神に見捨てられた天使「天使の夢」







ティエリアは金色に変わったままの瞳で涙を零す。
「幸せを、ありがとう。あなたに、出会えて良かった」
夢をありがとう。希望をありがとう。思い出をありがとう。
この夢が覚めるまで、どうか幸せを下さい。
あなたという夢が、覚めるまで。

ティエリアは、もう一度眠りにつく。
「夢」という言葉に、うとうとしていたロックオンはギクリとなった。
「気づいてないよな?」
ペアリングをはめた手が、つけた人工のライトに透けていた。
その手を握り締める。
確かに、ここに存在する。心臓に手をあてると、脈打つ音まで聞こえてくる。ここにいるのは俺、ロックオン・ストラトス。
ティエリアが愛したロックオン。
ティエリアの夢は叶った。いや、叶えられたというべきか。
天使たちの夢。それがロックオンを形作っている。ロックオンの想いを形にして、ロックオンを形成している。
ロックオンの周りを、エメラルド色の蝶が舞っていた。
期限はない。
この世界に望むだけ存在し続けられる。
そう、ティエリアが作り上げた「彼」は「彼」にならなかったのだ。失敗したのだ、結局。
全ては、ティエリアの心の愛が作り上げた幻。
幻想の中の真実。幻想の中のロックオン。
でも、確かにこの世界にちゃんと存在している。消えることはない。
「切ないよな・・・」
ロックオンは、ティエリアの髪を梳いて、自分という存在の基盤がまたしっかり世界に馴染むまで待った。
1分とかからなかった。天使たちの夢は、言い換えるならそう、奇跡。この世界でいくつか確認されている現象の一つ。奇跡という名の夢。奇跡という名の真実。奇跡という名の幻。ちゃんと世界に存在するのだ。ロックオンは。ただの夢ではない。
奇跡という名の夢で構築された、ロックオン・ストラトスは、また眠りへと旅立つ。

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二人はホテルを引き払い、車を預けてロックオンの故郷であるアイルランドにきていた。
「やーっぱり、ないよなぁ」
ロックオンの生家があった場所は、草むらが生い茂る更地になっていた。
「なくなっちゃったんですね。あの家、大好きでした」
休暇の度に、ティエリアを連れてアイルランドの生家を訪れた昔。懐かしい思い出だ。
「あ、忘れな草!」
ティエリアは地面にしゃがみこんだ。
「ん?」
よく見ると、草だらけの地面には忘れな草がたくさん咲いていた。背格好が小さいので、他の草に紛れて見分けがつきにくかったが、たくさんの水色のティエリアの髪飾りと同じ花が咲いていた。
「小さな小さな、忘れな草の花畑ですね」
「そうだな。庭に植えてたのが、ずっと広がったのかな。多年草だし」
「なんだか、凄く嬉しいです。こうして、ロックオンの想いが受け継がれてる」
「大げさだなぁ」
「嬉しい。かわいいなぁ、忘れな草」
「そうだ、写真撮ろうか」
「写真、ですか?」
「そうそう。最新のカメラ買ったんだ。背景は忘れな草咲く小さな花畑」
二人は、並んで笑ってシャッターを切った。カメラはポラロイド式で、すぐに写真はその場でできた。
「あれ?エメラルド色の蝶?」
写真には、くっきりとロックオンの周りを舞うエメラルド色の蝶が映っていた。
それは、ロックオンが宇宙で散ったとき、深淵にまで憑いてきた、エーテルでできた蝶。この世の存在ではない。ティエリアは、嫌な予感がして、ロックオンの手をぎゅっと握った。
「消えたり、しませんよね?」
「しないとも。ほら、ここにちゃんといるだろ」
「ひっく・・・ひっく・・・だってこのエメラルドの蝶・・・あなたが・・・アンドロイドの時・・・エメラルドの光に溶けていった時、周囲を飛んでいた蝶にそっくりだ」
「気のせいだって。ほら、そこにいるじゃんか」
ロックオンは指差した。
そこには、エメラルド色の蝶が、忘れな草の花に数匹とまっていた。
「ほんとだ。なんだ、ただのちょうちょさんですか。びっくりさせないで下さい」
ティエリアは気づいていない。その蝶が、最初はいなかったことに。いや、あえて気づかないふりをしているのだろうか。真実は闇の中。
ティエリアは安堵して、ロックオンに抱きついて、キスをせがんだ。
「僕を心配させた罰です。キスしてください」
「はいはい、お姫様」
ロックオンは、触れるだけの優しいキスをティエリアにした。
エメラルド色の蝶は、次の花を求めて飛び立っていった。それを見て、ティエリアもただの蝶だと納得したようだった。
(ありがとな・・・・天使さん)
エメラルドの蝶は、天使の化身でもあった。
二人を見守る、夢の管理人。

「げほっ」
急に、ティエリアが咳き込んで、今度はロックオンが慌てた。
「どうしたんだ、ティエリア!?」
「いえ・・・ちょっと、眩暈と頭痛が。もう大丈夫です」
にこりと、いつものあどけない微笑みを見せるティエリア。
「まだ行きたいところはあるんです。さぁ、次に行きましょう」
ロックオンに、悟られるわけにはいかない。
この命が、もう消えようとしているなんて。
最後の瞬間まで、ごまかし続けなければ。
ああ、これは罪だ。彼を作り上げた罪。
正確には、彼を作り上げた幻想を見ている罪だ。それにティエリアが気づくことはない。ティエリアは、自分の手で「彼」を作り上げたと完全に信じているのだから。

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神は、天使たちの夢を覗き見た。
そして、こう告げた。
「愛は不変である。夢を見続けなさい。最後まで」
ジブリールは、膝を折って、神に祈った。
エテメナンキの塔から、久しぶりに神の声が聞こえたのだ。
それは、二人の行く末を案じる言葉だった。
天使たちは賛美歌を歌い、夢を見る。最後まで、結末を迎えるその時まで。
ロックオンは、結末を迎えてもこの世界に存在し続けることができるだろう。天使のエーテルを授けたのだから。だが、ロックオンがどんな選択をするかは、彼次第だ。
誰にも、分からない。
まだ、砂時計の砂は零れ落ちきっていないのだ。



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