その日は満月だった。 月見の季節で、雨乾堂の板張りの廊下で、静かに京楽と浮竹は酒を飲んでいた。 「月、綺麗だね」 「ああ。星も綺麗だしな」 まぁ一献と、酒を勧められるままに飲んだ。 団子を頬張るその姿が、どこかかわいいのだと、京楽は苦笑を零す。 「こんな月が綺麗な日は、昔のことを思い出すねぇ」 院生時代、よく月見をしては酒を飲みかわした。 「お前に連れられて行った廓のこと、まだ覚えているぞ」 女遊びの激しい京楽が、ぴたりと女を買うのをやめたのは院生の1回生の終わり頃。もうその頃には、浮竹を好きになっていた。 「そういえば、そんなこともあったねぇ」 嫌がる浮竹を連れて、馴染みの廓に行った。京楽は女を買うことはせず・・・・・無論、浮竹も女を買うようなことをしなくて、ただ遊女を侍らせて飲んだ。 廓の酒は驚くほど高くて、女を買わなくてもこんなに金がかかるのかと、浮竹はその値段に驚いたものだ。 女を買わなくても、指名するだけで買ったのと同じ値段がした。 「君、未だに童貞でしょ」 酒を飲む京楽は、笠を少しあげると月を仰ぎ見る。 「誰のせいだと、思っている」 まだ若い院生時代に、京楽のせいで男に抱かれて啼くことを覚えこまされた体は、たとえ遊びでも女を抱くことを躊躇させた。 「君の初めては、僕だものね」 「お前の初めてを、もらう気は全然ないがな」 酒を飲む。 もじゃもじゃの京楽に抱かれることはあれど、反対はない。 互いの杯に酒を注いで、呷る。 浮竹の飲んでいる酒は、アルコール度が高くて喉が焼ける。 浮竹の酒は、甘い果実酒だった。 「君の飲む酒は、甘いね」 「ああ。お前の飲む酒は、焼け付くようだ」 「高い日本酒だよ」 「俺は、果実酒のほうが好きだ」 自分の杯に、自分で用意した酒を注いでそれを一気に飲むと、月が笑ったような気がした。 「酔ったかな・・・・・・・・」 くらりと、視界が揺れる。 何度か互いの酒を交換して飲んだ。アルコール度の高い京楽の酒のせいで、浮竹は少し火照った体を手であおいだ。 「こっちにおいで」 呼ばれるままに傍にいくと、京楽は自分がかいた胡坐の足を、ぽんぽんと叩く。そこに、寝ろというのだ。 浮竹は、促されるままに京楽の足に頭を乗せた。 「月の光で、髪の色が余計に綺麗に見えるね・・・・」 長い白髪に手をやり、口元にもってきて口づけられた。 「お前のせいで、こんなに伸びてしまった」 院生時代から、綺麗だから伸ばせといわれて、自分ではさみをいれなくなった。長くなりすぎると、いつも京楽が切ってくれた。 「浮竹?おーい、浮竹ー」 「んー」 浮竹は、酒のせいもあってまどろみかけていた。 「こんなところで寝ると、風邪ひくよ」 「京楽が運んでくれるから、いい・・・・・・・・・・」 別に、甘えているわけではない。 浮竹が意識を失うと、京楽はいつも彼を雨乾堂の布団の上に横たえてくれた。酒に飲み潰れたりしてもだ。 「おう、飲んどるか?」 雨乾堂の廊下に、夜一がやってきた。 「なんだ、浮竹はもう酔いつぶれたのか」 面白くなさそうに、夜一は持ってきた酒を板張りの床において、胡坐を組んだ。 「まだ起きてる・・・・・・」 大分眠そうではあるが、浮竹はまだ意識があった。 「わしの酒を飲め」 「無理いうな。もう、今日は酒はいい・・・・・・・・」 京楽の膝に頭を乗せて寝転んだ浮竹は、スースーと眠ってしまった。 「つまらんやつじゃのう」 「まぁまぁ。酒なら、僕が付き合うから」 夜一の杯に酒を注いで、京楽は寝てしまった浮竹に、自分の女ものの着物の上着をかけた。 「砕蜂も呼べばよかったかのう」 「あの子は、酒あんまり飲めないでしょ」 「そうなのだ。酒を飲みかわすことができる酒豪となると、おぬしくらいしかいないからのう」 互いの杯に、互いの酒を注ぎあい、それを呷った。 「く、強い酒だの。美味じゃが。浮竹が飲み潰れるのが分かる気がする」 京楽の酒は、喉が焼けるようだった。 「浮竹は、甘い果実酒ばかり飲むからねぇ。僕の酒は、きつすぎるみたいだ」 「酔わせて、手を出すつもりだったか?」 「まさか。酔いつぶれて寝てしまった浮竹に手を出すなんて、面白くも何もないじゃないか。意識がない浮竹を抱くような真似はしないよ」 「その言い方、意識があれば手を出すと言っているのと同じじゃぞ?」 「勘弁してよ」 酒を飲んで、苦笑した。 京楽は夜一と一時間ばかり酒を飲みかわすと、浮竹を抱き上げた。 「風邪、引いちゃうからね」 「おーおー、見せつけてくれるのう」 京楽は、雨乾堂に敷かれたままの布団の上に、そっと浮竹を寝かせると、毛布とかけ布団をかぶせてやった。 浮竹は、スースーとよく眠っていた。 「おやすみ、浮竹。よい夢を」 額に口づけをしていると、雨乾堂の廊下から夜一の声がした。 「京楽、酒もってこーい。飲みたりんぞー」 「はいはい、今行くよ」 雨乾堂に隠していた酒をもちだして、封をあける。浮竹のために買っておいた酒だが、別にいいだろう。また、新しい酒を買ってくればいいだけだ。 「甘露じゃのお」 少しきつめの、でも甘い果実酒だった。 夜一は、それを浴びるように飲んでいく。 京楽は、夜一ほどの酒豪を他に知らない。いつも酒を飲みかわす浮竹は、酒に弱いわけでもないが、強いわけでもない。 「これ飲み終わったら、お開きにしようか」 「そうじゃの。砕蜂のことも気になるからの」 夜一は、褐色の肌に朱がさすほどに酒をのんで、帰って行った。 「僕もねるかぁ」 浮竹の布団にもぐりこんで、目を閉じるとすぐに睡魔がやってきた。 「京楽・・・・・・?」 朝になって、浮竹はいつの間に寝てしまったんだろうと思いながらも、まだ京楽が寝ているので ゆっくりと布団から這い出した。 廊下をみると、空の酒の瓶がいくつも転がっていた。 自分が意識を失った後も、夜一と酒を飲みかわしたのだろう。遅くまで起きていたであろう京楽を気遣って、浮竹は雨乾堂を出ると、隊舎にいって清音を呼んだ。 「清音、いるか?」 「はい、隊長、おはようございます」 「朝食を二人分、頼む」 「はい、かしこまりました」 浮竹は、雨乾堂に帰ると、まずは顔を洗った。それから、京楽の髪に手を伸ばした。 くせっ毛で、浮竹のさらさらした髪とは違い、少し硬かった。 ゆっくりと、京楽の黒い瞳が開く。 「おはよう」 「ああ、おはよう」 浮竹の翡翠色の瞳に、京楽が映っている。 京楽は、起き上がると、浮竹の頬を手ではさみこんで、触れるだけのキスをした。 「おはようのキスだよ」 「朝食の用意ができている。食べて帰るだろう?」 「ああ、そうだね」 帰ったら、七緒ちゃんに叱られるなと思いながら、顔を洗ってから、京楽は浮竹と朝餉をともする。 「今日の夜、またきてもいいかい?」 「ああ、いいぞ。ただ、酒は飲まないからな」 もう十分飲んだ。酔い潰れるまで飲むのは、久方ぶりだった。 「んー。いい朝だね」 ゆっくりと伸びをする京楽を見習うように、浮竹は伸びをした。 「今日も一日、がんばろう」 「お互いにね」 こつんと額を合わせて、それから深い口づけをかわす。 「八番隊隊舎に帰るよ」: 「ああ」 世界は廻っている。 比翼の鳥は、羽ばたきはじめる。 時に互いを気遣いあいながら。 |