雪月の花に散りたもうJ







真麻は、枢機卿たる身分さえ、留学してまで欲した全てさえ捨て去った。
故郷に手紙をおくり、金をおくってもらい、その金で白桜を落籍すると、すでに落籍した菜春に全てを語り、自由は与えるが故郷に連れて帰ることはできないと言った。

「白桜・・・・だから、嫌いなのよ!綺麗な顔で、真っ白い雪のように純真なふりをして、私から全部を奪っていく!!」
菜春は、白桜を平手で殴ったあと、泣き崩れ落ちた。
「菜春」
「嫌い嫌い!あなたなんで大嫌い!」
「菜春・・・・でも、俺はお前のこと大好きだよ。今でも。裏切ってごめん」
「何よ・・・」

真麻に庇われ、去っていく二人の姿が遠くなっていく。
白桜が落籍されたことは、鈴慶法王の耳にまで届き、結果真麻は、望んでいた枢機卿の身分剥奪となった。
鈴慶法王が、いずれ自分で落籍しようと白桜の存在に心酔していたのを承知の上で、真麻は白桜を落籍した。

二人は、互いに強く手を繋ぎあって、馬車に乗ると花街を後にする。

「お父さん・・・・私も絶対に、幸せになるわ」
去っていく二人を乗せた馬車を見送ってから、菜春は白桜が、菜春のために残した、今まで貯めていたという金と桜の髪飾りを畳に並べた。
桜の髪飾りを自分の髪にさしてみる。
シャランシャランと、柔らかな音が零れ落ちる。

シャランシャラン。

自由になった菜春は、なじみ客であった上客の貴族の正妻として、花街を出ることになったのが、白桜と真麻が花街を共に去っていってから1ヶ月後のこと。


シャランシャラン。
シャラララン。

髪飾りの音が聞こえる。
遠くから。

そこに花魁はもういない。色子も遊女も。
いるのは桜色の髪と瞳、白すぎる肌をした両性の、愛する人に愛された青年であり女性である人。
白桜は、真国の強い太陽のまなざしに目を細めてから、隣を歩く真麻とゆっくりと足を並べて歩調を同じにする。

「おい、聞いてないぞ俺は。王族に復帰するだと?」
「白桜。俺の全てを受け入れるんだろう。俺の弟、真国の国王の妻は両性具有。お前も大切にしてもらえる」
「いらねえよ。俺は、お前だけがそばにいてくれたら、それでいいんだから」

シャランシャラン。
髪飾りは、桜を模したもの。
綺麗に紅をひいた唇を奪って、真麻は歩いていく。

白桜のまわりだけ、時が止まったかのように見える。
まだ春のままのような、そんな色彩をまとう白桜は、すれ違う誰もが振り返る美貌を曇らすこともなく、先を歩きだした真麻についていく。
真麻はもともと真国の王子で、他の王子たちの玉座をめぐった血みどろの争いに嫌気をさして出奔するがごとく、枢機卿となるために留学していた。
いまや、その枢機卿の身分さえない。
白桜を守るには、王族に復帰するのが一番だと真麻は考えたのだ。
ただの一般市民では、白桜を誰かに奪われてしまう気がして。

「共に歩むのだろう?白い王よ」
真麻は、白桜の薄紅の瞳をのぞきこんで、薄く笑った。
「くそ・・・・ああ、歩んでやるさ!」

白桜は、髪にさした髪飾りも簪もすべて放り投げようとして、思いとどまる。
これは真麻が全て買ってくれたもの。
花魁でなくなったから、捨てようとおもったけれど、できない。

シャランシャラン。
柔らかくもありかたくもある音色は、まだ白桜の髪を彩り、音を奏でる。
桜の季節はすぎ、夏もすぎてしまった。
季節は、秋になろうとしていた。

真麻と白桜が、真国の王である真那王とその王妃である星嵐と謁見し、王族になったのは、翌年のこと。
太陽暦2034年、春の出来事である。
見事に桜さく場所で、二人は正式に婚姻し、真国にまた両性具有が増えた。真那王と星嵐が、心から二人を祝福したのはいうまでもないだろう。