色のない世界(IF







ふと、夜中に目が覚めた。

少し眠かったが、腕の中にいたはずの浮竹がいなくて、京楽は少しだけ明かりをつけて、室内を見まわした。

「浮竹?」

京楽は、浮竹と共に流魂街にある、京楽の別邸にきていた。人は住んでいないが、使用人を雇い、定期的に手入れをしてもらっていた。

「浮竹?」

室内を見回しても、浮竹の姿はなかった。

からりと襖をあけて、奥の部屋を見てみるが、やっぱりいない。

本当に、今日だけしかないというのに。

ユーハバッハが、尸魂界に攻め込んできた。山本総隊長はなくなり、次の総隊長にと京楽が推された。

浮竹は、病を凍らせていたミミハギ様を・・・・神掛を行った。

自然、凍り付いていた病は時を刻みだす。

日に日に酷くなっていく肺病の発作に、4番隊の隊長格でさえ、手が施せなかった。


「死に場所は、自分で選ぶ」


そう言って、病室からふらりと消えた浮竹を探し当てたのは、京楽だった。

その霊圧は、消してはいないだろうに、消えそうになっていた。


「きょうらく・・・・・?」

一番奥の部屋。

障子をあけて、月の光を体中に浴びる浮竹は儚くも美しかった。

隊長羽織を脱いで、次の世代へと、ルキア用の隊長羽織を清音と仙太郎に言い聞かせて作らせてある。

双魚理を帯剣することもなくなった浮竹。

「酷く心地いいんだ・・・・・・・一人でないと、分かって死ぬのは」

丸い丸い月を見上げながら、浮竹は歌うように言葉を刻む。

「世界は美しい・・・この美しい世界を、失ってはいけない」

虚圏、現世、尸魂界。すべての世界が、霊王の死にとって緩やかに崩壊をはじめた日から、浮竹の運命はもう・・・・いや、ユーハバッハが尸魂界に侵攻してきた時にはもう決まっていたのかもしれない。

「僕は、正直世界よりも君を選ぶ」

「一緒に、死んでくれるか?」

「喜んで」

その言葉に、浮竹の翡翠の瞳が揺れた。

「お前を残していきたくない。お前と離れたくない・・・・・・本当は、もっと、生きたい・・・・・・!」

でも、もう十分すぎるほど、生かされたのだ。

500年以上は生きただろうか。

もう、十分だ。

「骨は・・・・・双魚理と一緒に、雨乾堂に埋めてくれ」

それはもはや遺言だ。

「そんなこといいなさんな。探そう?君が、もっと生きれる方法を」

「無理だ。ミミハギ様を失った俺は、もう終わりなんだ」

「そんなこと言わないでよ」

ぽろりと、黒い瞳から涙が零れ落ちた。

いつもの飄々とした姿はなかった。

生気のない浮竹の膝にすがりついて、京楽は泣いた。

「君と、もっと生きていたい!君を失いたくない!君を愛しているんだ!君のいない世界なんていらない!」

「そんなこと、言ってはだめだ」

浮竹が、枯れ枝のように細くなってしまった手で、京楽の頭を撫でた。

「まだ、少し時間はあるから」

それは、嘘だった。

浮竹が、京楽に初めてついた嘘。

「最期の時まで、傍にいるから」

色づく世界から、色のない世界にならないように。

嘘をつく。

浮竹は、京楽を抱き締める。

全ての想いをこめて。

「すまない。今まで、ありがとう・・・・・・・」

京楽は、思いきり泣いた。泣き疲れて眠ってしまった体に、浮竹は自分が羽織っていた着物をかけて、ふらりと外に出る。

リーンリーン。

虫のなく声だけで、世界は静謐に満たされ、こんなにも静かだった。

浮竹は目を閉じた。

色のない世界へと、足を踏み入れる。




朝起きると、浮竹の姿はなかった。捜索したが、その姿はようとして知れなかった。霊圧を探っても、もう浮竹の霊圧を感じることはできなかった。

尸魂界に平和が戻っても、結局浮竹の遺体は見つからなかった。

遺言通り、ただ双魚理だけが雨乾堂に埋葬され、京楽は浮竹の墓石を作った。その下に、浮竹はいない。

正式な総隊長になって何年経っただろうか。

ざりっと墓石を撫でて。

「君は、最初で最後の嘘を僕についた。せめて、看取らせてほしかったな・・・・・・」

死に場所は自分で決める。

それはまるで、自分の死を悟り、群れから孤立していく野生動物に似ていた。

色のない世界にいるから。

浮竹が、最後の夜に囁いた言葉を思い出す。

「色のない世界に行けば、君に届くのかい?」


伸ばした腕に、シロと名付けた小鳥が止まった。


「ただ・・・・・・君に、会いたい」


切望しても、望みは叶わない。

分かっているから、望んでしまう。



そこは、色のない世界。

死んだ隊長たちの墜ちる場所。

山元源流斎重國、卯ノ花烈、浮竹十四郎。

色のない世界へ墜ちていく。


ただひたすらに、色のない世界へと。



色のない世界の果てに、花の神はいた。愛した愛児の魂を、しっかりと抱き込む。

「愛児よ。お前は生を求めるか?」

愛児となった浮竹に語り掛ける。魂となってしまった浮竹は、生きたいと強く願った。

「そうか。愛児は、生きることを望むか-----------------------」