この閉ざされた世界で「女衒のニール」







世界設定。
吉原のある世界。時代背景は明治くらい?
舞台は日本ではありません。血と聖水の世界設定が少し入ります(中性の存在など)
パラレル和風ふぁんたじー?
吉原については、専用知識はあまりありませんので注意。

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「愛してます・・・・ライル」
「俺も愛しているよ、ティエリア」
ティエリアは、自分の許婚であるライルとよく手入れされた庭で抱きしめあっていた。
誰よりも、ライルを愛していた。
私だけのライル、ライル、ライル。
ライルは伯爵家の跡取り、ティエリアは子爵家の令嬢。身分としては十分に釣り合った。だからこそ、二人の両親は二人を婚約させたのだ。
家が決めたこと。
それは、この時代では絶対であった。親に逆らうことなど許されない。勘当されてしまえば、終わりだ。ティエリアもライルも運が良かった。
二人は子供の頃から、幼馴染だった。二人は、ティエリアが4歳、ライルが10歳の頃に両家が決めた婚約者。
愛もない、ただ家の都合で婚約者を勝手に決められ、結婚してそして夫は妾をもったりして、不幸な良家の女性はこの世界にはたくさんいる。
ティエリアの両親は、ティエリアを溺愛していた。そして、幼い頃から二人の婚約を決め、ティエリアの心がライルに傾くように、一緒にたくさんの時間を過ごさせた。
ティエリアの両親の目論見は成功して、ティエリアは年頃の少女になる頃、思春期にはもうライルに惚れていて、ライルもティエリアだけを見てくれた。二人は、このままもうすぐ結婚だ。
そして晴れて二人は夫婦となり、幸せに暮らすはずだった。
幸せに・・・・。

それは、ティエリアが14歳になった春であった。
ティエリアの父が事業に失敗し、多額の借金を背負ったのであった。子爵という地位だけが残った。
親戚は誰も父に手を差し伸べてくれなかった。負債の額があまりにも多すぎたのだ。父は、唯一残された子爵という貴族の証も、負債のために売りにだして、ティエリアの家は貴族ではなくなった。
やがて、父は高利貸しに金を借りたが、あまりにたくさんの負債のために、違う高利貸しから金を借りて借金を積み重ね・・そして、一縷の望みと新しい事業に手を出して、それも失敗した。
そして、春の終わり、母の誕生日が迫ったある日、父は母と共に無理心中をした。
ティエリアだけは連れていけないと、父親はティエリアを乳母に連れ出させ、町に遊びに出かけさせていた。
「いやああああお父様、お母様!!!」
帰って来たティエリアが見たものは、屋敷の父と母の寝室で、砒素を飲んで死んで冷たくなった父と母の遺骸だった。

葬式も通夜も終わった日。
ティエリアはライルの実父に呼び出された。泣き続けるティエリアは、ライルに会いたいと彼に訴えた。
「残念だが、ティエリアさん。ライルは我が家の大切な跡取り息子・・・貴族でもない、まして借金だけを背負った君との婚約は破棄してもらう」
「そんな!!ライルは、ライルは何処!!」
「ライルは・・・・・君に会わせないために、英国(イギリス)に留学させた」
「そんな・・・・・」
ティエリアは、呆然とした顔で、あんなにも優しくて暖かかった、もう一人の父になるはずであった男を見た。
「私に、私には・・・お父様もお母様ももういない。私には、ライルとあなたたちの一族に助けてもらうしか、もう術は・・・・」
「残念だがね・・・・私も不憫には思うよ。せめても、と、君の父上が売った子爵の称号だけは買い戻してあげた。これだけが、私にできる全てだよ」
「私は、私はどうなのですか!!」
ティエリアは泣き続けた。
「お嬢様・・・・」
「ばあや」
「お嬢様、ばあやはどこまでもお嬢様についていきます。それが、旦那様の遺言でもございます・・・・」
乳母に抱きしめられて、ティエリアは泣き叫んだ。
「こんなの、こんなのいやああ!誰か、これは悪い悪夢だと言って!!!ライル、ライル!!!助けて!!」
「では、ティエリアさん。もう会うこともないだろう」
「お金がなくなれば、もう私に価値はないのですね!お義理父様になるはずだったあなたには、私の価値は、貴族の子爵家の令嬢であった、私の価値だけだったのですね!!」
「残念だが、その通りだ」
ライルの父は、その言葉だけを残して去ってしまった。ティエリアの父と母の通夜も葬式をする金も、全てこの男が出してくれた。私はきっと、この人に救われ、ライルと結婚するのだとまだ14歳の幼いティエリアは信じていた。
裏切られた。お金が、ないから。私に借金だけ残されたから。
「うわああああ」
ティエリアは、泣きながら庭に飛び出していった。
「お嬢様!!」
乳母は、ティエリアの後を慌てて追う。

「ばあや・・・・私、お父様とお母様の側にいきたい」
「だめです、お嬢様そんなことを言っては!このばあやだけは、何があってもお嬢様の味方です!!」
「ばあや・・・ううう、うううう」
乳母に抱きしめられて、ティエリアは泣き続けた。

誰かが、助けてくれる。きっと。
幼いティエリアは、そんなことを考えていた。
でも、現実は厳しかった。

次の日、館に数人の男が現れた。
「誰ですか、あなたたちは!!」
「ほう、これはこれは綺麗なお嬢さんだ・・・こんな美しい少女、見たことねぇな」
「これは上玉ですねぇ」
数人の男は、ティエリアを取り囲むと、逃げ出そうとするティエリアを捕まえて、顎に手をかけて上を無理やり向かせ、ティエリアの美貌に惚れ惚れした。
ティエリアはとても美しい少女だった。財政界でも、これほど美しい少女はいないと有名であった。社交界デビューを果たした時も、ティエリアの噂はもちきりだったが、すでに婚約者がいるということ、そして厳重な親のつけた世話役の乳母や女中などの警戒の中、ティエリアに手を出すような男はいなかった。
ティエリアは、怖がって乳母の名を呼んだ。
「ばあや、ばあや!」
「あー。無理無理、あのお婆さんだろう。あんたの叔父さんに暇を出されて、田舎に無理やり帰されたよ」
「そんな!ばあやまで!!それに、叔父さんが何故!!」
「決まってるだろう、あんたの借金を整理するためさ」
「借金は、叔父様が返済してくださると、昨日、私に・・・・」
「かわいそうになぁ。お前さん、まだ14歳なんだって?」
「離して!!」
ティエリアは抗ったが、男たちはティエリアから離れることはなかった。
「まぁ、実の父親や母親に売られる娘はこの世界にゃごまんといるんだ。そうならなかっただけでも、不幸中の幸いだろ?そうなることを恐れて、お前さんの父親と母親は無理心中したんだろうさ。ようは、お前さんが殺したようなもんだ」
「私が、私が殺した・・・・・そんな、そんな・・・・」
ガクリと、ティエリアはその場にへたりこんだ。
身を包む美しい西洋の洋服。それに、いくつもの涙が零れ落ちる。ティエリアにはなんの力もなかった。父がいなければ、何もできないのだと思い知らされた。泣くことしか、できない。

「この屋敷も明日には人手に渡る。それでも、お前さんが抱え込んだ借金は多額すぎて、ティエリア、だったっけ?お前さんが一人で背負うことになるんだ」
「借金・・・・・どう、すれば」
「俺は女衒のニール」
その時、サングラスをかけて、帽子を目深まで被っていた男が、素顔を現した。
和服の着物をきていたけれど、確かにティエリアが愛した婚約者であったライルだった。
「ライル!!!」
縋りついてくるティエリアを、抱き寄せながら、ニールはくくくと声もなく笑った。
「は、違うよ。そっくりだけど・・・ま、そっくりで当たり前だろうなぁ。俺は、なんたってライルの兄貴なんだから。まぁ、腹違いだけどな」
「そんな方が、何故女衒などという最低のことを!」
女衒とは、借金を抱えたり、食べるに困った娘を親などが吉原に売るさいに、その手助けというか、女を買いにくる男のことだ。女衒は地方の田舎にまでいったりして娘を買い付け、そして吉原に売るのだ。吉原の、娼妓を抱えた廓に。
「分かってないなぁ、ティエリア。お前、吉原に売られるんだよ」
「え・・・・」
ティエリアは、ニールの整った顔を見上げた。
「よ、よし、吉原?あ、あの、苦界の・・・・」
令嬢であったティエリアには全く関係ないはずの場所。女の町、吉原。吉原は、借金のために売られた女が花魁、娼妓となって身を売る。一度その世界に入ると、借金を返済して年季を明けるか、身請けしてもらうしか外の世界に出る術はないと聞く。
「そう。一度その世界に入ったら、娑婆に戻ることもできないと言われてる、苦界の世界の、吉原。あんたは、そこで身を売るんだよ。借金を返済するためにな」
「嘘・・・・・」
ティエリアは目を見開いた。
「嘘、嘘!!お父様はどこ、お母様は、ばあやはどこ!?」
乱心したティエリアは、ニールを突き飛ばした。
あまりの現実に、それが自分に降りかかってくるのだと理解できなかったのだ。
「嘘、嘘、私が吉原に売られるなんて!嘘!嘘・・・・・・」

ニールは、ふらふらと室内を彷徨う元令嬢を見て、心を痛めた。
こんな女はたくさん見てみた。でも、元令嬢が吉原に売られるケースは珍しい。しかも、貴族の令嬢が。
子爵家の令嬢だったか・・・・。ニールは、仲間の男たちを先に帰らせると、ティエリアと二人きりになった。

 




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