残酷なマリア「もう一人のマリアナンバーズ」







二人は、早起きをすると一緒にお弁当を二人分つくって、すぐに出かける準備をした。
二人が同棲しているロックオンのマンションは、イギリスにある。
アイルランドなんて、目と鼻の先ともいえる。国境も近い。

二人は鉄道でアイルランドの国境を越えると、そのまままだ残されている、ライルが住むロックオンの生家を訪ねる。
「やあ、兄さん、ティエリア。歓迎するよ。ティエリア、よかったな」
ライルは二人を歓迎してくれた。
兄の悲しみを知っていただけに、どんな理由であれティエリアが蘇生したことが、ライルには何よりも嬉しかった。
「あら、誰かきたの?」
玄関で、見知らぬ女性と出くわした。

「あーっと。紹介してなかったな。アニューってんだ。今、この家で一緒に暮らしてる。将来は、結婚するつもりなんだ」
「おー、お前にもついに春が訪れたか!」
ロックオンは、ライルの頭をぐりぐりしている。
アニューは、柔らかい微笑みで、ティエリアとロックオンを向かえてくれた。
「なんのもてなしもできないけれど・・・・ゆっくりしていってね」
「ライル、結婚したらこの家に住むのか?」
「ああ、そのつもりだけど。なんか不都合でもある?」
「いいや」

ロックオンにとって、この生家はあまりいい思い出がない。
ロックオンとライルの両親、それに妹はテロに巻き込まれて死んだ。その頃から、ロックオンはこの家で一人で暮らすようになり、野良犬のように生きてきた。ライルは全寮制の学校に昔から通っていた。
二人はすれ違うように生きてきた。兄に比較されることを嫌ったライルは、あまりロックオンに近づかなかったが、同じソレスタルビーイングに所属してから、めっきり兄思いというか、ちょっとブラコンな弟になってしまった。そういうロックオンもライル大好きっ子の、ブラコンだ。

「とりあえず、紅茶をいれてみたの。飲んでくれるかしら」
アニューは四人分の紅茶をいれて、リビングルームで寛ぐように勧めた。それに、皆従う。
最高級のアッサムの紅茶を飲むと、口の中にほのかな甘みとえもいわれぬ香りが広がる。
ロックオンはライルと談笑している。
その時、アニューが手招きしてティエリアを部屋の奥に呼ぶ。
「?」
ティエリアは、アニューの元に歩みよる。

すると、空間が凍りついたように時間が止まった。
「な・・・に」
「エーテルを発動しただけよ。何も詠唱なんて必要ないわ。あなた・・・・オリジナルマリアね?いいえ、オリジナルマリアに宿った核をもつ、マリアナンバーズかしら。マリアNO12。それがあなた。私はマリアNO56。あなたは何故、人間なんかと仲良く恋人ごっこしてるの?」
マリアナンバーズは、互いを認識する能力は低い。それは、使徒から逃れるためでもあり、同胞が危機に陥ろうと自分を守るのが先決であり、見捨てるようにできているからだ。
だが、同胞だと分かると、サンプリングされたNOまで分かる特徴も兼ね備えている。

「君は・・・・マリアナンバーズか」
金色に光る同胞の瞳に最初は警戒していたティエリアだが、安心して肩の力を抜く。
「私は、ライルの記憶を操作して恋人になったわ。でも、彼を本当に愛してなんかいない。だって、私はマリアナンバーズですもの。私は、彼を利用しているだけ。彼はその幻想の愛に浸っているだけ。核を守るのが私たちマリアナンバーズの責務であり使命。そうでしょ?」
「そうだ」
「それなのになに、彼は?記憶を操作していないでしょう。操作した人間とそうじゃない人間の区別くらいつくわ。まさか、彼を恋人として愛しているの?」
「その、まさかだ。僕は、彼を愛している」
「本気?私たちはマリアナンバーズなのよ!使命はどうしたの!!」
「使命は・・・・忘れた、わけじゃない。でも、今は・・・・彼と一緒にいたい」
逡巡するティエリアの石榴色の瞳をきつく睨んで、アニューは叫んだ。
「あなたのプログラミングはどうなっているの?あなたは欠陥品?人間と本気で愛し合うなんて、正気の沙汰じゃないわ!」

「そうだね・・・・僕は、狂っているのかもしれない。でも、これが狂気だとしても。僕は本望だ。彼を愛すると決めたんだ」
「あなたばか?人間は・・・あっという間に老いて死んでしまうのよ?そんな人間を愛してなんになるというの。不幸になるだけ。あなたにはマリアナンバーズの自覚がないの!?」
「あるよ。心の奥深くに。でも、そっとしていてくれないか。君がいった通り、人間が老いて死ぬのは僕らの時間感覚からすると短い。だからこそ、放っておいてくれ!」
「不幸になるのはあなたなのよ!もしもあなたに人間としての「心」というものが宿っていたとしても、それはあなたを不幸にするだけ・・・・」
「それでも!!それでも、僕は彼を愛したい」
「そう・・・・なら、もう何も言わないわ。欠陥品でも、あなたもマリアナンバーズでしょう?最後は、使命を果たし責務をまっとうするのでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・そう、なるね。少し未来の話だけど。一人になったら、きっと、また人に紛れて隠れて生きるだろう」
「だったら!どうして、最初から辛い選択をするの!」
「心配、してくれてるのか?」
「違うわよ・・・・同じマリアナンバーズが同じ世界にいたら、気になるでしょう。本当の精神・・・人間の「心」を宿して「人」になってしまったマリアナンバーズが辿る末路。それは・・・愛する人を追って、自らの責務も使命も放棄して核を自分で取り出す・・・・つまりは、自殺する。そうならないか、心配だから言っているの」
「大丈夫・・・・そこまで、弱くないから」
「言い切れるの?あなたは私がかつてのエンジェリックカオスで見てきたどのマリアナンバーズより「人」に近いように見えるわ。本当に人間の「心」を宿しているように見える。プログラミングでできた精神と違う何かを、あなたから感じる」

「それは、僕が彼を本気で愛し、そして愛されたいと願ったから」
「あなた・・・核が2つあるのね。お願いだから、約束してちょうだい。もしも、あなたの恋人が死んでも、マリアナンバーズとしての責務と使命を放棄しないと」
「約束するよ」
パリン。
凍結されていた空間が元に戻り、ティエリアはロックオンの元に戻った。
アニューはまだ何か言いたそうだったけれど、これはティエリアの問題なのだ。他のマリアナンバーズを命をかけて守るようには、プログラミングされていない。
あくまで、干渉して、そして諭す程度だ。

「ロックオン、庭にいきませんか。綺麗に忘れ名草が咲いていますよ」
「ああ、いくか〜」
一頻りライルと談笑を終えたロックオンは、ライルとアニューに手短に別れを告げる。
いつだって会えるのだ。
すぐ近くともいえる国に住んでいるし、携帯やパソコンを通じて会話もできるし顔を見ることもできる。

 



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