夜明けの祈り「君を包む黒い翼は」







二人は、一緒のベッドで子猫のように丸くなって眠る。
「ん・・・・今、何時?」
「まだ、夕方」
「そう・・・・・」
「起きるか?」
「いいえ。もう少し、こうしていたい」
ティエリアは、いつもロックオンの服の裾をぎゅっと白い手で握り締めていた。

どうか、どうか、どうか。
消えないで、消えないで、消えないで。

二人は、そのまま深く眠ってしまった。
とても疲れていた。ティエリアもロックオンも。
まるで、世界の全てから逃げるように、ただ眠り続ける。ティエリアはロックオンの頬を手で挟んで、キスをしてはこの世界にちゃんといるのだと確かめては、微笑んだ。
ロックオンが言ったとおり、笑って?といわれた通りに笑う。
でも、なんてなんて哀しく笑うのだろうか。まるで、全てが夢で、目覚めると一人ぼっちに戻るのを恐れているかのように。
ロックオンの服の端を掴んだままなので、ロックオンの衣服は伸びてしまったけど、ロックオンは気にしなかった。
「夜明けだな・・・・」
「夜明け・・・祈ら、なくちゃ」
ティエリアは、手を胸の前で組むと、祈る。
「誰に祈ってるの?」
「あなたに」
「何を?」
「会えますようにって」
ロックオンは、ふわりと黒い翼を広げると、それですっぽりとティエリアを覆い隠してしまった。
「ちゃんと、ここにいるよ?」
「そうですね・・・・」
石榴色の瞳からは、また透明な涙が溢れてそしてシーツに零れて染みをつくる。
「どうして泣くの?」
「不安だから」
「何が不安なの?」
「あなたが、消えてしまう。すぐにいなくなってしまう。これは夢なのかな?目が覚めると、そこにあなたはもういないんだ・・・・」
「ちゃんと、いるよ?」
ティエリアに、温もりを確かめさせるために、ティエリアの手をとって、頬にあてる。
「ほら、暖かいだろ?」
「うん・・・・」

窓から見える空は、ティエリアのもう一つの色、黄金の色に染まっていた。
「ちょっと寝すぎたな。頭痛い・・・・」
「大丈夫?」
「大丈夫」

二人はベッドから起き上がると、パジャマから着替えて普段着になると、外に出た。
そのまま、手を繋いで早朝の散歩に出かける。
「ここらも変わったなぁ。数年しか経ってないのに。最後に立ち寄って」
民家も、数軒変わってしまった。僅か数年で、人が住む空間は頻繁に形が変わる。同じ場所など、まず存在しない。どこかしら、違う形をしている。
「でも、この公園は同じですよ」
公園にやってくると、ティエリアはブランコに乗って、それを漕ぎ出す。
キーコキーコ。
キーコキーコ。
無機質な音が続いて、ロックオンも隣のブランコに乗ってそれを漕いだl
キーコキーコ。
キーコキーコ。

「空、綺麗だな。金色。ティエリアの瞳の色みたい」
「朝焼けは好きです。多分、夕焼けよりも」
「でも、俺は夕焼けだって好きだぜ?あの色、ティエリアの石榴色の瞳みたい。俺の瞳の色は、空にないから」
太陽が昇っていく方角を二人で見つめていた。
「僕は、あなたのエメラルド色が一番好きです」
「ありがとさん」
二人で何分か子供に戻ったように、ブランコを漕ぎ続けると、手を繋いで家に帰った。
「さて、朝食の支度すっかぁ。昨日夕飯食わずに寝ちまったもんなぁ」
「手伝います」
ティエリアは、器用に朝食を作っていく。
「変わったな。姿は変わらないのに。昔は料理、壊滅的だった。ちゃんと作れるようになったんだなぁ」
「一人の時が、多いですから。マイスターとしてトレミーにいることもありますが・・・どうしてかな・・・この家にいる時間のほうが多い・・・・せめてもの、償い、でしょうか。僕なりの」
「だから、そんな顔するなって」
哀しそうに目を伏せたティエリアの白皙の顔を両手で包む。
「ほら、笑って?」
ティエリアは、すぐににこりと笑った。
「そう、その表情。ティエリアに、一番似合うから」

朝食を食べ、ニュースを見て、新聞を読んでそれからティエリアはいつものようにコンピューターをいじりだす。
トレミーから通信が入った。
「やっほー、ティエリア、おはよう。元気かー?」
「ああ、ライル。元気ですよ」
「あれ、なんか調子いいみたいだな。一人でいる時はいっつも哀しそうな顔してるのに、笑顔、久しぶりに見たよ」
「暗い、ですね僕。もっと、笑顔浮かべるようにしないと」
「まぁ、むりなさんなって。あれ、誰かいるのか?」
「ああ、ライルか・・・・・」
ロックオンは、懐かしい双子の弟を愛しそうに見つめる。
「んー?なんか、誰かいる雰囲気だけど。誰もいねーな」
その言葉に、ああ、やっぱりとティエリアは思った。
ライルには、ティエリアの背後に立っているロックオンの、ニールの姿が見えないのだ。
「おい、どうしたんだ。泣き出して」
「いえ、大丈夫です。刹那に、変わってください」
「はいよ」
「どうした。調子が悪いのか・・・・・迎えにいこうか。側に誰もいないのは余計に辛いだろう。お前を守ると決めたのは嘘ではない。迎えにいく」
すぐに刹那が出てきた。刹那は、ライルに呼ばれて、ティエリアが泣いていると聞いて、いてもたってもいられないようだった。
「いいんだ・・・このまま、しばらく一人にしておいて。刹那。ねぇ、見える?」
ロックオンは、ティエリアの背後から12枚の黒い翼でティエリアを抱き込んだ。後ろから、包み込むようにロックオンが手を伸ばす。そして、抱き寄せる。
「あっ・・・・」
そのまま、顎を囚われてキスをする。
「・・・・・・・・、・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・見間違いで、ないのなら」
刹那は、しばらく沈黙を保ったあと、ティエリアの後ろに見えるロックオンを見た。
「黒い翼の生えた、ロックオンが、お前の側にいる」
刹那の言葉で、ティエリアは流していた涙を止めた。

「見えるの?」
「ああ、見える。なんだ、それは。亡霊か」
「違う。ルシフェルの、ロックオン」
「はぁ?」
刹那は、端正な顔を間抜けな表情にして、そしてロックオンに声をかける。
「お前は、誰だ?」
「俺か?俺は、ティエリアを愛する者。誰だって、いいだろう?」
「よくない!!」
スピーカーごしの大声に、ロックオンが耳を塞ぐ。
「ティエリアを惑わすのならやめろ」
「いいんだ。刹那。じゃあ、また・・・・」
「おい、ティエリア!」
「大丈夫。何がおきても、僕は後悔しない、から」
ティエリアは、自分を包む12枚の黒い翼を手で撫でる。シルクのようなよい手触りだった。

「何が、おきても、か」
ロックオンの瞳が、真紅に変わった気が、した。



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