院生時代、よく校庭の中庭にある大きな桜の木の下で、酒を飲み交わした。 ちらちらと、桜の花びら散る季節。 春のうららかな日差しの下で、京楽と浮竹は昔のように酒を飲み交わしあっていた。 今の学院の名前は、真央霊術院とよぶ。昔、京楽と浮竹が通っていた当時の名前は死神統学院という。 昔と少し校舎が増えたりして、見た目は変わったが、それでも院生時代の懐かしい思い出の詰まった学院に足を踏み入れるのは嬉しくもあった。 今日は、学院は休日で、人もいない。人払いをしていた。 桜の大木はもう樹齢千年はこえているであろう。京楽と浮竹が初めてであったのも、この桜の下だった。 「懐かしいねぇ」 「そうだな」 風で舞っていく桜の雨を浴びながら、二人はもちこんだ酒を互いの杯に注ぐ。 ひらりと、お互いの杯に桜の花びらが舞い落ちらた。 風流だと思う。 浮竹は、桜を見上げて、白い長い髪を風に靡かせた。 その光景があまりに綺麗で儚くて、京楽は酒を飲むことをやめた。 「浮竹は、桜がとても似合っているね」 「そういう京楽こそ、似合っている」 京楽が桜にまみれている姿はとても雅で。儚くはないが、桜の雨に包まれている姿はとても凛々しかった。 「君のほうが似合っているよ。儚くて美しい」 「男に向かって使う言葉じゃないぞ」 怒りはしないが、浮竹は自分の見目麗しい容姿があまり好きではないので、京楽の杯にこれでもかとうほどの酒を注ぎたした。 「零れる、零れる」 京楽は、杯を手に零れないように飲み干すのに苦労していた。 本当なら、京楽のような凛々しい姿で生まれたかった。美丈夫である京楽は、見た目もいい。男らしいがっしりとした筋肉に覆われ、浮竹のように細くしなやかな筋肉しかつかぬ体とは比べ物にならないくらい、男らしい。 「京楽のような見た目になりたい」 「簡便してよ。僕は、もじゃもじゃの浮竹なんて嫌だよ」 想像しただけで、寒気がした。 「肺の病さえなければ・・・・この体が、病弱でさえなければ・・・」 きっと、それなりの男らしい体つきになっていただろう。 だが、考えても仕方ない。 「浮竹は、細いがしなやかな筋肉があるその体がいいんだよ」 情欲をそそるからと、耳元で囁かれて、浮竹は京楽の頭を殴った。 「何するのんだい」 「知るか」 酒を注ぎ足して、一気に呷った。 「ああ、それ果実酒じゃないよ。別にとっておいた、強い僕のお酒だよ」 「え」 かっと、喉が焼ける感触がした、 「くっ・・・・やっぱり、お前の酒は強いな。こんな酒をよくも大量に飲めるものだ」 くらりと、くる。 なんとかやり過ごすと、浮竹は口直しに果実酒を飲んだ。 「君の酒は甘いし、アルコール度が低いからねぇ。僕にとってはジュースみたいなものだよ」 「そうだな」 「そういえば」 「?」 「いやぁ、君がこうして生きてるから、君のお墓にいくことがなくなったなぁと思って。いつも君の好きな果実酒を買って、墓石に注いでいたんだ」 「そうなのか」 意外なことを知って、京楽を残して逝ってしまったことへの悔恨と、また出会えたことへの感謝の念がごちゃまぜになって、浮竹を襲った。 「少し酔ったみたいだ。水をとってくる」 浮竹は、立ち上がるとが学院に入り、水道の蛇口をひねって、水を飲んだ。ついでに顔をあらって、手ぬぐいでふく。 外に戻って、桜の木の下にいくと、京楽の頭の上に見知った影があった。 シロだ。 「チチッ」 小さく鳴いたあと、地面におりて、ちょんちょんと歩く。 その姿がかわいくて、浮竹は手を伸ばした。 「おいで」 「チチチ」 浮竹の手の上に、シロは乗った。 「お、ついに手乗りかい」 元から懐いていたが、手乗りではなかった。 「僕の手にも乗ってくれるかな?」 京楽が手をさしだずと、シロは大空に飛び立って行ってしまった。 「嫌われたな」 苦笑を零すと、京楽は隻眼で浮竹を見た。 「気まぐれなんだよ。浮竹みたいに」 「俺みたいにか?」 「そう。甘えてきたり、拒絶したり・・・・君によく似ているよ」 「そうか?」 浮竹は桜の雨の中、目を瞬かせた。 チチチチチチチ 空を舞う、シロの鳴き声がする。 浮竹は、ずっと空を見上げていtた。酒を飲み交わすのも忘れて。 「今日の花見は、ここでお開きにしようか」 京楽が、酒が尽きたので雨乾堂で飲もうと誘ってきた。その答えに逡巡していると、ひょいっと抱き上げられた。 「京楽!?」 「桜の雨の中の君は、何処かに行ってしまいそうで、不安になる」 失った右目が疼く。 「俺は、お前の傍にいるぞ?今度こそ、もう一人にはしない。先には、逝かない」 「君が逝く時は、僕も一緒さ」 桜が散っていく。 ひらひらと。 幻想的に。 ひらひらと。 音もなく。 桜の雨は、止みそうになかった。 花の神は、ひらひらと花びらを散らした。 散っていく花びらは、いわば花の神の化身。 自分を散らせながら、花の神は微笑む。愛児である浮竹の幸せをみて。 |