神様の白い奇跡








祈る。
私は祈る。

存在しないこの世界の神に。


あれから、私はあなたの影ばかり追っている。
あの広大な宇宙に、あなたの魂はまだ漂っているのだろうか。
残された仲間と、故郷であるアイルランドにあなたの墓を建てた。
地上にいる時は、あれから何度もあなたの墓に、毎日のように墓参した。

「今日も、また会いにきました」

ポツポツと降り続ける雨の下、黒い喪服を身にまとい、黒い傘をさして、血のように真っ赤な薔薇を携えて。
それを、墓標にそっとそえるのが日課だった。
あなたに薔薇なんてお世辞でも似合わないけれど。
ヴェーダから切り離され、一人の私には、それしか思い浮かぶものがない。
あなたの流した色の花。
その痛みを、少しでも分かち合いたくて。

「プトレマイオスの再建築は、順調に進んでいます」

語りかけても、あなたの答えはない。
その墓の下に、あなたはいない。
分かってはいても、虚しさはただ募るばかり。
そして、純粋に哀しい。
時折、涙が頬を伝う。
最初の頃に、もっと分かり合うべきだった。もっと話したいことがたくさん……
後悔してももう遅い。

そして、祈る。
私は祈る。

存在しないこの世界の神に。
あなたがどうか幸せであるようにと。
あなたの意思は私たちが受け継いでいくから、どうか安らかにと。


一度だけ、墓参りにハロもつれていったことがあった。
「ここが、君の相棒の墓だ」
腕の中にいる橙色の丸いハロが、ウィンと機械的な音を立てて、私とあなたの墓標を交互に映す。
「ロックオン、ココニ、イル?ロックオン、ココニ、イル?ロックオン、アイタイ。ロックオン、アイタイ。カナシイ。ロックオン、イナイ。カナシイ」
AI独特の無機質な音は、誰もいない墓地によく響いた。
「そうだな。哀しいな。でも、あの人は自分の成し遂げることをしたんだ。いないからといって、いつまでもこんな風に、毎日墓参りしてくよくよしていては、あの人に笑われてしまう。もう、新しい計画は順調に進んでいるんだ」


「アナタニ、アイタイ。ロックオン、アナタニ、アイタイ」


AIが繰り返すその言葉は、私が生還してよく呟いていた言葉だと、気づく。


どんなに会いたいと願っても、その願いは叶えられない。
あなたの元に逝くと決めたのに、私は生きている。
生きることが、いなくなってしまったあなたや他の仲間たちへの贖罪。

あの時、あの瞬間。
私は死を願っていた。あなたの元にいくことをひたすら願った。
けれど、私は生還した。
ガンダムマイスターの中で、ただ独りの確実なる生存者として。




それは、何度目かの墓参りの時だった。
久しぶりの快晴だった。流れていく雲を遠目に、青空にさらわれていく自分の髪がサラサラと音をたてる。
爪や髪は伸びるのに、身長はもう止まったままだ。いや、最初からこの身長だった。
年月が過ぎても全く変わらない容姿。完璧な美貌は、欠けるということを知らない。
老化を知らぬ細胞は、きっと何十年たっても命ある限りこの容姿を保ち続けようとするだろう。
風にさらわれる白い花びら。
その日は、墓標に白い薔薇をそえた。


ふと、視界がさらわれそうになった。
墓標にそえた白い薔薇が崩れ、白い花びらの本流となって私に降り注いだ。

「    」

嘘だ。
その声はまやかしだろう?あなたはいないんだから。

「    」

その声で呼ばないで。
私が、壊れてしまう。



「ティエリア」

はっきりと、耳元でそう聞こえた。
拒否気味に強張っていた体を、ふわりと包み込む暖かさ。

「そんな暗い顔しなさんな。せっかくの美貌が台無しだぜ?」

きっと、幻聴でしかない。私の脳が疲労のあげくに造りだした幻覚でしかない。
あなたが目の前にいるなんて。

あなたの翡翠の瞳に私が映っている。
宝石のように煌く緑の中に。
白い花びらの雨はやまない。降り続ける。
包み込む暖かさが消えない。

あなたは自分の墓標を見下ろしながら、そっと私と距離をとった。

「……俺は、こうなったことに後悔はしてないぜ。でもな、ティエリア。お前さんはそんなに弱かったか?俺が知ってるお前さんは、もっと強く、誰よりも気高かったぜ?」

そんなことはないと否定しようにも、声すら出ない。

「いつからそんなに泣き虫になった?いつもの ツンケンした態度はどこにいった?俺は、その墓の下に確かにいない。でも、ずっとお前さんの心に生きているんだぜ?それにきづいてもくれないなんて、ガンダムマイスターとして ちょっと問題ありなんじゃないのか」

目の前にいるあなたは苦笑して、自分の墓標を見下ろした。

「ちゃんと側にいるから。だから、あんまり泣くなよ?」

白い花の雨が、ハラリハラリと降り注ぐ。
涙があふれた。
どうしよう。
止まらない。
目の前であなたが泣くなと言ってくれているのに、止まらない。

「泣くなって言ってるのに、これだからお前さんは…」
優しく包み込まれる。
暖かな体温に、ほっとする。
白い花びらが、リンとした音をたてて白い光の泡になっていく。

「刹那もアレルヤも生きているから。独りじゃないから、だから、な?」
どこまでも優しく。
どこまでも暖かく。
私が子供みたいに乱暴に服のすそで涙を拭うと、あなたは笑った。
とても優しい微笑み。
よしよしと、まるで子供をあやすように私の頭をポンポンと叩いたあと。

「またな、ティエリア。いつも墓参り、ありがとな。あと、刹那にも墓参りありがとって言っといてくれ」

白い花びらの雨がやんだ。
あなたの体が離れていく。
温かかさが遠のいていく。

足元から、白い花びらとなって散っていくあなた。

視界がフラッシュする。
眩しくて眩しくて。
それでも目を見開いたまま。このまま、視力がなくなってもいい。最後まで、どうか。

あなたの姿が散っていく。白い薔薇のように、散っていく。

「ロックオン・ストラトス!!」

叫びは、白い花びらの渦にかき消される。


「ロック…オン・ストラトス……」

後に残されたのは、散らばった白い花びらの絨毯と、その上に残された茶色の手袋。
持ってきた薔薇だけではありえないほどの、散った花びら。


白い絨毯に、両膝をついた。



信じていないはずの神様がくれた悪戯。

散り消えたあなた。
白い絨毯の上に残された手袋は、あなたがいつもしていたもの。

私はそれを握り締めると、号泣した。
墓標の前で、一人で泣いた。
我慢していた何かが、壊れてしまったのだ。
涙が止まらない。
その日は、泣いて泣いて泣きまくった。
プトレマイオス2号に帰り、手袋を抱きしめながら泣きじゃくった。


神様なんて信じていないのに。
幻聴で、幻覚だったはずなのに。


あなたの後姿を追っているだけの毎日に。アイタイと呟く日々に、終止符が見えた。

あなたはこんなにも近くにいる。
あなたの魂は、私の中にもある。
あなたは、いなくなったのではない。私の中に生きている。




凍りついたままだった私の鼓動は再び動きはじめた。
私は宇宙を翔る。
いつか、この世界をあなたの思い描いた戦争のない世界にするために。
私は宇宙を漂いながら、想いを拾い集める。

涙を流した分、強くなれ。

もう心配されないように、泣き崩れるな。

強く、誰よりも強くなれ。

あなたの心は、託されたのだ。

なくなったのではない、私の中に生きている。

あなたはいつも、側にいるから。


私は宇宙を翔る。
ヴェーダから切り離され、一人ぼっちになった私を救ってくれたのはあなただ。
その恩にむくいるためにも。


僕は強くなろう。

生き残った仲間たちを指揮し、そして再び戦うために。

散り散りになった仲間を探すために。


「ティエリア・アーデ、セラヴィ出ます」