冷たい朝









目が覚めると、視界が霞んでぼやけていた。
いろんな薬を飲んだ副作用か、朝はとても苦手だ。
頭がずっしりと重く、気だるくて上半身を起こすのさえ億劫になる。
自分が本当にここで生きて、呼吸して、鼓動しているのかさえ分からなくなる。
確かに心臓は動いているし、呼吸している音は耳に入ってくるし、しんとした静寂の中でも自分が生きている証であろう音は聞こえてくる。
「おはよう」
ぽつりと、自分に向かって挨拶してみる。
自分を診たかかり付けの医者が後遺症がどうたらPTSDだどうたらと、昨日もうるさかった。
ゆっくりと上半身を起こす。
少しづつ見慣れた部屋の風景。
殺風景ではあるが、寝台が2つと姿見の大きな鏡、それに衣装をいれたクローゼットとか。
ほぼ虐待に近い毎日を過ごしていた日々とは違う、なんともない平穏な朝。
軋む手足を叱咤して、半身をおこす。
少し深呼吸して、朝特有のだるさを追い払う。
視線をあげて向かいによこすと、金色の中に赤や緑の色彩のまじった不思議な瞳とぶつかる。
なんでもない、ちょうど向かいには姿見の鏡がおいてあって、それに映った自分の目だ。
病的に白い肌と、乱れた緑銀の髪と。不機嫌そうな顔は人形めいた少女そのもので、瞬きをしていた。
視界に入ってくる光量は少なく、まだ夜明け間近なのだと気づく。
部屋が、暗い。
人ではありえない少量の光でものをみることができても、何もうれしくない。

「ルウ・・・・・・起きろよ」

暗いのは、いやだ。
あの部屋を思い出す。ただ血をぬかれ、強制的に長い眠りをさせられ、また起こされて血をぬかれ、時に暴力をふるわれたあの部屋を。

隣の寝台で静かに寝ていた少年に近づいて、乱暴にゆさぶった。
ボッと、なにもない空間に青白い炎が揺れ動く。
何もしたつもりはないのに、不安に能力が連鎖したのか、いつもの自然発火現象だ。
寝台で寝ていた少年の、パサリとシーツに広がっていた茶色の髪が動いた。
同時に毛布に包まれる。
「眠れないのか」
間近でそう問われて、少し戸惑いがちに返した。
「怖い」
「どうして」
「暗いから、怖い。暗いのは嫌だ」
暖かな体温が、身体を満たす。
そっと胸に抱きこまれて、目を閉じた。
「寝ろ。まだ早い。眠れないならずっとこうしているから」
空間をゆらゆら蠢いていた炎が金色に輝き、弾けて消えた。
暖かい。
ただ、ゆっくりと時間が過ぎる。
自分の鼓動が耳に痛かった。
心臓が破裂しそうに、脈をうっている。胸が、軋むようにいたい。頭がぐるぐると、思考がひとつにまとまらない。
「・・・・・・俺は誰だ。俺はなんで生きているんだ。なぁ」
目を閉じたまま、俺は自嘲気味に問うた。
時折出る、それは口癖のようなものか。
毎日がすぎていくなかで、かわらない。医者の声が、耳から離れない。
重度のPTSDとその他の後遺症がみられますね、現代医学では治療不可、記憶の一部抹消なら少しは緩和できるかもしれませんが彼女の場合 それをすると人格崩壊の危険性があります。何より我々人と違った種族というものはその精神的カテゴリズムすらまだ解明されていなく、とても貴重なサンプル・・・・・あとは、なんだったか忘れた。

サンプルという言葉を聞いた時、ショック症状に陥ったのは最近だ。
ただわけもなく、怖い。恐怖心が他のなにかで塗り固められるなら、とっくにそうしている。

閉じいた瞳からあふれた透明な水滴が、音もなくシーツの上を滴った。
それをかんじとったのか、ルウの手が髪をすく。


「サラ」
耳をかすめる、少し辛そうな声。

朝は、冷たい。
思考が、とても。
そして彼を傷つける。

人からみればとても遠い時代に名づけられた俺の名前。
固体を表す、唯一のもの。

冷たい朝はキライだ。


涙のとまった目でぼんやりと天井をみあげながら、「もう大丈夫だから」と半ば無理やり自分を納得させながら、小さな声で呟いて、ルウの肩をおした。