この閉ざされた世界で「あなたは守ってくれていた」








「ティエリア、今日のお客がきているよ」
「はい、旦那さま。今準備して向かいます」
湯浴みをして綺麗に着飾り、白粉を塗って紅をひき、鏡の中をのぞきこむ。
耳には、ニールが買ってくれた自分の瞳と同じ色の石榴石(ガーネット)の安いピアスをしていた。
そんなもの似合わないと、いろんな男から翡翠や紅玉、碧玉の耳飾をもらったが、ティエリアはずっとそのピアスを外さなかった。
簪も、ニールが買ってくれた安いものを最近は愛用している。
馴染みの客がきたときは、流石に簪をかえるが、普段のときはニールが買ってくれたものをつけていた。
照れ隠しなのか、もぞもぞと口ごもりながら、簪をくれたニールの顔を今でも覚えている。泣いた。嬉しくて、嬉しくて。男たちからたくさんの貢物をされるけど、そのどれよりもニールが買ってくれた安い簪やピアスのほうが何倍も何十倍も嬉しかった。
「ニール?」
客として部屋にあがってきたのは、同じ廓に住む女衒のニール。
ニールによって、ティエリアはこの吉原に売られた。
本来ならば、怨むべき存在。でも、怨むことはできなかった。それどころか、いつも側にいてくれて影からティエリアを守り続けてくれた。
ティエリアが男に乱暴されそうになった時も、ニールが助けてくれた。
たちの悪い客からも、ニールが助けてくれた。
廓の主人の命令でしていることだろうが、ティエリアにはニールが守ってくれるのがとても嬉しかった。心から。
そう、心から・・・・なんだろう。
私には、ライルがいるのに。私は・・・・?

「今日の客は俺だ」
「ニールが!?でも、私の挙げ代は高くて!太夫並み・・・いや、それ以上のはずでは!あなたの給金では」
「ずっと、溜めてきた」
「でも、それはあなたが将来の夢を叶えるための!」
「いいんだ。こうしないと、お前を抱けないから。廓の主人は厳しいからな。もしもお前が俺にただで抱かれたとなったら、いくらお前でも仕置きにかけられるはずだ。だから・・・・こうするしか、なかった」
「ニール!」
仕置きにかけられ、折檻される遊女を何度も見てきた。
止めても、廓の主人は遊女たちを、特に足抜けしようとして女は見せしめのためにも酷く折檻され、1ヶ月は客もとれないくらい痛めつけられた。
仕置きと聞いて、流石のティエリアの顔を蒼くする。
あんな酷い目に、なぜあわせるのだろうか。確かに足抜けはご法度だ。客のいうことを聞かなかったり、廓の主人にたてついたというだけで、仕置きにかけられる娼妓たち。
この桜遊郭は、折檻が酷い廓でもある。
そういえば、昔ニールがこの廓の主人に幼い頃よく折檻されていたといっていた。
「ああ・・・・」
「怖がらなくても大丈夫だ。今まで、一度も仕置きにかけられたことはなかっただろう?」
「ま、まさか!」
「まぁ・・・なぁ」
ティエリアだって、嫌な客は嫌だ。金払いのいい客をむげにして、二度と廓にこなくなってしまって、廓の主人を怒らせたことだって何度もある。
でも、仕置きにかけられたことは一度だってなかった。
それは、自分が中性だからだと思っていた。廓で大切だから。だからと、そう思い込んでいた。
違うのだ。中性とて遊女の一人。娼妓、花魁。そう、女郎であることにかわりはない。廓の持ち物。所有物。商品なのだ。商品をどうするも、その所有者の勝手だ。
「ああああ・・・・」
着物をぬいでいくニールの背中には、いくつもの傷があった。そう古くはない。ここ数年でできたもの。
ニールは、ティエリアを庇って、代わりに仕置きを受けたのだ。あの酷い地獄のような世界を、代わりに引き受けてくれた。守って、くれたのだ。ずっと、何度も何度も。
「泣くなよ・・・かわいい顔が台無しだぜ?」
「かわいがって・・・・くださいまし、旦那様」
「そういうの、よそうぜ。もっと、自然でいろよ」
「はい・・・ニール、抱いて。あなたを感じたい。私は一夜の夢を与える桜。桜楼閣一の花魁ティエリア」
「そうだ、お前さんは一番だ。吉原で、一番の花魁だ。女郎、遊女・・・そんな言葉はあるが、そう思うな。お前は花なんだ。桜のように儚くて美しい高値の花だ」

「桜、綺麗でしたね。また来年も見に行きましょう」
「ああ。一緒にな。そしていつか、一緒にこの吉原から出よう」
「はい・・・・いつか、きっといつか・・・・」
ティエリアは、涙を流して、ニールの傷一つ一つに口付けていく。
この絆は、きっと消えない。
いつか、私はこの吉原を出る。
ニールと・・・。
ライルと・・・?
ニールと?
どちらと?

逡巡するティエリアの心を惑わすように、ニールがティエリアの唇をすいあげた。
「あっ」
「愛している、ティエリア」
「ニール、ニール!」
ティエリアは、ニールにしがみついて、涙を零し続けた。


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