夢の軌跡







ティエリアは夢をみていた。
誰でもない、ロックオンと過ごしていた頃の夢を。
ティエリアは、ただ黙ってそれを泣きながら見ていた。
あの頃は、本当に幸せだった。
時間が遡るというのなら、あの頃に戻りたい。

だが、それは叶わぬ願いだ。
あの人の声も姿も温もりもない。

あるのは、AIマリアが時折与えてくれる仮想空間での幻。
仮想空間は本当にとてもリアルにできている。それが現実であるかのように。

「泣くなよ」
昔のティエリアに構っていたロックオンが、こちらにやってきた。
昔のティエリアの姿は消えている。
「ごめんなさい。強くなりたいのに、でもあなたを見ると涙が溢れてしまうんです。僕は、仮想世界であなたの幻に時折あい、言葉をかけてもらっています。あなたを冒涜する行為です。ごめんなさい」
「それくらい、なんともないさ。だって、お前はデータとしての俺と仮想世界で愛し合うことをきっぱりと拒んだ。普通なら、幻でもいいからと、仮想世界で愛し合う。強くなったな」
「あなたに関しては、弱いままです」
「それでもいいんだ。無理に、強くなることはない。人間は、誰しも心に弱さをもっている。だが、お前は俺の死を克服してくれた。ちゃんと前を向いて生きている。俺が望んだとおりに」
「完全に、克服したわけじゃないんですねどね。刹那が、いつも隣にいてくれます。あなたの代わりのように」
「それもまた、一つの方法だ。ティエリア、刹那を愛してもいいんだぜ?」
ティエリアは首を振った。
紫紺の髪がサラサラと揺れる。
「刹那には、刹那の大切な女性がいます。刹那の幸福を壊したくありません」
「ティエリアも、幸福を求めてもいいんだぜ?」
「いいえ。あなたがこの世界からいなくなった時点で、僕の幸福は絶たれました」
ロックオンが、哀しそうにティエリアを抱きしめた。
「ごめんな。ちゃんと生き残るつもりだったんだ。ごめんな」
「愛しています。あなたを、これからも未来永劫。この魂が果てるまで」

口付ける。
深い、深い口付けを。
愛し合う恋人のキス。

「俺は、ずっとお前の傍でお前を見守っている」
「見守っていてください。僕の生き様を。時折壊れかけてしまうけど、それでも僕は生きます。私は、強くいきたい」
一人称が、僕から私にかわっていた。
「私は、人間として足掻きながら、それでも生きます。あなたが守ってくれた命だ。足掻いて足掻いて、がむしゃらなまでに生きて、生き延びます」
「ああ。それでこそ俺のティエリアだ」

ロックオンの隣に、いつの間にか小さな少女が立っていた。
ぎゅっと、ロックオンの手を握り締める。
「あなたはこの四年間で見違えるくらいに強くなった。強く、強く生きなさい。いつか、約束の刻(とき)はくる。それまで、強く生きなさい)
「君は・・・・」
少女の髪は紫紺で、ティエリアと同じだ。瞳はエメラルドでロックオンと同じ色だった。
「エデンへの扉を、こうしてたまに開くから。夢の中の軌跡。いつか、約束の刻(とき)まで」
頭上から、綺麗な女性の声が降ってきた。
(またその二人に干渉しているのですかセラヴィ。はやく、戻ってきなさい)
「もうすぐ戻るわ、ジブリール」
少女は、ティエリアに抱きついた。
懐かしいかんじがして、ティエリアはそのまま呆然と立っていた。
少女は、ティエリアの中に溶けるように消えてしまった。

「エデンへの扉は、時折開かれる。夢の中だけだけど、俺はこうしてまたティエリアに会いにくる」
「また、会えるのですか?」
「ああ。夢の中だけだけどな。ごめんな。現実世界で抱きしめていっぱいキスして、愛してるって何回も囁きたい。でも、俺はお前を残して勝手にいっちまったからな」
「言わないで下さい」
ティエリアの瞳から、また大粒の涙が溢れた。
「俺は、いつもティエリアを泣かしてばっかだな。泣かないでくれ」
「愛しています」
「知ってるよ」
「あなたが、僕を愛してくれていることも知っています」
「ああ」
ぎゅっと、お互いを離さないというように抱きしめあう。
ティエリアの体からは、いつも甘い花の香りがした。それは香水でもなにもなく、ティエリアの体臭であった。
普通の人間の体臭は、とてもではないがかげるものではないのに、ティエリアは本当に天使のようだと、ロックオンは思った。
俺だけの、無性の天使。
それが今、崩れようとしていることも知っていた。
ティエリアが、刹那に心を開いている。そして、同じようにライルにも心を開きかけている。
いつか、この無性の天使はロックオンの腕から逃げ、羽ばたいていってしまうのかもしれない。
だが、それも運命だ。
死んだ身でありながら、いつまでもティエリアを縛り付けるわけにはいかない。
「時間よ」
少女がロックオンの隣に現れて、ロックオンの手を握った。

いつか、臨死体験をたときのように、ロックオンの背後に扉が現れる。
「また、会いにくるからな」
エメラルドの瞳でウィンクする。
ティエリアは泣き叫ばない。
止めることもしない。
ただ、涙を流してその光景を見つめていた。
「また、会いましょう。愛しています」
ロックオンの姿が、扉の中に消えた。

キィ、パタン。
扉は音をたてて閉まると、白い花びらとなって散っていった。

「夢の軌跡でもいいから、またあいましょう、ロックオン」

ティエリアは、そこで眼を覚ました。
ティエリアは泣いていた。
枕の隣には、昔ロックオンから誕生日の時にもらったガーネットが光っていた。
ちゃんと、大事にしまっていたのに、何故こんなところにあるのだろう。
そう不思議に思いながらも、ガーネットを人工の光に照らす。
紅い影。
ティエリアの瞳と同じ色だ。

「私は、強く生きます」

ガーネットを握り締め、ティエリアは涙を拭って眼を瞬かせた。
そして、明日を掴むために、今日もまた歩き出す。