血と聖水ウィンド「ユグドラシルの剣」







ネイリル大公は灰となって滅びた。
残りは、セラフィスの皇帝ムーンリル皇帝のみ。だが、どのような事情があろうとも相手を殺すことはできない。外交問題に発展するからだ。相手はセラフィスという亜人種を束ねる皇帝。身分が上すぎる。
それに、ロックオンであった頃からの知り合いだ。
ムーンリル皇帝は、少女のようなあどけない微笑を見せて背中の翼を広げると、無詠唱で風の魔法を使う。
真空の刃が皆を襲う。それを、ムーンリラ皇女が放った真空の刃がかき消した。
「兄上様!おやめください!!」
ムーンリラ皇女は、リエットの背後から兄を正気に戻そうと必死だった。
「兄上様、なにゆえネイ様に歯向かいまするか!?これでは、種族間の戦争になってしまいまする!」
騎士団の騎士たちは、皇帝乱心をどうすることもできず、見ているしかなかった。
主君は、ムーンリル皇帝である。ネイと敵対したのであれば、ネイの敵にまわり、主君を守らなければならない。騎士たちは剣を抜き、ムーンリル皇帝を守るように、前に進みでる。
「おやめなさい、お前たち!」
ムーンリラ皇女の鋭い恫喝によって、騎士たちはびくりと剣を握る手に力をこめる。
「しかし・・・我らの主君はムーンリル皇帝。皇帝の身に万が一のことがあれば」
「守るのが、我が騎士団の定め!」
「ムーンリラ皇女も、こちらに!!」
三人の騎士は、ムーンリラ皇女も皇帝の方に取り入れようとするが、ムーンリラ皇女は白い翼を広げて、真空の刃を騎士たちに向けると、再び恫喝した。
「私に従いなさい、騎士団は皇帝だけでなく、皇族を守るために存在するもの!剣を捨てなさい!!」
ムーンリラ皇女の叱責に、騎士たちは顔を見合わせてから剣を投げ捨て、それでも皇帝を守るためにその場から動かなかった。
皇帝にまだ世継ぎはいない。すでに皇帝となって200年以上はたつのに、一向に妻を娶ろうとせず、現在の第一皇位継承者はムーンリル皇帝の兄で、宰相のムーンリーザ皇子。
先代皇帝の遺言により、本来なら皇位継承権ももたぬ神の子である両性具有のムーンリルは皇帝となった。
再び、ムーンリル皇帝は真空の刃を皆に向かって放つ。
それは、ロックオンが放った血の刃で相殺されてしまった。

「・・・ユグドラシルの聖剣」
ムーンリル皇帝は、魔力を凝縮して、腰に飾っていた宝石細工の剣ではない、セラフィスの皇帝の白い翼を魔力によって剣にしたものを、手に取る。
翼はすぐに再生され、ふわりと白い羽毛が舞い散る。
「ち、それを出すのは本気か、お前」
ロックオンは数歩下がる。
ユグドラシルの聖剣。セラフィスの皇帝に代々伝わる、セラフィス一族が所有する聖なる剣。世界樹ユグドラシルの祝福を受けているとされるその聖剣は、普通では殺すことのできない高次元存在を傷つけ、殺すことができる。そう、天使や悪魔、そして神を。
ユグドラシルの聖剣を手に、ムーンリル皇帝は走り出す。
「ロックオン!」
ティエリアが叫ぶ。あの剣は厄介だ。
「血と聖水の名においてアーメン!!」
ティエリアも走り出す。相手がセラフィスの皇帝であれ、止めなければいけない。
両手に構えた銀の拳銃から、銀の弾丸がムーンリル皇帝の足を掠めた。
「ふおおおおお」
ムーンリル皇帝の口から、異物ような言葉が出てくる。
銀に苦しむ声。
セラフィスの皇帝が、銀で苦しむはずがない。銀で苦しむのはヴァンパイアのみ。

そして、完全に気配も何もかも隠していたが、傷を銀によってつけられたのが仇となったのか、ムーンリル皇帝の体からかすかな血の匂いがした。
ティエリアもロックオンも、その血の匂いには敏感だ。ヴァンパイアハンターをしているのだから。
「寄生型ヴァンパイア、ヴェルゴール!!!」
二人が思いついたのは、その種族の名前。
ヴェルゴールは、同じヴァンパイアだけでなく人間、様々な種族に寄生し、時には意識を完全に眠らせて寄生しているのかも分からない状態になる。
眠っていた状態だったのだろう。ムーンリル皇帝から、血の匂いはしなかった。
だが、今はかすかに鼻腔をくすぐる甘ったるい、ヴァンパイア独特の血の匂いがした。
「兄上様!!」
ロックオンは、ムーンリル皇帝を肩に抱き上げると、そのまま血の渦となって体内に侵入する。
「が、がっがあああああああ」
すぐに、ヴェルゴールは悲鳴をあげてムーンリル皇帝の体内から這い出てきた。
「血と聖水の名において、アーメン!!」
それを待っていたかのように、ティエリアが存在を形にしたヴェルゴールに銀の弾丸を放つ。だが、ヴェルゴールは奪ったユグドラシルの聖剣のバリアでそれを弾く。
長く皇帝の体内に潜み取り付いていたせいか、ユグドラシルの聖剣は所持者であるムーンリル皇帝の意識がないままその聖なる力を発揮する。
リエット、意識を失ったムーンリル皇帝からロックオンが血の渦となって出てきたのを確認すると、すぐに回復魔法をかけた。
「ヒールサンクチュアリ!!!」
水銀は、ヴァンパイアだけでなく全ての生物にとって毒である。
特にヴァンパイアには猛毒だ。

「ははは・・・・確かに、貰い受けたり!」
そのヴェルゴールは笑うと、翼を広げてユグドラシルの聖剣を体内に取り入れて、亜空間に出る危険があるので、ネイであるロックオンでさえ使うことがほとんどない空間転移をおこなって消えた。


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