ロストエデン「愛を囁く者」







刹那とライルとティエリアは、バーチャル装置から出た。
そのまま、バーチャル装置の前で、並んで会話をする。
「それにしても、刹那はいつにもましてすごいな。ダブルオーライザーの機動性と破壊力はまじですげぇ」
「俺だけの力じゃない。皆の援護があっての、力だ」
ライルが、刹那の頭を撫でまわす。
「かわいいこというな」
「ロックオン、子供扱いは止めて欲しい」
「はははは」
そんな二人にの微笑ましい様子に、ティエリアも微笑む。
「それにしてもセラフィムガンダムか。かっこよかったなぁ」
「いずれ、実戦でもそう遠くない日、投入することになるだろう」
「そうならないことを祈る」
刹那が真剣になった。
「ああ、そうだな」
ティエリアも頷く。
切り札は、あってからこその切り札であるが、使わずにすめばそれにこしたことはない。
切り札を使うことは、即ちそれほど戦力的に苦戦しているということになるのだから。
「ティエリア、ロックオン、このまま夕食にするか。少し早いが」
「あーそうだなぁ。俺、ちょっとガンダムいじってて、昼食ぬいちまったんだ。腹がへった」
「ティエリアは?」
「僕は、AIマリアの調整をする。先に食堂で食べていてくれ。後で混じる」
「分かった」
バーチャル装置であるAIマリアは、その管理が全てティエリアの手にあった。
ガンダムに関しての全てを任されているイアンでさえ、バーチャル装置の複雑さに両手をあげて降参した。仕方なしに、マニュアルを見ながらティエリアがAIマリアを見ることになった。
故障した時も、故障箇所をつきとめ修復するなど、ティエリアはAIマリアの管理責任者としてはうってつけの人材であった。そのまま、AIマリアのマスターとして登録され、AIマリアはAIとしての感情でマスターであるティエリアを慕い、尊敬していた。

「・・・・・・・・」
ティエリアは、AIマリアのメンテナンスを終わらせると、装置に入って、仮想空間にダイブする。
(マスター、またAIマリアをご利用くださり、ありがとうございます)
「彼の、データをロードしてくれ」
(了解しました。只今、データをロード中です。しばし、お待ちください。データのロードを完了しました)
「よ!」
景色が変わる。
見慣れたその景色は、ティエリアの部屋だった。
「ロックオン」
ティエリアは、目の前に現れた最愛の人を、涙を零しながら見つめていた。
「どうした、また何かあったのか?」
「いいえ。皆の仲もとてもよく、順調です。何も、問題はありません」
「だったら、なんで泣いてる?」
ロックオンの手が伸びて、ティエリアの涙に触れた。
「どうしてでしょうね。満たされているのに、どうしても心が完全に満たされることがないんです。僕の世界は、まだはじまったばかりだというのに、僕の世界はあなたがいなくなったことで終わった」
「ティエリア」
「あなただけを愛しています。ずっとずっと、あなただけを」
「俺も、ティエリアを愛している。だけどティエリア、俺はもういないんだ。新しい愛を、幸福を求めてもいいんじゃないのか?」
ティエリアは首を静かに振った。
「あなたとの思い出が、色褪せてしまう。僕には、幸せになる資格も、愛される資格もないんです」
ティエリアは、幼子のようにロックオンに縋りついた。
「あなただけいれば、僕はそれだけで幸せだったのに!あなた以上のものを望むなんて、そんな大それたこと考えもしなかったのに!あなただけ傍にいてくれれば、それで良かったのに!」
ロックオンは、ティエリアを抱きしめると優しく包み込んだ。
感じることのできる体温。
これが本物であれば、どんなに幸せであるだろうか。
「あなたを今でも愛しています。僕は、あなたを愛して人間になった。あなたに愛されたことで僕は救われた。僕は、あなたを愛していることで、どれだけ生まれてきて素晴らしいと思えたことでしょう。あなたが傍にいてくれた日々、あなたと愛を語り合った日々、忘れることなんてできない」
ロックオンは、ティエリアの唇に唇を重ねた。
「ロックオン」
「俺も、お前を愛してる。だけど、お前は生きている。明日を歩むために生きている。なぁ、ティエリア、どうか幸せになってくれ」
「あなたは、僕を置いていきながらそんなことを言うんですか」
「俺がいないと幸せになれないなんて、そんなことはないはずだ。もう四年以上もたったんだぜ?誰かを愛しても、許されるはずだ」
「あなたへの揺ぎ無い愛を抱えたまま、誰かを愛せと?」
「それでもいいさ。俺を愛したままでも構わない。だけど、愛される価値がないなんていうな」
ロックオンは、ティエリアの体を抱き上げると、ティエリアのベッドに寝かせた。
ティエリアの石榴の瞳から、次々と新しい涙が溢れ出す。
「あなたはまやかしだ。分かっているんです。現実世界のどこにももうあなたはいない。あなたに触れることさえできない。データであるあなたに会うのは禁忌だ。だけど、僕は忘れたくないんです。あなたと出会え、愛した日々を。あなたの隣にいて、笑うことができた日々を。許してください」
ポロポロ涙を溢れさせるティエリアの涙を、シーツで拭いとる。
「俺のこと憎めばいいのに」
「できません。愛したあなたを憎むことなんて、どうやってもできません。たとえ、あなたに置いていかれたという事実を突きつけられても、僕を選んでくれなかったあなたでも、それでも狂ってしまうくらいに愛しいんです」


「あれ、ティエリア?」
ライルは、夕食に一向にこないティエリアの様子を見に、バーチャル装置の前にまで来ていた。
そこでは、ティエリアがバーチャル装置に入って仮想空間にダイブしていた。
「なんだ。また、戦闘訓練かな?」
ライルは、隣のバーチャル装置に入ると、ティエリアと連結させ、仮想世界にダイブする。

「あなたを愛しています」
ティエリアは、涙を零しながらロックオンの胸で泣いた。
「おーい、ティエ・・・・」

静謐が満ちる。

仮想空間にダイブしたライルが見たものは、自分と同じ姿をした人物に泣きついているティエリアの姿だった。
「俺も愛しているよ、ティエリア。よお、ライル」
「え・・・兄貴?」
ライルが、言葉に詰まる。
「生きてたのか?」
「まさか。この仮想空間にしかいないよ。俺は、ティエリアの脳によって再生されているただのデータだ」
「データ」
「愛しています。あなただけを」
ティエリアが、ベッドに座ったロックオンの膝の上で泣いていた。
「ティエリア、その、なんていうのか」
ライルがどう言葉に表せばいいのか困ったようだった。
(マスターは現在、心を閉ざしています。ロックオン・ストラトスの言葉以外届かないよう、精神を遮断しています。マスターに御用の場合は、ロックオン・ストラトスを介してください)
「心を閉ざして・・精神の遮断・・・嘘だろ」
「愛しています。あなたがいなくなった世界で、僕は生きているのに。あなたに会いにくる僕の罪を許してください」
「ティエリアは何も悪くない。悪いのは俺だ」
ライルの目の前で、失われたはずの四年前の光景が繰り広げられている。
兄のニールは、データといわれても、まるで本物のようだった。
AIマリアの仮想空間では、どれも本物に劣らないだけリアルに立体化される。五感でそれを味わうこともできる。人の夢をかなえるためにつくられたバーチャル装置は、ティエリアに一時の安らぎをもたらしてくれていた。
「ごめんな」
ロックオンが謝って、ティエリアの髪を撫でる。
「愛しているんです」
嗚咽が止まらないティエリアに、深く口付ける。
「ん・・・・」
ティエリアの白い体が仰け反る。

「止めてくれ!!」
ライルが悲鳴をあげた。
「おい、兄貴、今すぐティエリアから離れろ!」
「愛している、ティエリア」
ロックオンは、ティエリアに愛を囁くだけで、最初のようにライルと言葉を合わせることはなかった。
ただ、済まなさそうにエメラルドの瞳をライルのほうに向けている。
「こんなの止めてくれ!!」
ライルは絶叫した。

ライルは、仮想世界のダイブを止め、現実空間に戻った。
そして、連結を解いて隣のハッチを空ける。
ティエリアは、目を瞑ったまま泣いていた。
ライルは、構わずティエリアの体をバーチャル装置から出す。
アラームが鳴った。

仮想空間から急に、用意もなしで現実世界に戻されると、脳に障害を及ぼす可能性がかなり低いが、ないとは断言できないので、そんな真似は決してしないようにとティエリアから言い聞かせられていた。
そんなことも忘れ、乱暴にティエリアを仮想世界から引きずり出し、現実世界に戻す。
強く揺さぶられ、ティエリアは石榴の瞳を開ける。
「ロックオン・・・」
ライルの姿を見て、新しい涙を零す。
そして、また仮想世界に戻ろうとする。そんなティエリアの手を掴んで、ライルは手を振り上げた。

パン!

小さな音が鳴った。

頬を叩かれたティエリアは、ライルを見つめた。
「ティエリア、こんな真似は止めろ!死者と愛し合ってどうなるってんだ!」
実際に、死者と愛し合っているといっても、ただ限られた時間ティエリアはロックオンと会っているだけで、厳密には死者と愛し合うという言葉は正確ではなかった。
本当に死者と愛し合うのであれば、ずっと仮想空間にこもっているだろう。
だが、ティエリアはデータとしてのロックオンと愛し合うということを拒み、AIマリアにデータの破棄を命じた。だが、AIマリアは独断で完全にデータを破棄しなかった。時折、どうしても辛くなったり、寂しくなったりしたときだけ、ティエリアはバーチャル世界でロックオンと会い、そして励ましてもらい、現実を強く生きようと心に決めるのであった。
そんなことを、ライルが知る由もない。

ティエリアの女神の化身のような美貌が歪んだ。

「いやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!」



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