血と聖水スカイ「スカイブルー」







「帝国から這い出たエゼキアルの紛いもんの名は、ブラディカ・ルド・ハザール。女のヴァンパイアや」
「名が3つ以上・・・・貴族だな」
「そう。ブラディカは中流階級の貴族出身や。帝国騎士やった。昔、な。祖父セエレを守る帝国騎士やった。せやから、皇帝もまだ認知していないエゼキアルの種を知っとる。んで、自分から額に埋められた第三の目を抉りぬいて、帝国騎士を辞めた。第三の目があると、皇帝に逆らうと命落とすさかいに」
「それは知っている」
ロックオンも、知っている。なぜなら、帝国騎士を作り出すことを決めたのは彼だから。
ネイが、決めたこと。
帝国を守り、皇帝と民を守る帝騎士を作ることを。戦争になれば、まず彼らが駆りだされる。
実際にブラッド帝国と人間国家は戦争は、帝国が作られた初期にだけ勃発しただけで、あとは同盟を作って共存している。
そうでなければ、滅びるのは人間国家のほうだ。
魔力も強く、不老に近いヴァンパイアたちに攻められれば、脆い人間などあっという間に滅びさるだろう。ブラッド帝国は樹立直後から人間国家との共存を選んだ。
それはネイの意思でもある。
不毛の大地を、ネイは創造の神々と共に豊かな土地に変えた。
それから7千と数十年。ブラッド帝国は今をもってしても、この世界で一番栄華を極める国であった。
創造の神々たちが新たに作り上げた人間と共に、共存している。ブラッド帝国にいる人間は、だから天敵となりうる存在のヴァンパイアに敵対心を抱かない。人間世界の人間たちは同盟を結んでいても、心の底で恐怖し、ヴァンパイアを遠ざける。そうならないように作られた、共存専用の人間たち。
新たな人類である不老不死に最も近いヴァンパイアという種に、命の糧である血を提供し、ヴァンパイアと共に生きる。それが帝国の人間である。帝国の人間は手厚い保護を受けており、もしも殺傷事件をヴァンパイアがおこせば、そのヴァンパイアはたとえ皇族であろうとも死刑が待っている。

「ネイ・・・・ルシエードを、いつか、殺すのか」
柱の影に隠れていたアクラシエルは、ルシエードを殺すという言葉にずっと沈黙し、気配を殺していたのだが、目覚めて人がリビングルームに集まっているのを感知して起きてきたのだが、ずっと言葉をかけられないでいた。
ルシエードは、人のこの世界が壊れるまえに、壊そうとしている。
その背後には神々のいろんな思惑と権力が渦巻いている。アルテナはルシエードと敵対を選びながら、その選択によりこの世界とは通じていない天界に再び戻り、今は空位の天帝になろうとしている。
世界が滅びる時、どの世界であれ天界と通じる。
それは滅びなくても、滅んでも、同じこと。天界への道が開ける。
天界と通じるのは、その地にいる、世界を創造するために降りた天界の神々を、もしくは新しい世界で魂に神格を持った者、神となった者を吸収するため。
天界とは、神々の住まう地。神とそして新しい世界を創造するための揺り篭。そして作られた世界は、新しい命の果てに新しい神々を産む、神々の養殖場だ。
天界の神々は近親相姦をしなければいけないほどに、困難な問題を抱えていた。神から神が生まれないのだ。出生率があまりにも低いのだ。近親相姦でのみ、かろうじて神格を魂に持った者や新しい神が生まれる可能性が出てくる。血が近いため、分身を作るようにして子を作るのだ。
子を宿せぬ、産むことのできない神々が多すぎる。
だから、新しい世界を造り、そこで新しい神々を産むのだ。世界が、新しい神々を産む。そして、世界が滅びる時に天界へと新しく生まれた神々は還る。
世界は数え切れぬほど存在する。それを管理するのは創造の神々。創造の神々は幾人かで集まり、幾つかの世界を作り上げて、その果てに天界へと戻る。
神に寿命は存在しないに等しい。だが、神とはそう呼ばれる高次元生命体であり、戦をして自分たちで殺しあう時だってある。

世界は、神によって作り出され、そして、全ての神が去る時、それはその世界が滅びる時。
「殺す・・・・かな。今のままだと。そうするように、ルシエードが仕向けているようにしか考えられない」
ロックオンは、ティエリアの隣に座ったまま、なんともいえない表情になっている。
「世界は、神を生むための揺り篭。神は同じ種族同士で子供を作れない。だから、世界を造りその果てに、様々な種族から生まれた神々を、新しい神とする。創造の神々は、普通は新しい世界で子をもうけない。でも、私はそうして生まれた。母である精霊神ゼロエリダが産もうとして、産みきれなかった胎児をルシエードが人工的に育て、そして私が生まれた。神であった頃、人に憧れたこともある。寿命があり、命が耀く彼らに。ルシエードが何を考えているのか、私には分からない。死にたいのか、それとも生きたいのか。この世界が運命を選ぶ前に壊そうとしているのだけは本当のこと」
「だから、させねーって。んなこと」
「させません。神だかなんだか知りませんが、生きているものたちをなんたど思っているんですか」
ティエリアも、ロックオンに同調する。
「神は・・・・何も、思ってはいない。天界出身の者は・・・・そう、世界に生まれたたくさんの命を、ただの付属品としてみている」
アクラシエルは、地面を見つめていた。
「そうだろうな。俺も、はじめは同族のヴァンパイアをもののように見ていた。それが、普通の神の考え方」

「あーもう、神とかルシエードとかそんなことどうでもいいよ!とにかく、ヴァンパイア退治!!」
リジェネが、銀の銃を取り出す。
「さっさといこうよー。つまんない」
「そうだな。俺たちに分からない話題は、今度にしてくれ。俺たちはイノベイター、そしてヴァンパイアハンター。ヴァンパイアを狩るためだけに生きている」
「そうやね。とりあえず、出発しよか」
みんな、各自で荷物をまとめだす。
リジェネと刹那はすでに荷物をまとめている。
ティエリアとロックオンも荷物をまとめる。ルシフェールはすでに荷物をまとめているようだった。

オッドアイの瞳で、ずっとアクラシルは地面を見つめていた。
(ルシ、エード)
その名は、全てでもある。父であり、そして愛をくれた人。でも、愛されたいとは思わなかった。だって、あの人はいつもこう呼んで私を抱いた。
「ゼロエリダ・・・・・」
それは、亡き母の名。
創造神と通じたということで、精霊神でありながら他の精霊たちによって裁かれ、処刑となった母。
見たこともない。でも、この容姿は母そのもの。そう父が望んで作ったのだから。未熟すぎる退治を取り出し、人工的に加工を魔法によって加えた。
ゼロエリダの忘れ形見。響きはいいだろう。でも、本当はゼロエリダの代わり。
私ハ、タダノ、代用品。
「私は、代用品・・・・・・」
「どないしたん、アクラ?暗いやん」
「いや、なんでもない。・・・・・・ねぇ、私も、一緒に行く」

皆が驚いた。
アクラシエルは、今までティエリアのヴァンパイア退治に一緒に赴いたことがなかった。
気まぐれに、ハンター協会から依頼を受けてヴァンパイア退治をする精霊種族、エレメンス。ホームにいないことが多く、どちらかというとティエリアのホームにいることが多い。

「味方は、多いにこしたことねーだろ」
ロックオンはいつものように笑う。
その笑顔が眩しかった。


視界が暗転した。
「な、に?」
アクラシエルは、12枚の黒い翼を広げて、風を切る。
違う。
ここは、ティエリアのホームじゃない。
「ゼロエリダ・・・・かわい、そうに」
「お、とう、さ、ま・・・・・」
そこは、神の庭、創造の神々が住む地だった。
自分と同じ色のオッドアイの美しい神。創造の神ルシエード。長い6枚の羽耳が特徴的な、創造の神々の中の長のような存在。
暖かい抱擁を受けて、涙が流れた。
強制的な関係。いや、それは自分がそう思いこんでいただけ。確かに、愛されていた。そして、愛していた。
何故なら、ゼロエリダの魂まで、継承したのだから。
記憶が、あるのだから。
「私、は」
「ゼロエリダ。一緒に、還ろう。天界へ。この世界は壊れる。だから、醜くなる前に壊す。天界への道は直に開ける。一緒に還ろう。天界で、一緒に暮らそう。ゼロエリダ・・・精霊神であるお前は、天界に還る権利がある」
「私、は」
骨に染み込むような甘い感覚を、唇を噛み締めて追い払う。
だめだ。無理。私には、無理。
私には、お父様を追い払えない。私には、できない。
ただ、黙って全てを享受することしかできない。
オッドアイの瞳から、哀しみとも嬉しさとも違う涙が頬を溢れて、顎を伝う。
そう、これは。
なぜ、私なのかという、疑問の涙。
私はアクラシエル。ゼロエリダではない。アクラシエル。それを、全て否定されている。
私が世界に生まれたことも、生きていることも、存在することも。
ゼロエリダで塗りつぶされて、否定されている。
「ちが、私は、ちがう!」
「ゼロエリダ?」
アクラシエルは、地面に膝をついて泣き出した。
「違う、違う、私は違う。私はゼロエリダじゃない。お父様、許して。私は、私なの」
「ゼロエリダ・・・・」
ルシエードは困ったような表情をつくり、自分がしていたペンダントをアクラシエルの首にかけた。
「管理している世界樹の葉を黄金にして作ったペンダント。お前は世界樹が好きだったね。いつも世界樹のある聖域に行っては、世界樹を仰ぎ見ていた」
聖域で、出会った二人。
ルシエードとゼロエリダ。8千年以上も前に、出会った証にとゼロエリダにルシエードが贈ったペンダント。
それを首にかけられて、アクラシエルは悲鳴をあげた。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・」
違う。そんな愛が欲しいんじゃない。そんな、代わりの愛なんていらない。
黒い翼で自分を包み込み、世界と切り離す。
私は、何故ここにいる。そうだ、私はこの世界を制御するために、世界が滅びる前に人を減らせば、滅びの未来はなくなると思って・・・・。
絶対者に。種の数を調節する者になることを、選んだ。
そうすれば、天界とこの世界は繋がらない。私は、私であれる。逃げ続けることが、きっとできる。掴まる前に、逃げよう。だから、だから。
だから、私は。
私は。
私は・・・・なんだっけ?
私って、何?
私って、誰?

光が瞬く。
その光の中、自分に伸ばされた手を反射的に掴んでいた。

「お前さんの名前は?」
「アクラシエル」
光の中伸ばされた手は、スカイブルーの色を瞳に刻ませた。
スカイブルーのような、髪と瞳。
綺麗な、スカイブルー。
創造の神々が作った、空の色と同じ色。
「ゼロエリダではなく、アクラシエル」
それが、口から出た最初の言葉だった。
そう、彼は、私の過去を知らない。ゼロエリダであった過去を。いや、ゼロエリダになるしかなかった過去を。
ネイは知っている。全ては知らないけど。ゼロエリダの道を選ばされる前に、だから別れた。
ネイには救えないから、自分から切り離した。
ネイが殺されるから。
ルシエードは、絶対にこのままだとネイを殺すと思って、別れる道を選んで突き放した。

「へぇ、天使の名前か。綺麗な名前やな」
人懐こい微笑みだった。
私よりも、何千歳も年下の、少年のようなヴァンパイアだった。
「アクラって、呼んでいい?」
鈍色に塗りこまれた空を払拭するようなスカイブルーの瞳が、綺麗だった。
私は、泣いていた。
その瞳を見た時。
私は、アクラシエル。名づけてくれたのはウシャス。
ウシャスは、母のようだった。ゼロエリダと呼ばれる私を、「あなたはアクラシエル。ゼロエリダの子なのです」と教えてくれた。
ウシャスも、同じスカイブルーの髪と瞳を持っていた。
「ウシャス・・・・・?」
光の中、その人は私の黒い翼を綺麗だと言ってくれた。
まるで闇のような翼を。夜明け前の空の色だといってくれた。
「夜明け前の綺麗な空の色の翼もってんねんな。なぁ、アクラ。・・・・・・・・俺な、ウシャスに死なれてん。ずっと、ウシャスはあんたのこと気にしてた。助けられなかったったって。俺が、代わりに守ったるよ。助けたるよ。せやから、そんなに泣かんといて」


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