マリアの微笑み「現実」







「あ、ママだ」
いつものように、昔とあまり変わらない服装のティエリアが2Fから降りてきた。
泣きながら抱きついてくるのでもなく、ただ静かにロックオンを懐かしそうに見つめる。
「その服、とっておいてよかったです」
ソファーに座ったロックオンに、ティエリアは紅茶をいれて持ってきた。
そう、昔からティエリアは紅茶のアッサムが大好きだった。
「アッサム・・・懐かしい味だなぁ」
じんわりと広がる暖かさとは裏腹に、ロックオンを包む空気はどこか寒々しい。

「ごめんな?その、夫婦水入らずのとこ邪魔しちまって」
チクリと、心が疼いた。

「いいえ・・・・」
ティエリアは長く伸びた髪を耳にかけ、俯いていた。
その手には、やはりロックオンとのペアリングは光っていなかった。
「吃驚、したんです。墓参りにいったら、いきなりあなたが降ってきて。ふふ、なんの悪戯でしょうかね?」
どこか哀しそうだった。
「探したけど、あなたの背中に翼はなくて。重くて。呼吸をしていて、そして心臓は鼓動していた。昔の僕なら、声をあげて泣いてあなたに抱きついたでしょうね」

ほら。
10年という月日は、人の心さえも変えてしまう。
あんなに、永久に続くと思っていた恋人の時間さえも、たやすく変えてしまうんだ。

「ごめんなー。今、俺いくあてなくって。ちょっとしばらく厄介になるから」
ほんとは、このままティエリアと刹那の家を飛び出して消えてしまいたかった。
このまま消えてしまいたい。
これ以上、惨めになる前に。
でも、ロックオンの体は願っても消えてくれなかった。

そのまま、刹那はトレミーに戻り、家にはティエリアとロックオン、それに息子であるマリアだけが残された。
マリアと一緒に、ロックオンは懐かしいアイルランドの町を散歩する。
そして、先にマリアを帰らせて、自分が降ってきたのだという墓地にやってきた。
墓には、ニール・ディランディと名前が刻まれて、綺麗に手入れされていて、白い薔薇の花が捧げられていた。
ロックオンは、人の気配を感じて木の陰に隠れる。
すると、もう習慣になっていたティエリアは、ニールと名の刻まれた墓の前にくると、新しい白い薔薇の花を捧げて、黙祷し、祈った。
「あなたが、この世界に居るのに。僕は、刹那を選んでしまった。あなたが、また僕の目の前に現れるなんて思わなかった。願うなら」

その先を聞きたくなくて、ロックオンはその場から逃げていた。
そのまま消えてくれ。
そう、風に乗って言葉が耳に届いた、気がした。
逃げ去っていったから、正確な言葉は分からなかったけれど。ただ、そんな言葉を続けられる気がして、聞きたくなくて逃げ出していた。
そのままいく宛てもなくぶらぶらと、アイルランドの町を散歩して、気づくとティエリアと刹那の家に戻っていた。
「お帰り、もう一人のパパ!」
中に入ると、マリアが出迎えてくれた。
「ああ、ありがとうな」
マリアを抱き締める。

ティエリアが幸せなら、それでいい。
俺がいなくても、ほら、大地を力強く歩んでいっている。
未来へ向けて。

今のロックオンは、過去の思い出。切り捨てられた、記憶の残骸。
ロックオンは、自分に与えられた寝室に戻ると、食事もせずただ眠った。
もう、二度と目覚めたくない。このまま、この世界から消え去ってしまいたい。

でも、朝がくるとロックオンは目覚めた。
そして、朝食の支度をしてくれたティエリアと、マリアと一緒に食事をとる。
マリアはそのまま小学校へ登校してしまった。
家に残されたティエリアは、コンピューターのある部屋で難しいプログラミングをしていた。それで生計をたてているらしい。
ロックオンは、することもなくてごろごろしていたけれど、勇気を振り絞ってティエリアのいる部屋の扉を開けた。
「入るときは、ノックくらいしてください」
「ああ、ごめん」
そのまま、プログラミングを続けるティエリア。
重い空気が流れる。

「あのな・・・・返して、くれないか。もしも、持ってるなら」
「何を?」
「お前にあげた、俺とお揃いのペアリング。もう必要ないだろう?俺も、必要ないから」
「ああ・・・・・少し、待っていてください」
ほんとは、心のどこかで期待していた。
あれは僕のあなたとの思いでなのだから、とりあげないでくれと非難されることを。
でも、ことはそう上手く運ばない。

ティエリアは、違う部屋にいき、テーブルの引き出しの奥から、大切にしまってあったロックオンにもらったペアリングを取り出すと、顔色一つ変えず、ロックオンにそれを渡した。

「サンキュ」
「それを、どうするつもりですか」
「もともと俺の金で買ったもんだ。どうしようと、俺の勝手だろ!!」
叫んだロックオンに、ティエリアはびくりと体を強張らせる。

「こんな現実、くそくらえだ!!」
ロックオンは、ティエリアを突き飛ばすと、部屋を出て、それから外にいくと、適当にぶらついて、公園の池に向かって二つのペアリングを投げ捨てた。
キラリと銀の軌跡を描いて、ポチャンと池の中に、愛の結晶でもあったペアリングは沈んで見えなくなった。

こんな現実、くそくらえだ。
この世界から今すぐ消えたい。
もう、これ以上俺に惨めな思いをさせないでくれ。

 




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