子猫







ごほごほと、咳込むのはもう何度目だろうか。

真紅の血を吐いて倒れて、もうそれから5日目になるか。高熱もでていて、氷枕はすぐに溶けてしまう。

「すまない、京楽・・・・・・・・」

いつものように、雨乾堂に遊びにきていた京楽は、遊び相手が寝込んだことで、自然と看病することになってしまった。

「頼みがあるんだが」

「なんだい、なんでもいってごらん」

「体をふいてくれないか」

「ああ、いいよ」

いつもは清音や仙太郎にしてもらっているのだが、京楽があまりにも暇そうなのもあって、京楽に頼むことにした。

「服、ぬいで」

はらりと、着物を脱ぐと、白い肌が露わになった。

「いつみても、白い肌だね」

肩甲骨から背骨のラインがあまりにも綺麗だったので、背中をふいてから指でラインをたどると、浮竹はくすぐったそうにしていた。

白い髪をかきわけるので、首の後ろもふいてやった。背中をもう一度丹念にふいてから、しなやかな筋肉のつく胸から腹をふく。

手足をふいて、体中ふきおわると、次に桶を用意した。

ちゃぷんと、湯が音をたてる。

「ゆっくりでいいよ」

浮竹が、桶に頭をひたす。

真っ白な長い髪が、湯の中で広がった。

軽くシャンプーをつけて頭皮を中心に洗う。

長い髪を洗うのはけっこうな大仕事で、毛先まで丹念にあらい、桶の湯をかけて泡を注ぎ落すと、さっぱりしたのか浮竹が満足そうに微笑んだ。

「ありがとう。きもちがいい・・・・・いつもすまない」

綺麗好きな浮竹は、寝込んで風呂に入れないのが嫌いだった。だから、意識があるときに体をふいてもらったり、髪を洗ってもらったりする。

風邪をひかないようにと、ごしごしとタオルで髪の水気をふきとられる。

「何か食べるかい?お腹すいてるでしょう」

食欲はなかったが、何かを食べないとだめだ。薬をのむためには、胃に少しでも食物をいれておいたほうがいい。

「おかゆ、もらってくるね」

京楽が、13番隊隊舎に出かけて行った。

しばらくして帰ってきた京楽の手には、おかゆの入ったお椀があった。おかゆの他に漬物もついている。

焼いた鮭の切り身がのったおかゆは、それなりに美味かった。

「ええと、食後の薬がこれで・・・解熱剤と・・・あとは・・・・・・」

いつもは自分で管理している薬箱。

熱のせいで、なんだか世界が白く染まっているようであやふやで、なんの薬を飲めばいいのかわからなかった。

「これとこれとこれ飲んで」

渡される薬を口にいれて、白湯で飲み干すと、ほろ苦い味が広がった。

「苦い・・・・・」

「漢方薬だからね」

解熱剤を飲んで、少しだけ眠ってしまったらしい。



「きょうら・・・く?」

姿が見えないので、不安になって布団から這い出す。

「まだ起きちゃだめでしょ!」

浮竹の寝ていた布団のちょっと離れたところで、京楽は地獄蝶から通信を受けていた。

「京楽・・・・・・」

甘えるような声で、京楽の名を呼ぶと、彼は苦笑して浮竹の額に口づけた。

「虚が大量に出たそうだ。ここから近いらしいから、片付けてくる」

「京楽・・・・傍に、いてくれ・・・・・」

甘えてくる浮竹に、京楽は後ろ髪をひかれる思いで、彼を置いて出撃した。13番隊も、清音と仙太郎を中心とした主だった面子が出撃した。

数刻もしないで帰ってくると、浮竹は雨乾堂の外にいた。

「熱、下がったのかい?」

額に手をあてると、まだ高熱が続いていた。

「だめでしょ、ちゃんと寝てなきゃ」

「京楽がいないから・・・・・・」

まるで、子供だ。

熱のせいだから仕方ないのだけど、浮竹は高熱をだすとたまに甘えてくる。

「ほら、解熱剤もう1個飲んで」

白湯と一緒に渡されたそれを、浮竹はゆっくりと飲んだ。

こくりとなる白い喉に、噛みつきたい衝動に駆られる。

いけないいけない。

目の前の浮竹は病人だ。手を出してはいけない。

浮竹を寝かしつけて、京楽は浮竹に触れるだけに口づけをしてから、離れた。

「早く元気になってね、浮竹」




次の日には、高熱を出していたのが嘘のように、熱が下がっていた。
肺病からくる発作も収まっていて、久しぶりに浮竹は死覇装に隊長羽織を着て、池の鯉に餌をやっていた。

「浮竹、無理はしないでね?」

「大丈夫だ。それより、昨日もしかして俺は、お前に甘えていたか?もしそうならすまない」

いい年をした大人が、みっともないと、浮竹は恥を覚えた。

「いや、全然甘えてなんかなかったよ」

嘘を囁くのは本当ならいけないことだ。



でも、それで傷つかずにすむのなら、僕は君にいくつでも嘘をつこう。

むしろ、甘ている君はとてもかわいいので、つい手が出したくなってしまう。

悪い癖だ。


「午後からは、自由かい?」

「ああ・・・仕事は、明日からにしろと清音と仙太郎がうるさいので、今日は暇だ」

「久しぶりに、甘味屋にいかないかい?」

甘味屋と聞いて、浮竹の目が輝いた。

「もちろん、行く。その前に、軽く湯あみをしてくる」

「髪、一人で洗うの大変でしょ。僕も一緒にはいるから、洗ってあげる」

別に、下心があるからそういったわけではない。

浮竹と共に過ごす時間は多くて、一緒に酒を交わしたり、食事をしたり、仕事をしたり、鍛錬したり、風呂で汗を流したり。

とにかく、一緒にいる時間が長すぎて、一緒に風呂に入るのもごく自然の成り行きだった。

「浮竹」

「?」

「いや、なんでもないよ。元気になってよかったね」


本当は、昨日のように甘えられるのは大好きだ。

そのまま押し倒すことは流石にできないけれど。浮竹の我儘を聞き入れるのも好きだ。

浮竹は、まるで子猫だ。

暖かさに釣られて、すり寄ってくる。そのくせ、気が乗らない時はかまってあげようとしても逃げていく。

「浮竹は、子猫みたいだね」

「は?」

「いや、なんとなく」

「お前のほうが、よほど猫に近いぞ?気まぐれで飄々としていて、自由だ」

そういわれるとそうかもしれない。

二人で雨乾堂に備え付けられていた浴槽に入り、汗を流した。浮竹は白い長い髪を、京楽に洗ってもらった。

そのまま髪をタオルでふいて、水分をとって完全に乾かしてから、新しくだした衣服を身に着ける。

久しぶりの甘味屋だと、浮竹は嬉し気にしていた。


「あら〜浮竹隊長じゃないですかー。京楽隊長と一緒に・・・デートかしら?」

甘味屋にいくと、松本と日番谷がいた。

「松本、うるさいぞ。黙って食えんのか」

日番谷が甘味屋にいるのが珍しくて、浮竹は日番谷の隣の席に座った。

「日番谷隊長が甘味屋にいるなんて、珍しいな」

「松本に無理やり誘われた」

それでも、松本に付き合ってあげるだけでも優しいというものだ。

「京楽、俺の隣でいいか?」

「ああ。席はどこでもいいよ」

まだそんなに混んでいないので、浮竹と京楽は好きなものを注文して、日番谷と松本と談笑しあう。

他愛のない、一日が始まろうとしていた。

浮竹がいつまでも元気でいればいいのにと、京楽は思うのであった。