会いに行く







ダン!

床を蹴る足は、軽やかだ。

木刀を京楽に向かって振りおろす。

ぶんっ!と風を切る音が聞こえ、京楽は浮竹のもった木刀を間一髪よけると、居合の要領で浮竹の胴を狙った。

浮竹の体が、軽く飛び上がる。

竹刀は空を切った。

翡翠色の相貌が、楽しそうに輝いていた。

ダン!

床を蹴ると、衝撃で穴があいた。浮竹の真正面からの攻撃に、竹刀を盾代わりにして受け止める。

本当に、軽い体重に細い体をしているというのに、どこにそんな力があるのだろう。

受け止めた竹刀を握る右手が、力に押し負けて、ぐっと下がる。左手を添えて力を出すが、このままでは力に押し負ける。一度離れて距離をとると、浮竹の鋭い一撃がやってくる。

カンカンカキン。

何度も木刀で切り結びあう。

もし、刃のある刀だったら、きっと京楽は出血で倒れていただろう。

「右ががらあきだぞ、京楽!」

左側ばかり責められて、竹刀を受けるのも左側ばかりで、右側にまで気が回らなかった。

カーン。

高い音をたてて、京楽の手から竹刀が浮竹の竹刀にからめとられ、宙を舞って床に転がった。

ニッと、浮竹が笑んだ。とどめとばかりに、首元に竹刀が。

「そこまで!」

山本総隊長の声を無視して、京楽は落ちた竹刀を握りしめると、浮竹に振り下ろした。

浮竹は、真正面から受けずに、右足で浮竹の竹刀を蹴り上げた。

「足癖、悪いなぁ」

竹刀で一騎打ちをしている間に、何度か蹴りが襲ってきた。実戦なら、その蹴りの一撃で片がつくだろう勢いの、蹴りだ。

「そこまで!これ、十四郎、春水、言うことをきかぬか!」

「山じい、やられっぱなしは性に合わないんだよ。あともうちょっと」

竹刀を、2つもつ。

尸魂界に、2つしかない二対一刀の斬魄刀をもつ二人は、両利きだった。

院生の卒業まであと3か月。

すでに、京楽と浮竹は護廷十三隊入りが確定している。院生でいる時代に斬魄刀を扱える者など、今までの学院の歴史にはなかった。

山本総隊長の指導の元、剣術の稽古に励んでいのだが、浮竹が京楽と一騎打ちをしたいといいだして、今に至る。

「そおら、どうする!?」

右、左、左、右下、上、左下、頭。

「京楽、あまいぞ!」

次々と、竹刀を打ち下ろしていく京楽を、浮竹はまるで舞を舞うような軽やかさで避けている。だが、浮竹の長くなった白髪が、宙を舞った。髪を束ねていた髪ゴムが、衝撃に耐えきれずにちぎれたのだ。
繰り出される、京楽の突きを、間一髪でかわすが、空気が渦を巻いて浮竹の頬をかすめた。

白い肌が裂け、血が流れだす。

「おっと。大丈夫かい、浮竹」

「たわけっ!そこまでじゃ!」

山本総隊長の大声が、道場中に響き渡った。

竹刀だというのに、剣圧だけで空気を切り、かまいたちを起こす京楽の腕に、浮竹は舌打ちした。

いつもののほほんとした浮竹ではない。
命のやり取りをするときの、浮竹の姿がそこにあった。

優しいのに、冷酷で、血の色を好むように自分自身を朱に染め上げる。

率先して、前をいく武闘派ではないが、一度敵と認識すると、容赦はしない。

「これくらい、大丈夫だ」

頬の傷を手で拭うと、思ったより出血が多く、血が止まらなかった。

「あーあー。綺麗な顔に傷つけちゃった。傷跡、残らなきゃいいんだけど」

本気で心配してくる京楽が、山本総隊長を無視して真新しい手ぬぐいを、浮竹の傷にあてた。

「全く、十四郎も春水も、手がかかるのお」

道場は、二人が暴れたため、壁はぶち壊れていたり、床に穴があいていたりと、散々な様子だった。竹刀での一騎打ちだけで、ここまでできるのは、なかなかにいない。しかも、二人の霊圧は、護廷十三隊でも、隊長クラスに匹敵した。

「医務室いこう。念のため、ちゃんと手当してもらったほうがいいよ」

「こら十四郎、春水!話はまだ終わっとらんぞ!」

「山じいまた今度ね」

「元柳斎先生、ありがとうございました」

浮竹は、ぺこりとおじぎするが、京楽は手をひらひらとさせるだけだ。

山本総隊長を残して、京楽は浮竹の手を握ると、医務室まで歩いていく。その長いようで短い時間が、心地よかった。

浮竹は、かなり久しぶりに本気で暴れた。その相手が務まるのは、同級生でも京楽くらいのものだろう。

京楽も浮竹も、汗をかいている。お互い、本気をだして一騎打ちをしていた。流派とかあったものではなかったが。

二人とも、山本総隊長から剣を学んでいるが、それに我流を加えている。

「すみませーん。けが人だよー」

がらりと、医務室の戸をあけると中には誰もいなかった。

京楽は、消毒用のアルコールを綿にひたして、浮竹の頬の傷を消毒した。

「しみる。いたい」

「ごめんよ。まさか、剣圧で切れるとは思ってなかった」

「手を抜かずに相手してくれた証拠だから、別にいい」

傷跡が残っても、男の勲章としようと思う浮竹とは別に、京楽は綺麗な顔に傷跡が残ったらどうしようと本気で考え込んでいた。

手際よくガーゼを切って、傷口に宛がう。そのままテープで固定して、手当は終わった。1週間もすれば、傷跡も大分薄れるだろう。

「本当に・・・・ごめんね」

「だから、別にいいといっている」

思い切り抱きしめられて、浮竹はため息をついて、京楽の体に身を委ねた。

「君の血の色は、あまり見たくない」

吐血して、頽(くずお)れる瞬間をよく目の当たりにしているので、浮竹の真紅は命の色そのものだった。京楽にとっては。

「傷跡残ったら、責任とってお嫁さんにもらってあげるよ」

二人ははじめ、ただの親友同士だった。だが、京楽は浮竹に恋をしてしまった。ずっと秘めていた想いに気づかれたのは、2回生になった頃。そして、2回生の夏あたりから京楽の想いは通じて、二人は恋人同士になった。

「お前は次男だろう。長男の俺が、嫁にもらってやるよ」

「こんなもじゃもじゃの毛深いお嫁さんでいいのかい」

「脱毛エステを受けさせる」

クスクスと、他愛ない冗談で笑いあった。

コツンと、額をぶつけ合う。身長差は、ほとんどなくなった。初めの頃は、京楽のほうが身長が大分高かったが、今では数センチくらいしかかわらない。

ただ、病をもっている浮竹はどんなに鍛錬しても、京楽のような男らしい筋肉がつくことができなかった。吐血したり、熱をだしては寝込み、食事もとらないような日々がある。

今は小健康状態を保っているが、いつ熱を出して倒れてもおかしくなかった。

「教室に戻ろう」

浮竹の手を、京楽が握った。

「君の、殺気、凄かった。ぞくぞくしちゃったよ」

「そういうお前の殺気も、相当なものだったぞ」

触れるだけのキスをされて、浮竹は目を伏せた。長い睫毛が、影を落とす。

「卒業したら、今までのように毎日一緒にいられなくなるな」

「そうだね。どの隊に入っても、会いに行くから」

「ああ。俺も、会いにいく」

卒業まであと3か月。院生として学院にいる時間もあとわずかだ。

卒業と同時に、死神になり、護廷13隊の席官の地位が用意されてある。

そのうち、訓練であったように、虚退治で命をかける日々が訪れるだろう。穏やかだけれど、危険と隣り合わせの日々が始まるのだ。

「会いに、いく。必ず」

「僕もだよ」

卒業と同時に、京楽は8番隊の、浮竹は13番隊の席官になった。その後、数年足らずで、若くして隊長の座を任されるようになるのは、まだ少し遠い未来のお話。