもあった。
所詮、自分たちでは隊長を止めることができないと分かっているからと、酒を飲んで気を紛らわす回数も多いし、隊長がやっていた仕事までこなさなくてはならなく、 執務に殺されそうな多忙な日々を送っている。
「暗すぎッスよ、先輩も吉良も」
「だってなぁ」
「そういわれてもね」
恋次の言葉に顔を見合わせる二人であったが、まだ以前のように楽しく飲んだり食べたりはできない。
3人の隊長が反旗を翻してまだ日は浅いのだ。
明るい顔して雑談をかわしあうにはまだ時間がいるだろう。
自分の杯に酒を注ぎながら、どうしたものかと恋次も半ば困り顔だ。
「そういえば阿散井君、今日誕生日じゃなかったっけ」
吉良が何か話題でもと思いついたのが、今日が恋次の誕生日というものだった。
「マジで。酒奢ってやろうにもやべー金がねー金がーーー」
「あー。そういや今日って俺の誕生日だったけ。すっかり忘れてたしどうでもいいわ」
去年などは皆で祝ってもらったものだが、起こった事態が事態だけに、皆、恋次の誕生日のことをすっかり忘れていたようであった。
もしくは気づいていても、とてもではないが皆で祝う気分にはなれない。
「毎度貧困で借金まみれな先輩から、誰も酒奢ってもらおうなんて思ってないッスよ。つか逆に奢ってる・・・」

恋次本人も誕生日などどうでもいいと本気で思っていた。
こんな非常事態の時に祝ってもらってもなんだし、しかし誕生日プレゼント1つどころか祝いの声さえないのは副隊長になってから初めてであり、少し物悲しいきもしないでもないが。


「恋次、恋次はいるか!大人しく出て来い!!」


唐突に、居酒屋からかなり離れた場所からであろうか、メガホンごしのルキアの大声が聞こえた。

「はう!?なんだー!」
突然の大声にビクっとその場にいた誰もが驚く。
中でも呼ばれた恋次の驚きようは、杯も酒の瓶もひっくり返して椅子から転げ落ちたほどである。

「恋次、どこだー!恋次ー電子レンジーオレンジー!!!」


酷い変換で名前を呼ばれているが確かにルキアの声だった。
恋次は急いでルキアの声の方角に駆け出した。
霊圧をさぐり、姿を見つけることは至極容易なことだ。
「ルキア!てめーいったい何してやがる!」
ザッと足音を立てて、瞬歩で現れた恋次に、ルキアが嬉しそうな顔する。獲物をみつけた、という顔だ。
「きたな、恋次。遅いではないか。どこにいるのかわからないから、思わずメガホンをもって探し回ったぞ」
ルキアがメガホンを指差す。
恋次は盛大なため息をついた後、怒鳴った。
「あふぉかー!メガホンなんぞ使わんでも、霊圧をさぐればいいだけだろうが!!!」

きょとん。

ぽん。

「なるほど、その手があったか。うっかりしてつい忘れていた。然しおかげで、恋次は町の笑い物だな」
「お前のせいだろうがっ」

よくよく見ると、ルキアは私服姿だった。
死神衣装とは異なり、大貴族である朽木家の娘らしく着せられた高価そうな着物。髪は結い上げており、白い花が簪のかわりに彩りを加えている。
男のような言葉さえしゃべらなければ、そのまま貴族の令嬢で通る。しばしの間、ルキアの姿に見ほれていた恋次であった。
「で、用はなんだ」
「まぁそう怒るな。兄サマに、門限にまでは帰れと言われておるのだ。一応はこれでも療養中の身でな。本当は外出もまだダメだと言われたのだが、お前に言いたいことと、 渡したいものがあってな、兄サマに無理を言って外出の許可を貰った」
「ルキア?」
恋次が怪訝な声をだす。

朽木百哉に庇われ一命を取り留めたとはいえ、義骸から崩玉を取り出され、すぐに霊圧のバランスが極端に危うくなった。
霊圧が0に近くなりほとんど人間になりかけていた身にとって、霊圧が急に上がったり下がったりと、それは死の危険すら間抜きかねない事態だったのだ。
百哉の傷は救護班のおかげでほぼ塞がり数日の養生で傷は癒えたが、ルキアの場合は霊力そのものがなくなっているというものであって、応急手当は行われたものの、 自然に霊力が回復するしかないということで、完全に霊力が戻るまであまり屋敷から出るなといわれいるのであった。
そんなルキアが、兄にまで頼んで自分に用事があるとは一体。

「ほら、これ。お前の好きな銀蜻蛉とかいう店の新作のゴーグルだ。あと誕生日おめでとう、恋次」

差し出されたのは、白い布に包まれたわりと小さなもの。
そして、ルキアの優しい微笑み。
恋次が大好きな、その笑顔。

包みを渡されて、恋次は思わずルキアを抱き寄せた。
「恋次?」
ルキアの髪を彩る白い花の甘い香りがする。
この存在を、助けれて、本当に良かった。この笑顔が、ここにあることを本当に感謝する。


「恋次、苦しいぞ」
「あ、すまね」
恋次は顔を赤くしながら、ルキアをそっと放した。ルキアの髪から白い花弁がちらちらと風に舞い落ちる。

「感謝するぜ。包み、開けてみてもいいか?」
「ああ」
了承を得て、自分の大好きな店をルキアが覚えてくれいたもの嬉しく、また新作ということもあって早速包みを開けた。
途端、恋次の顔が期待の色から蒼ざめていく。
「こ、これ・・・」
新作というだけあって、文句のいいようもないデザインに色であった。しかし、値札がついたままだ。
ルキアのことだ、値札などつけままでもいいとそのまま買って、包ませたのだろう。
しかし、そこに書いてある値段が。
値段が。

「40万環!?」


一重に、死神で副隊長クラスとはいえ給料はたかが知れている。
まぁ毎月暮らして貯蓄していく額は十分にある。
現世と違って、お金の単位とその額は違うものがある。
10万環もあれば1ヶ月余裕で遊んで暮らせる額だ。
恋次が愛用していたゴーグルでさえ、8万5千環。
給料から貯蓄してようやく買えるものだ。
それが、40万環とは・・・・

恋次は絶句するしかなかった。
そんな恋次を怪訝に思ったのか、ルキアが首を傾げる。
「どうした、気に入らなかったのか?それとも安すぎたか?」
安すぎたってなんですか、ルキアさん・・・・恋次は心中で叫んだ。

朽木家に養子にもらわれて数十年、ルキアの金銭価格もすっかり貴族並みになっていたのであった。

「あ、それからこれは兄サマから」

もう一つの包みを呆然と佇んでいる恋次に無理やり持たせる。
「ルキア・・・・一つ聞いていいか」
「なんだ」
「このゴーグル買った金は、まさかお前の給料を貯蓄していたもの全てじゃ・・・」
頬を引きつらせながらの恋次。
もしも、そんなことであったならば、隊長である百哉からどんな仕置きをされるか怖くて想像もできない。
あの事件以来、百哉は壊れ物のように大切にルキアを扱っている。無言ではあるが、昔からみれば過剰ともいえるほどのかわいがりようだ。
そのルキアの貯金を恋次のために使い果たしたと知ったとなると・・・、考えただけで恐ろしくなってきた。


「安心しろ、兄サマにもらった小遣いの一部から買っただけだ」

衝撃の一言に、恋次はルキアは朽木家の一員なんだなと、改めて自覚した。
「小遣いの一部・・・一体どれだけもらってんだお前・・・・」
「それは秘密だ。そろそろ戻らないと、兄サマが瞬歩でとんできそうだ。じゃあまたな、恋次」


去っていくルキアの後姿が小さくなっていく。
地面にちらばった白い花弁を数枚拾いながら、逡巡する。
「隊長からの・・・か」
ルキアに無理やり手渡された包みをあけると、500環という値札と鼻眼鏡がそこにあった。
「隊長・・・・」
どうせこんなものだろうなーと思っていたが、当たっていただけにショックはなかった。ハハハと乾いた笑いを吐き出す。
鼻眼鏡の下に、文があった。
とても嫌な予感がする。
しかし、見ないわけにはいかない。
そこには
1、鼻眼鏡をつけて明日出勤せよ
2、ルキアに手を出せば「殲景・千本桜景厳」
3、ルキアが買ったゴーグルを壊せば死刑
4、ゴーグルの代金は、頼まれて買ってよいといったものであるが、ルキアのことを思って判断したものであり、   私としては大いに反対であるからして、半額は給料からひくものとする
5、安心しろ、庶民である兄のことを考えて給料からの返済は月5000環とする



「隊長おおおおおおおぉぉぉルキアあああぁぁぁぁぁ」

恋次の悲しい雄叫びは、夜の空をこだましていた。
翌日、恋次は本当に鼻眼鏡をつけて出勤した。