記憶喪失







その日、虚の大群が尸魂界を襲った。虚の大群を率いていたのは、見たこともないアランカルだった。

護廷13隊は、11番隊と10番隊、8番隊と13番隊が処理にあったっていた。

更木率いる11番隊が、次々と虚を駆逐していくが、宙にあいたままの入口から次々と虚がやってくる。

「ちっ、きりがねぇぜ。あのでかぶつが虚を呼んでるみてーだな」

アランカルをみて、更木は舌打ちした。

「俺がいく・・・・・・おおおお、卍解大紅蓮氷輪丸!」

卍解した日番谷が、氷の龍をアランカルにぶつける。アランカルは、氷の龍を反射させながら、悲鳴のような声をあげて、虚を駆逐していた8番隊の副官、伊勢七緒に向かっていった。

「女ぁ、まずお前から記憶を食ってやる!」

「七緒ちゃん、危ない!」

京楽は、七緒をかばって背中に傷を負った。

「くそっ・・・・・」

「俺の氷輪丸をはじき返しただと!?」

氷をはじき返し、氷で攻撃してくるアランカルに、日番谷が目を見開いた。

波悉く(なみことごとく)我が盾となれ
雷悉く(いかずちことごとく)我が刃となれ 双魚理。

静かな声が響いた。

はじき返される氷を、片方の刀で受けて、片方の刀で放出する。

アランカルは、氷漬けになりながらも、傷を負った京楽に狙いを定めた。

「京楽!」

鮮血が散った。

双魚理でアランカルを刺したが、京楽をかばった浮竹もアランカルにやられていた。

「浮竹ぇ!」

京楽の悲鳴が、響く。

空中から、失墜していく浮竹に、アランカルは襲いかかる。

「せめて、お前だけでも記憶を食ってやる!」

間に合うか?

瞬歩で近づき、背中の傷が痛みの悲鳴をあげるのを無視して、京楽は花天狂骨でアランカルを真っ二つにした。

「へっ、やるじゃねぇか」

更木が、満足そうに言葉を放つのを合図に、虚の完全駆逐へと死神たちが移行する。

消えていく虚が、増えることはなかった。

「大丈夫か、浮竹、おい、浮竹!」

肺をやられたのか、血を吐いた。

ごぽりと、音がする。

肺の病での発作ではない。もっとひどい・・・・・・肺が潰れているのだ。

たさくんの吐血をして、浮竹は完全に意識を失った。


虚やアランカルにやられた死神たちが、4番隊隊舎に運ばれていく。浮竹を抱き上げて、京楽は自分の傷を無視して、卯ノ花のところに浮竹を運んだ。

「肺をやられているようですが、なんとかしましょう」

「頼む、卯ノ花隊長!」

「あなたの怪我も相当に酷い。勇音」

「はい、隊長」

「京楽隊長の傷を治してあげなさい」

「はい!」

別室に連れていかれて、手当を受けている間も、京楽は浮竹のことを思うと気が気でなかった。

それに、殺す前にいっていた「記憶を食らう」という言葉が酷く気になった。






京楽より酷い怪我を負った浮竹は、3日間生死の境を彷徨った。なんとか容体が落ち着き、二週間が経過した。

仕事も放置して、京楽は浮竹の看病をずっとしていた。

潰れた肺は、結局臓器移植でなんとかなったが、ずっと昏睡状態が続いていた。

ゆっくりと開いた翡翠の瞳で、浮竹はぼんやりとした表情で、天井を仰ぎ見る。

「・・・・・・ここは?」

「よかった、意識が戻ったんだね、浮竹」

京楽の喜びは、相当なものだった。

「お前・・・・・誰だ?」

自分の手を握っている男を、浮竹は不思議そうに見た。

顔を合わせての一言目に、京楽は被っていた笠をくいっとあげた。

「またまた〜。変な冗談はよしてよ、浮竹」

「?」

きょろきょろととしだす浮竹。

「ここは?俺は確か、学院にいたはずだが・・・・・・・・・」

「冗談はやめてよ」

「お前・・・・・・京楽に似ているが、親戚か何かか?」

京楽は、その言葉に愕然とした。

         「記憶を食ってやる・・・・・」

その言葉は、まさに本当だったのだ。



「診察の結果では、脳に異常はありませんでした。その、記憶を食らうというアランカルは、京楽隊長が退治なさったのでしょう?」

浮竹の寝ている病室の外の廊下で、卯ノ花と京楽は話し込みあっていた。

「消去された記憶は、普通その術者が死ねば解除されます」

「だけど、浮竹は・・・・・」

「ええ。どうやら、学院時代までしか記憶がない様子。隊長となった頃のことは、完全に忘れているみたいですね。どうやったら回復するのか、今の状況では見当がつきません」

卯ノ花の言葉に、京楽は戸惑っていた。

浮竹が、自分のことを忘れた。綺麗さっぱりではなく、学院の頃までの記憶はあって、しかしそれ以降の記憶がない。今の浮竹にとって、隊長となってしまった大人の京楽は、他人なのだ。

しかし、解せない。

記憶を食うアランカルの存在など、今まで確認されたことがない。可能性があるとすれ、反逆者となった藍染が、崩玉を使って新たに生み出したアランカルなのかもしれない。

「今は、様子を見ましょう。記憶も、混濁が落ち着いてきたようですし。なるべく、浮竹隊長の傍にいてあげてください。あなたの存在が、記憶を取り戻すのに一番効果的な気がします」

中途半端に記憶喪失の浮竹は、それから1週間後には退院して、雨乾堂に帰っていった。

「本当に、お前はあの京楽なのか?」

「そうだよ。こんなもじゃもじゃのおっさん、まさに学院後の京楽ってかんじがするだろう?」

「確かに、友人であった京楽は、もじゃもじゃだったが・・・・・・しかし、おっさんって・・・・・・:」

「君と仲良く、おっさん同士さ。まあ、浮竹と僕が同い年だなんて、誰も信じてくれないけどね」

一度手鏡を渡され、年齢を重ねた自分がそこにいるのを認めて、浮竹は自分が一時的な記憶喪失に陥っていると納得はした。だが、まだ完全に受け入れられないでいた。

「お前からは、確かに京楽の霊圧を感じる。かなり、今まで感じていたのより強いが」

「だから、僕は隊長になった未来の京楽なんだってば」

「未来の京楽か・・・・・・」

京楽は、長い浮竹の髪に手をもっていった。

「この白い髪を、ここまで伸ばせっていったのも、僕だよ?」

「このうっとしい長い髪がか?」

「綺麗じゃないか。雪のようで」

「こんな髪・・・・・・」

浮竹にとって、コンプレックスでしかない長い白髪が好きで、京楽は浮竹に伸ばさせた。

「長いと、その、何かいろいろと不便だな。まぁ、京楽が切るなというなら切らないが」

中途半端に記憶喪失の浮竹の記憶は、学院時代の2回生の春ごろのものだった。両想いになる夏の終わりより前のところで、浮竹の記憶はぷつんと途切れていた。

「愛しているよ、浮竹」

「俺は、その・・・・・」

京楽に、いつものように愛を囁かれても、素直に受け入れられない。

学院時代の京楽は、浮竹の傍にいたが、あくまで友人、親友としてだった。

「愛してる」

耳元で囁かれて、髪を長い指がすいていく。

髪をすいていくその指の動きが気持ちよくて、浮竹は目を閉じた。

触れるか触れないかのキスをされて、翡翠の瞳が瞬いた。

「本当に、俺と京楽は、恋人同士に・・・・・?」

「そうだよ」

京楽は諦めない。
浮竹が自分のことを忘却してしまったのなら、もう一度刻み込めばいいのだ。

どれほど、狂おしいまでに愛しているのかを。


「あっ・・・・・・・」

ゆっくりと、京楽に押し倒されて、浮竹は戸惑った。

「その、するのか?」

「しない。でも思い出して?」

記憶のない浮竹を抱いても、満足するものは得られるかどうか分からない。

ただ、甘く甘く、とろけるように甘くしてやればいい。

果実のように甘く囁いてとろけさせて、頭の中を京楽で満たしてしまえばいい。

京楽は、浮竹に啄むような口づけを何度も交わして、彼の細い体のラインをたどった。

「京楽・・・・・・」

4番隊の病室にた頃の浮竹は、消毒用のアルコールのにおいがまじっていたが、今の浮竹はいつものように花のような甘いかおりがした。

入院している間、ふくことくらしかできなかった髪を、洗髪したのも京楽だ。

いつものシャンプーと違うものを使ったのに、浮竹の髪からも甘い花の香りがした。

「んっ・・・・・・」

隊長羽織を脱がされて、侵入してきた指の動きに、浮竹の声がうわずった。

膝を膝で割られて、浮竹は逃げようとした。

だが、がたいのいい京楽に押し倒されていて、体を少しずりあげることしかできなかった。

「やっぱり、するのか・・・・・・・」

「最後まではしない。愛していいかい?」

「いやだといっても、するんだろう?」

「ご名答」

「やっ」

やわやわと花茎をはう手が、その長い指が浮竹を追い上げていく。

「やあっ、きょうら・・・・く・・・・」

真っ白になる世界。体が、痙攣する。

墜ちていく浮竹を、京楽はしっかりと受けとめる。

「愛している、十四郎」

耳元で囁けば、浮竹の白い頬は薔薇色に染まっていく。

浮竹の体は、甘い果実のようだ。いつもは嫌がる浮竹がいないのをいいことに、京楽は好きなだけ浮竹の白い肌に痕を残した。

何度めかの性を半ば無理やり吐き出させられて、浮竹はまどろむように意識を飛ばした。

そのまま意識を失った浮竹を抱きしめて、京楽もまた眠りについた。



朝起きると、腕の中にいた愛しい人は、いなかった。
布団の上を、手を這わせて確認する。

まだ、暖かい。

まだ、近くにいるはずだ。

「浮竹・・・・・?」

愛しい人の姿を探して雨乾堂の外にでると、欄干ごしに浮竹が鯉に餌をやっていた。

「起きたか、京楽」

浮竹は、どこかさっぱりしていた。

「まさか、もう記憶が?」

昨日のことを思い出して、浮竹は鯉にさらに餌をまき散らした。

「その・・・いや、それより俺の記憶がないのをいいことに、散々痕をつけやがって」

真っ白な浮竹の白い肌には、京楽が刻んだ情欲の証がいくつも刻まれていた。

「雨乾堂から、しばらく出れない。責任とれよ」

「浮竹ぇ!」

甘ったるくしたのが成功だったのか、それとも術が解けたのか。

ともかく、浮竹は元に戻っていた。

そんな浮竹に思い切り抱き着いた。

浮竹は、京楽の体重を支え切れずに、雨乾堂の板張りの廊下の上に倒れこむ。

「重いぞ京楽。どけ」

「ごめんごめん」

京楽は、浮竹の手を取って起き上がらせた。

「お前を庇うと、ろくなことにならないな」

「浮竹!今後、あんな無茶はしないでよ!」

「分かっている」

鯉に餌をやり終わった浮竹を抱き上げる。昨日、体の全体のラインを確かめたが、昏睡状態が長かったせでい、浮竹は悲しいほどに体重を落としていた。ただでさえ、細いのにさらに細くなってしまっていた。

「肉をつけるには、やっぱり肉を食うに限るね。今日は焼肉だ」

四番隊の隊舎にいた時は、病院食のような質素なものしか出なかった。

「快気祝いをかねて、ぱーっと派手にやろうよ」

一緒に戦った、更木や日番谷も呼んで酒を飲もうという京楽の提案に、浮竹は同意した。ただ、日番谷を飲みに誘うというのには、少し逡巡する。

「だが、日番谷隊長を飲みに誘っていいのか?あの子はまだ子供だろう」

「なあに、死神だし年齢は関係ないよ。現世じゃあるまいし。そんな法律も条令もない」

「日番谷隊長には、オレンジジュースでいいだろう。その方がいい気がする」




「はっくっしょん」

「あれー?隊長、風邪ですか?」

「違う。誰かが噂してやがるんだ。13番隊か8番隊あたりの、誰かが」

もう一度くしゃみをして、日番谷はまとめていた書類にハンコを押した。

伝令の蝶が飛んできた。松本は、それを手に止まらせて内容を受け取ると、目を輝かせた。

「隊長、浮竹隊長が記憶を完全に取り戻したらしいですよ!快気祝いに、11番隊と8番隊と10番隊と13番隊で、ぱーっと飲んで肉食べるそうで、京楽隊長のおごりですって!」

今から楽しみだと、松本は浮かれていた。

京楽隊長がおごってくれる店は、馴染みの店の時もあるが、時折高級な店の時がある。集まる店が高級店であると知って、松本は今から何を飲んで食べようかと悩んでいた。

「肉か・・・・・たまには、いいかもな」

がっつり、肉を食うことなどあまりない。



「のめのめ〜」

京楽が、松本の杯に酒を注いでいく

「この酒おいしーい!ひっく・・・・・流石京楽隊長が選んだお酒だけ、ありますね。ひっく・・・」

松本は酒豪ではない。京楽が勧めるままに、杯を呷ってすでにべろんべろんに酔っていた。

「浮竹隊長も、のみなさ〜い。ひっく」

浮竹は、いつもの果実酒を飲んでいた。そこに、松本が日本酒を注ぎ込む。

「松本副隊長、ちょっと飲み過ぎじゃないか?」

「なに、まだまだいけるわよぉ?ひっく」

「ふん、酒はいいが肉が足りねぇ」

いつもは一緒に飲むことなどない更木は、肉料理ばかり手をつけていた。

「うっきー、記憶もどってよかったね!」

「ああ、草鹿副隊長、ありがとう」

やちるは、更木の肩のうえで肉を食べながら、ぶどうジュースを飲んでいた。

日番谷は、離れたところで肉を食べながら、オレンジジュースを飲んでいる。

席官以上の人間が集まっていたが、四隊にもなると、けっこうな大人数になった。

「京楽、金はたりるのか?」

「なーに、心配しなさんさ。この前、一件別館を売りとばしたから、金には余裕ありまくりだよ。まぁ、売りとばさなくても金は腐るほどあるけどね」

上流貴族の出身である京楽は、金持ちだ。その金銭目当てで、寄ってくる女性も多い。見た目も悪くないし、女性には優しいし、上流貴族ということもあって、女性死神によくもてた。

下級貴族であるが、誰にでも平等に優しく、身目麗しい浮竹は、女性だけでなく男性死神にももてた。

「浮竹隊長、傷が癒えてよかったっす!俺の愛をうけとってください!」

酒にべろんべろんによっぱらった、11番隊の席官が、浮竹の手をとって指輪をはめようとしてくる。

「君、そこまでだよ」

殺気を漲らした京楽が、名も知らぬ席官の首に斬魄刀を当てていた。

「ひいっ」

男死神は、逃げていった。

「浮竹ぇ。僕の傍にいなさい」

「え、ああ・・・・」

肉より野菜を多めにとりながら、浮竹は果実酒を呷った。

「浮竹、せっかく高級店を選んだんだから、もっと肉食べなさい」

「ああ・・・・・」

肉を食べるが、その量は他の人に比べて少ない。

「そんなんだから、細いままなんだよ、君は。もっと食べて肉つけなきゃ」

「いや、俺はあんまり肉がつきにくい体質だから。食べても食べても、あんまり太らないし・・・・」

「何それぇ。すごく羨ましいですよ、浮竹隊長。ひっく」

松本が、酒の勢いもあって絡んできた。

「肉がだめなら、飲みなさい!もっとのめのめ〜ひっく」

半ば、無礼講なだけあって、みんなわいわいと騒いでいた。

「松本ぉ!恥をかかせるな。酒はそれぐらいにしろ!」

「なんですか、隊長!隊長も、さけのみなさーい」

松本は、その豊満すぎる神々の谷間を、日番谷におしつけて、日番谷に無理やり日本酒を飲ませた。

「うっ、なんだこれ。喉が焼ける・・・・・・・・・」

始めて知る酒の味に、あまりうまそうな顔をしない日番谷。

きっと、大人になっても酒好きにはなりそうもない。

「うっきーの、回復を祝って、みんなで乾杯しよー」

やちるが、ぶどうジュースの入ったコップを手に、更木の肩の上で、乾杯と叫んだ。

「「「「乾杯!」」」」

たくさんの人が、浮竹の回復を祝った。

浮竹も、勧められるままに酒を呷って、そして酔いつぶれた。

「あーあ。寝ちゃった」

浮竹は、酔いつぶれると寝てしまう。そんな浮竹を抱き上げて、京楽は笠を深く被り直すと、残った面子に言い放つ。

「勘定は済ませといたから。0時まで、飲み放題食べ放題だ。まぁ、後はみんなの好きにすればいいよ」

瞬歩で、浮竹を雨乾堂に送り届けると、清音が布団をしいてくれたので、そこに浮竹をそっと寝かす。

「あれぇ?」

浮竹は、知らない間に京楽の、少し伸びた黒髪を掴んでいた。手を離させようにも、しっかりつかんで離さない。

「僕に、帰ってほしくないんだね」

京楽は苦笑して、浮竹の隣に横になる。酒をしこたま飲んだせいで、睡魔はすぐにやってきた。

すーすーと、静かに寝息を立てる自分の隊長の、安心しきった表情を見て、清音も自然と笑みが零れた。

「おかえりなさい、浮竹隊長。それからありがとうございます、京楽隊長」

かつては、こんな二人の面倒をみるのは海燕の役割だった。彼が死んで、もう何十年も経過していた。

浮竹は、まだ副官を置かない。

海燕の死が、浮竹の心に穴をあけているのを、清音も仙太郎も、そして京楽も知っていた。


今日は、満月だった。

眠り込む二人を包み込むように、窓から月光が入ってくる。



比翼の鳥は、寄り添いあいながら、しばしの休息をとる。

比翼の鳥は、片方は優しすぎて、片方は儚いが強さをもっていた。

比翼の鳥は、まどろみ、眠りへとついた。


闇空に、月が浮かぶ。

太陽のようにではないが、優しくそして平等に、その光は降り注ぐのであった。