あなたに、出会えたら








「あなたの名前はアレルヤよ。それがいいわ」
弾む、少女の声。

少女は、カプセルの中から、オッドアイの少年の脳に直接話しかける。
カプセルの中の少女は、痛々しげな姿をしていた。
数箇所に包帯を巻きつけられ、その腕は点滴と繋がっている。
じっと天井を見上げる少女は、けれど何もその瞳に映していなかった。
琥珀色の瞳は、瞬くことさえしない。

それは本当の人形のよう。

生きることを止めた、少女の姿をした人形。


ソーマは夢をみていた。
夢の中で、動かない幼い自分がカプセルに入っている。
瞬くことを知らぬ瞳は、とても無機質なものにみえた。


「ああ、アレルヤ。本当に、嬉しいわ。私の声が聞こえるなんて」
「マリー」
オッドアイの少年が、カプセルにはりつく。
「いろんなお話をしましょう?今見える私の姿は気にしないで。お話ができるだけで、私は幸せだもの」
「僕は、君の話相手になれるかな?」
「なれるわ。だって、私の声が聞こえるんですもの。あなた以外に、私の話相手はいないわ、アレルヤ」
「僕は、アレルヤって名のっていいの?」
首を傾げる少年に、少女の声はクスリと笑う。
「だって、あなたは本当の名前を知らないのでしょう?なら、私がつけた名前があなたの本当の名前」
「僕の、本当の名前」
「そうよ。あなたはアレルヤ。私のアレルヤ」
少女の声が弾む。
とても嬉しそうに。

「アレルヤは、どんな目の色をしているの?」
「えーっと。僕は、金色と銀色の目をしているよ」
「嘘!」
「嘘じゃないよ!鏡にだって、そううつるんだ」
必死で少女の声に説明をする少年。
「もしもそれが本当なら、あなたにアレルヤという名前は本当にぴったりね。オッドアイなんて、神様がくれた奇跡そのものだわ」
「オッドアイっていうの、これ?」
「あら、そんなことも知らなかったの?」
両目の色が違うことを、オッドアイと呼ぶ。
よく白猫などにありがちな、遺伝子が生んだ悪戯。

「アレルヤ。大好きよ、アレルヤ」
「僕も、マリーのことが好きだよ」
「大好き?」
「うん、大好き」
少年の、無邪気な微笑み。
マリーの声が一層高くなって、感嘆のため息を漏らす。

「ねぇ、アレルヤ」
「なに?」
「大きくなったら、私をお嫁さんにしてね」
「お嫁さんに?」
「うん。だって、私のことが大好きなんでしょう?私もアレルヤのことが大好きよ。だから、結婚しましょう?」
「マリーを、お嫁さんに……」
少年の頬が紅くなった。
色恋話のせいか、カプセルの中の少女が、少年にはとても可憐に見えた。

「約束よ?私を幸せにしてね?」
「うん、約束するよ」



ピピピピピピ…。



目覚ましのベルに、ソーマは瞼を開けた。
カーテンの隙間から、朝日が優しく絨毯を照らしている。
「ん…」
軽く伸びをして、長い銀髪をかきあげる。
今日も、訓練することがたくさんある。部下の指揮もとらなければならない。
「あ…れ?」
ソーマは、いつの間にか自分が涙を流しているのにきづいた。
何も哀しいできごとなどないのに、どうして泣いているのだろうか。
何か、哀しい夢でも見たのだろうか。
「おかしいな」
涙を拭き取って、顔を洗うために洗面所に向かう。

鏡にうつる琥珀の瞳を見つめながら、ソーマはため息をこぼした。
同じ人革連だった、捕虜だった青年の言葉を思い出す。
「マリーか……。綺麗な名前だな」
ソーマは、自分が見ていた夢を思い出せないでいた。
夢は、覚めてしまえば覚えていないものだ。例え覚えていたとしてもほんのワンシーンで、それさえも時間の経過とともにすぐに忘れ去ってしまう。





「私はマリー。アレルヤ、あなたの未来のお嫁さんよ」
夢の中の少女は、最後にうっとりと呟いた。

その未来が、敵同士であるということも知らずに。