白桜に吹く風







「白桜(ハクオウ)」
名を呼ばれて、振り返る。真っ白な髪がふわりと広がり、まるで白い海のようだと思った。
ふわふわと、頼りなげに漂う。
でも、その桜色の瞳はじっと、真麻(シンマ)をとらえて離さない。
時折、本当に血の色のように真っ赤になる白桜の瞳。
「俺は白子だったんだ」
曰く、白桜は生まれた頃は瞳は真っ赤で、年を経るたびに色が薄くなって桜のような優しい色になったそうだ。
アルビノもしくは白子。
先天的に、色素をもたぬ子供。
獣などにも時折生まれるが、人の子でなど見たことがない。

その真っ赤な瞳故に、父に疎まれ続け、母が亡き後に、花街に売られた。
財産は多少なりともあったし、生活に困っていたわけではない。
父を恨んでいないといえば、嘘になる。花街に売り飛ばされて、けれど絶望に浸るほど白桜は弱くなかった。両性であることを利用すれば、いつでもこんな花街など抜け出せるとたかをくくっていたし、実際、真麻によって身請けされて1年か2年、数えるほどしかいなかった花街を後にする。

色子のときの癖がぬけないのか、いつも瞼に朱をさす。唇は何も塗らなくても、うっすら紅をさしたような色をしているので、紅はささない。

襦袢という、芸者が着る服は着なくなったが、それでも好んで着る服は男性ものというより女性もので、男性でも着れるようなものを好んで選んでいた。薄絹を重ね着して、まるでほんとうにふわふわ漂っていうような姿。真麻の財布から、白桜が着るものも出ているのだが、白桜は豪奢に着飾ることはしなかったが、だからといって質素な服装もしない。
あやふやな線を歩いていた。

両肩を露出して、腰までスリットの入った上衣に、膝丈のパンツ、その上からいくつか淡い色の薄絹の服を重ねて着る。
男性ではないが、だからといって女性でもない白桜の身体のラインがうっすらと、光を浴びれば浮かびあがる。

「白桜、おいで」
呼ばれて、まるで猫のように、媚態めいた仕草をして近寄る。
花街を出てから、真国にいくと真麻は言っていた。真国は遠い。船に乗るか、陸を馬車で走るか。船に乗るほうが圧倒的に早くつくだろうが、真麻は急いでもいないし、真国の王であり、弟である真那王には書簡を出しておいたので、王宮につく頃にはささやかながら、持成しを受けるだろう。
王子になど、戻るつもりは本当はなかったのだ。
白桜と、二人であてもなく旅をするのもいいと思った。
だが、白桜は両性の上に、真麻でさえも息を呑むほどの、いやかの法王でさえその前で跪いたとされる白皙の美貌。
神の寵児という者がこの世に存在するのなら、きっと白桜のような姿をしているだろう。

それを、自分のものだけにした。
白桜もそうされることを望んだ。

喉の奥から、乾いた笑みが浮かんでくる。これが、もしも誰か他の王侯貴族に売り飛ばすための芝居だったとしたら、白桜はどうするのだろうか?
彼のことだ、きっと真麻以外の者に身を売るくらいならと、自害するだろう。
白桜は、真麻だけの王。白い王だ。
色素のない真っ白な肌、真っ白な髪、薄い紅玉の瞳。
白桜の首にも手首も足首にも、それに耳にも真麻が買い与えた紅玉の装飾品が煌いていた。雪月の花里にいた頃の白桜も美しく輝いていたが、真麻のものになった白桜はさらに磨きがかかり、美女なのか美青年なのかわからぬ中性的な美貌は洗練されていく。

法王のおわす鈴国(レイコク)から、それほど離れていない同じ鈴国の国境境にある町の宿をとった。海路で真国に向かおうと思っているが、真国への船が出ているのは隣国の楚(そ)という国だ。
貿易で栄え潤い、小さいながらも真国と同じほどの規模で繁栄しているであろう国の一つ。

チリンチリン。窓の近くに吊るされた鈴がいい音を立てる。
宿は、逢引宿にも使われていて、1Fの茶店は、茶をひきながら、客を待っている素人の娘が多かった。やってきた客と商談がまとまれば、2Fで1時間ほどの短い間春を鬻ぐ娘達。花街に売り飛ばされるのはいやだが、自分の家に帰れるこんな茶店で春を売ることに躊躇いをもたぬ少女や少年もいる。男娼だって、同じように茶店に顔を出している。
ただ単に小遣いほしさ。
もしくは生活苦から。
親が花街に売ることを躊躇い、茶をひいて客を待つ、少年少女、それからもっと年のいった女性や青年。中には、廓から足を洗ったというのに、こんな場所で春を売る、元女郎やら色子もいる。
長年染み付いた稼業からそうそう上手くぬけだせないものだ。身請けされたといっても、その相手が愛想をつかし、捨てられればまた花街に戻るしかない。
そうやって花街に戻ってきて、また女郎や色子になって、泣いている者を白桜は何十人と見てきた。顔に白粉を塗りたくって、皺や染みを隠して身体を売る、本来ならもう女郎として年齢にとうがたちすぎいる者だっていた。

雪月の花街にいた頃は、運がよかったのだ。そうでなければ、今頃白桜は、利益しか頭のない廓の主人に一日に何十人もの客を取らされていたかもしれない。

「白桜?寝ているのか?」
媚態めいた仕草をしてから、ぴたりと動きをやめた白桜に、真麻は首を傾げて手を伸ばす。
その手を、朱をさした瞼を瞬かせて、白桜は動きを追っていた。
「お前はいつも。もう色子でも遊女でもないというのに、そんな格好を」
そんな格好とは、今白桜が着ている服のことだ。浴衣のようなものをいくつか着重ねているが、ほとんど透けていので、一番下に着た桜色の絹の服がぼんやりとだが、見ることができた。
薄い絹の服を重ね着するのは、色子や遊女どちらにもある特徴だ。
髪を高く結い上げて、いつくもの簪をさして。

チリリリン。
白桜の簪の鈴が鳴った。

襦袢も白桜は好きだった。透き通るような、身体の線がはっきりと出る服はすきだ。ただ、真麻以外の前ではこんな格好はしない。
ちゃんと上からコートのような上着を着る。

「機嫌が悪いのか?」
白桜は無言で首を振る。
「具合でも?」
また首を振った。
「もう2週間も、あんた、俺を抱いてない」
潤んだような、桜色の視線にとらわれたと思った時はもう遅かった。
どちらともなく唇を重ねる。しゅるりと、真麻が白桜の服の帯を解く音がした。衣服をはだけられていく。畳の上の布団の上ではなく、白桜が着ていた服を、布団がわりにして、真麻は小さく息を漏らしながら、白桜の艶めいた仕草に支配されていく自分がいると感じた。
「あ…」
薄絹ごしに、平らな胸を何度も触られて、それから直に肌にふれていく。その温度に眩暈がしそうだと、白桜は思う。
チリリリリン。
髪を下ろした白桜の長い白い髪から、鈴の簪が転がって、床にぶつかって止まった。
「本当に、お前は俺を煽るのが上手だな」
「捨てられるのが、怖いんだ」
潤んだ瞳は、真紅。
まるで血の色。

桜の下には、死体が埋まっている。そんな都市伝説めいた話を思い出す。

かりっと、首筋を痕がつくくらいにかまれて、白桜はビリビリと電気のような刺激が全身に走るのを感じた。
胸の先端にかみつかれ、転がされ、何度もつままれて、声が漏れる。
「うあああ…」
もう、真麻にしか聞かせることのない、喘ぎ声。
仰向けにされて、背骨のラインを辿った真麻は、潤滑液をとりだすと、それで指を塗らして白桜の蕾をかき混ぜた。
「ひあう!」
ぐりぐりと、中を何度も刺激されるように、ばらばらに動く指に翻弄される。
「真麻」
自分から舌を出して、真麻と舌を絡ませる。そのまま、早急に押し入られた。
ぐぷぷぷぷぬぬぬと、音がして、白桜は目を閉じた。
抉るように中を出入りする真麻のものが熱すぎて、溶けてしまいそうだ。
身体の奥から、ぐずぐずに。
「あ、もっと奥!」
自分から足を開いて受け入れる。
立ち上がった花茎は、すでにトロトロ密を零している。
「あ、あ!」
ぐちゅりと、音がしたかと思うと、無理やりふらつく身体を立たされて、壁に押し付けられた。
「無理・・・」
「平気だろう。お前なら」
体内から去っていた凶器が、また白桜を貫いた。

「ああああああ!!!」
のけぞる身体を抱きとめて、真麻は白桜の白い髪が宙を舞うさまを見ていた。
ぐしゅりと、結合部から少し多めにぬった潤滑液を体液が混ざったものが、白桜の内ももを伝い落ちる。
「あ、いっちゃ、う・・・」
びくんと、身体を痙攣させた白桜の花茎をの先端に爪を立てながら、真麻の白桜の身体の奥に精を放った。だが、それでも足りないと、今度は白桜の花弁を指で押し開き、ぐちゃぐちゃにかき混ぜた。

「あああ、うあああ!!」
オーガズムの白い波に痙攣する白桜の足。右足を肩に担ぎ、すでに愛液を垂れ流していた場所に突き入れると、白桜が喜ぶように、チリリリンと、窓際の鈴がなった。
「あ、あ、あ!!」
秘所を犯す男のものと、指と、そして言葉。
「もっといってしまえ。何度でも桃源郷をみるといい」
「うあ!」
ぐりりりと、中をえぐられて、白桜は真っ白になる視界の中、真紅に輝く瞳を瞬かせた。すーっと、生理的な涙が流れ落ちる。
ぐちゃぐちゃと、さっき犯されていた蕾を指で犯しながら、真麻は立ったまま白桜を犯し続け、何度も床にその華奢な身体を押し付けて、熱にたけったものを、一度精を放ったのに、また大きくさせてぐちゃりとつきたてた。

「あ、もう・・・・・意識とぶ・・」
こぷぷぷ、どくんどくんと、秘所の奥で精が放たれて、もう終わりだと思ったら、今度はゆっくり床に押し倒されて、また蕾に突き入れられた。

「ひう!」
衝撃で、呼吸ができなかった。
それくらい激しかった。
「あ、あ、いや、いやあ!」
ずりあがる身体を、真麻が封じて、そのまま最奥に欲望を何度も叩きつけられる。また精が放たれたのだと思ったとき、ああもう意識を手放してもいいかと思った。
真麻が、たちあがったままゆるゆると蜜を零す花茎を口にして、鈴口を舌で犯して、そのまま白桜は、真麻の口の中に蜜を放つ。
それを、そのまま口付けで、トロリと流されて、白桜は意識を完全に手放した。

チリリン。
ぼーっと、情事のあと、風呂で身体を清められた白桜は、なる鈴を見続けていた。
吹く風は緩やかだが、心地いい。
身体中に、所有の証を刻まれたあと、面倒だからと襦袢を着て、その上から浴衣をきた。白い髪は、ふわふわとたんぽぽの種子のように風に漂っている。
もともと波打つような髪ではなかたっが、ストレートにするような手入れを怠って大分たつ。

「お前には飽きないなあ。白い桜」
「んー。腰いたい」
「俺の膝の上で食うか?」
運ばれてきた食事を、けだるげに拒否した白桜は、ここにこいとばかり膝を叩く真麻の上にゆっくりと座り込み、その白い髪を撫でられながら、果物と薔薇蜜水だけを口にして、彼の胸に頭を押し付けるようにして、また眠りだした。

「白い王はふわふわ、どこにいくのか頼りない」
真麻は苦笑する。
その存在も、人ではないかのようにふわふわしていて。
風が吹けば、一緒に消えてしまいそうで。

長い髪に、白桜がお気に入りだという鈴の簪をつけてやった。
チリリン。
柔らかな音が、夕暮れ時の太陽に飲み込まれていった。