髪を切る







「ん・・・・京楽?」

「どうしたんだい、浮竹」

雨乾堂で広げられた布団から、浮竹が這い出してきた。

かすかな明かりをつけて、本を読んでいる京楽の元にやってきて、その膝に寝転がる。

「寝れないのか?」

「うん」

「寝ないと、体に毒だぞ。一緒に寝よう」

「それ、誘ってる?」

「なんでそうなる」

起き上がった浮竹は、京楽の手をひいて、布団のところまでくると、京楽を押し倒した。そして、その腕の中で寝るように、京楽の体に体を摺り寄せる。

「やっぱり、誘ってる?」

「誘ってない」

そのまま、浮竹はまどろむように寝てしまった。京楽も、腕の中の浮竹を抱き締めながら、いつの間にか寝てしまっていた。


ごほっ、ごほっ。

浮竹の咳の音で、京楽は目覚めた。

「大丈夫?」

「すまない・・・・・軽い発作だから・・・・・・薬を・・・向こうに置いてあるから・・・・・」

ごほごほと咳込む浮竹の言うままに、置かれてあった薬と白湯を手に、京楽が戻ってくる。

薬を飲んで、白湯を飲み干す。

「苦しくない?」

浮竹の発作がおさまるまで、京楽はずっとその背中をさすっていた。



「ん・・・ああもう11時か」

浮竹が起きると、時計は昼の11時をさしていた。京楽はまだ寝ている。

「京楽、起きろ。もう11時だぞ」

「うーんもう少し・・・・・」

「いいから起きろ!」

浮竹に蹴り飛ばされて、京楽はばっと起き上がった。

「何!?」

浮竹と目が合う。

「意地汚く寝ているからだ」

「浮竹・・・・昨日はかわいかったのに」

しょんぼりする京楽に、浮竹は時計を指さす。

「遅いが、朝餉食べるだろう?」

「ああ、もう11時か・・・・うん、おなかすいたし、朝餉いただろうかな」

元から今日は京楽が泊まる予定だったので、朝餉はすぐに二人分がやってきた。それを食べ終えて、浮竹は髪をかきあげた。

大分、髪が伸びてしまった。

最近切っていなかったので、腰より長くなってしまってうっとうしい。

「京楽」

浮竹は、京楽の名前を呼ぶ。

「どうしたんだい、浮竹」

京楽は、浮竹の声が好きだった。京楽、と呼ばれるのが好きだ。春水と呼ばれるのも好きだ。

「髪を、切ってくれないか。大分伸びてしまった」

「ああ、そういえば最近切ってなかっね。いいよ、切ってあげる。こっちにおいで?」

浮竹を椅子に座らせて、櫛で髪を梳いていく。

浮竹の髪は長い。真っ白でさらさらしてて、触り心地がいい。

「髪きるの、勿体ないんだけどね」

「これ以上伸ばすつもりはない」

大きめの鋏で、京楽は浮竹の髪を切っていく。

シャキンシャキン。

ぱらぱらと、切った髪が畳の上に落ちた。

「はい、おしまい」

綺麗に切りそろえられた髪は、いつも通りの腰より少し高い位置だった。

「すまない・・・・・そうえば、京楽も大分髪が伸びたな。切ろうか?」

「お言葉に、甘えようかな。最近切ってなかったしね」

京楽は、自分の髪は自分で切っていた。後ろが不揃いの時は七緒に切ってもらったりしていたが、理髪店を利用することはなかった。

浮竹の場合、いつも京楽が切ってくれる。

「座れ」

「はいはい」

櫛を渡されて、まずは京楽の髪をほどく。女ものの簪をぬきとって、背中に広げて櫛ですいていく。京楽の髪はくせっ毛で、でも見た目よりは柔らかかった。

シャキンシャキン。

浮竹は、迷いもせずに切っていく。

「あ」

「ん?どうかしたのかい?」

「いや、なんでもない」

切りすぎたとは言えなくて、もうやけだとその長さに髪を切りそろえてしまった。

「んー。大分、切ったねぇ」

手鏡を渡されて、大部軽くなった髪を見る。結って簪をさすのが精いっぱいの長さだった。

「すまない。切りすぎた・・・・・・・」

「いいよ、髪なんて。どうせまたすぐに伸びるし」

京楽ほど器用に髪を切れない浮竹は、それが少し悔しくもあった。

京楽は器用だ。

大抵、何をさせてもうまくできる。

京楽は、笠をかぶって浮竹に椅子に座るように促した。

「すまないと思うなら、ちょっと遊ばせて?」

素直に座った浮竹の髪を、櫛ですいていく。その櫛は、もう20年以上も前に浮竹の誕生日プレゼントにとあげた、螺鈿細工のものだった。

大切にしてくれているようで、京楽はうれしかった。

京楽は、浮竹の髪を結い上げて、高価な髪飾りで髪を留めてしまった。

「今日は、その姿でいて?」

今日は、仕事もない。外に出かける用事もない。

雨乾堂から出ることはないだろう。

室内ならいいかと、こくりと浮竹は頷いた。

仙太郎と清音にはみられるかもしれないが、あの二人は慣れているので、何も言わないだろう。

することもないと、真昼から酒を飲みかわす。

もっとも、飲んでいるのは浮竹が好きな果実酒で、アルコール度が低いので二人とも酔うことはなかった。

少し早めの昼食をとって、二人は猫のようにじゃれあう。


たまには、こんな何もない一日もいいな。

そう思う二人であった。