暑さには弱い







「暇だ。一護、構え」
ゴロゴロゴロ。
一護のベッドの上を、ひとしきりゴロゴロと寝転がった後、ルキアは足で、ベッドに凭れかかって本を読んでいる一護の頭を、ゲシっ と蹴った。
「いってぇ!」
一護が、悲鳴をあげる。
だが、ルキアの素行には慣れているのか、また本を読み出す。
それに、ルキアがむっとなって、再び一護の頭を蹴った。思い切り。
「いてえええええ!!!」
流石の一護も、ルキアの鋭い蹴りに我慢できなくなったのか、ルキアの足を掴んだ。
「何をする、離さんか」
「さっきから、人の頭をボールみたいに蹴りやがって!俺の頭はボールじゃねぇ、蹴るな!」
ルキアが、一護に掴まれた足首に目を落とす。
強くは掴まれているが、決して痕を残すほど強くは掴まない。一護とて、ルキアへの優しさを忘れることはない。
命をかけてまで守った存在を、自分から傷つけるような真似はしなかった。
ルキアが処刑を免れたのは、一重に一護という存在があってからこそだ。恋次の存在もあったが、一護がソウルソサエティにまで来なければ、 ルキアは間違いなく処刑されていたであろう。
ルキアとて、一護とこうして再び、同じ時間を共有できるとは思ってもいなかった。
藍染の計画を阻止するために、現世に派遣された中に、最初はルキアの名前はなかった。それを、兄が止めるのも構わず、自ら志願したのだ。
「やっと、私の方を見たな」
ルキアが、にやりと笑んだ。
かわいいというよりは、かっこいいと表現したほうがいいような雰囲気のあるルキアだった。
容姿は、背が小さく華奢なこともあり、可憐である。だが、その口調はまるで男言葉のようで、一護に繰り出される蹴りや拳、肘撃ちなど、体術に優れている。 同じ女である織姫と違って、とにかく活発的で、爽快なほどに元気だった。
ルキアは、その見た目と裏腹にとにかく強い。
だが、どこか上品な物腰をしている。朽木家という4大貴族の養子として迎え入れるよりも遥か昔から、ルキアはどこか至高な存在を身に纏っていた。

一護は、ルキアの足をこそばしてやった。
「きゃああああああ!」
ルキアが、女のような悲鳴をあげる。
いや、ルキアは女だったか(←失礼な)

身近に接していると、女とはとても思えないような行動をとる。それがルキアだ。
だが、遠くを見つめる紫色の瞳はいつも憂いを帯びて、整った美しい顔は、少女のまま死神として時間を止めてしまったルキアを彩るかのようであった。
ソウルソサエティでみた、朽木家の者としての着物を身に纏い、髪に美しい簪をさし、花を飾っているルキアと、今目の前にいるルキアとは、まるで別人のように 見える。
ルキアの表情は、面白いほどにくるくるとよく変わる。
見ていて、疲れないかと思うほどに。

「はー。暑い。一護、アイスクリームが食べたい。冷蔵庫からとってきてくれ」
冷房は、切っていた。
残暑の残るこの季節には、冷房なしの締め切った部屋は確かに暑いだろう。
ルキアは、うちわをパタパタと仰いで自分に風を送りながら、勝手に冷房のリモコンをとって、冷房をつけた。
「また最低温度に勝手に設定しやがって」
一護は、ルキアの手からリモコンをひったくると、室内温度を27度に設定した。ルキアが設定した温度は16度だ。いくらなんでも、 低すぎる。
「一護、暑い。溶けそうだ」
「勝手に溶けてろ」
「どろどろどろ〜〜」
冷房の風を受けながら、ルキアがベッドに突っ伏した。
ルキアは、斬魂刀が氷雪系であるせいか、寒さに強い。反面、暑さには弱かった。
ソウルソサエティにも四季があるが、日本の気候のように激しい温度差はないようであった。特に、都市である一護が住む地方は、 夏は最高40度近くまで温度が上がる。反面、冬は零度近くにまで下がる。
冬のルキアは生き生きとしているが、夏のルキアは溶けたアイスのようにふにゃふにゃだ。気合をいれなければ、いつもだれている。
ルキアは、長いワンピースの裾を捲りあげた。下着が見えるのもお構いなしに、パタパタと扇ぐ。
それに、健全な男子である一護が紅くなった。
「ルキア、もうちょっとおしとやかになれねぇのかよ。それでも貴族か?」
「貴族だぞ。兄様のような立派な貴族ではないが、これでも貴族になって長い」
ルキアの兄である白夜を思い出す。凛とした冷たさを湛えながらも、貴族として申し分のない物腰でしゃべり、行動する。
その妹であるルキアは、血こそ繋がっていないが、確かにどこか白夜に似ていた。
凛とした冷たい美しさを、ルキアは持っている。
だが、暑さのせいか、それも霞んでいた。

「ああああああああ。暑い」
クッションを抱えて、ルキアがうなだれる。
それに、一護が適当に答えて返す。
「夏は暑くて当たり前だ。冷房効いてきただろうが」
「一護〜」
「なんだよ」
「斬魂刀ででっかい氷をだしていいか?」
どこからか、斬魂刀を取り出している。柄も鍔も刀も真っ白な袖の白雪の、先端につけられた白い飾り布がひらひらと揺れた。
「却下」
一護が、ルキアから斬魂刀を奪った。
ルキアなら、しかねない。
一度、ルキアの刀で一護は氷づけにされたことがあった。簡単に涼しくなる方法があるといわれて、やってみろと言ったら、ルキアは袖の白雪を 取り出して一護を凍らせた。
無論、その後は長いお説教だ。
いくら代理死神であるとはいえ、氷づけにされて喜ぶはずもない。身を切るような冷たさを味わわされた。涼しいというより、むしろ痛い。しかも物凄く。

「溶ける〜」
だらだらとうなだれるルキアに、仕方ないとばかりに、一護は立ち上がり、妹達が食べるはずであったアイスを取ってきて、ルキアの額に置いた。
「ああ、生き返る」
たちまち元気を取り戻し、ルキアはアイスを美味しそうに食べた。
妹達に、後で謝らなければならない。
「一護、これイチゴ味だ」
「だからなんだ」
「お前も食え」
食べかけのアイスを差し出され、一護は迷いもせずに一口食べた。キーンとした冷たさが広がる。

「一護だけにイチゴ。はははは、なんておもしろくない冗談だ」
ルキアは、イチゴ味のアイスを食べながら、ベッドに腰掛けて足をぶらぶらさせる。
一護は、そんなルキアにため息をつきながら、読みかけだった本をまた読み始めた。