君に花を捧げよう







刹那が用があるといって、トレミーを降りた。
誰にも行き先をつげずにトレミーを降りて、翌日には当たり前のように戻ってきた。
刹那が向かった先は、マリナ・イスマイールが治めるアザディスタン。

アザディスタンを含めた中東は新しい連邦政府の支援のもと、今までにないくらいに活気にあふれていた。食料や水がないと、もう飢えに苦しむ必要はない。
まだ完全ではないが、都市は生活のパイプラインを引き終えてガスや水道、下水道まで完備されてきている。

「マリナ。咲いているか?」
刹那は宮殿に現れると、供の者を下げさせたマリナは笑顔で出迎えた。
「きてくれたの、刹那」
「ああ。たまには顔を出そうと思って。ところで、例のものは?」
「ええ、綺麗に咲いているわ」
庭を一緒に歩き、中央宮殿を抜けて、噴水のある庭にまでやってくる。
そこに、白い可憐な花が咲いていた。

「この国をこの白い花でいっぱいに、いつかしたいの」
「俺も、そうなって欲しい」
風にゆらゆらゆれる花の花壇に、マリナはしゃがみこんでそれから、刹那がなぜここにきたのかと問うこともせずに、静かに一輪だけ白い花をスコップで根ごと掘り出した。
百合に似た、大きな白い花をつけた名もない花。

それは、かつて戦争の最後にフェルト・グレイスが刹那に渡してくれた、カプセルの中に入った花と同じ品種だった。刹那はない知識を総動員して、フェルトに内緒で花の品種を割り当てると、マリナに頼んで宮廷の花壇でマリナの手で栽培してもらっていた。
そう、マリナは花が好きだから。
彼女の忙しい執務の中に取り入れられた、緑あふれる時間。

彼女から花を受け取って、刹那は無言で歩きはじめる。
噴水の水が太陽の光を受けてキラキラと反射していた。
「また、遊びにきてね、刹那」
「ああ」

遊びにくるといっても、ほんの1時間会話をして終わるだけ。
マリナは中東をはじめ外国や国内を視察し、そして執務で皇女として忙しい多忙な日々を送っている。
一方の刹那は、トレミーに乗って、暇ともいえる時間を過ごしている。

刹那は隠してあったダブルオーライザーの機体に乗り込むと、そのままトレミーに帰還した。
「ダブルオー収容完了ですう!」
今日もミレイナは元気がいい。

水をやって、土に埋めてカプセルではなく鉢植えにして、刹那はそれを持って歩きだす。
「フェルト、いるか?」
「あ、刹那?今出るわ」

フェルトはすぐに出てくれた。
「ティエリアが育てているブリーフィングルームの植物に新しいのが加わった」
「?」
鉢植えをフェルトに見せる。
「あ、それ!!」
フェルトが目を見開く。
刹那にカプセルに入れて渡した、生きている花。
それを、刹那はリボンズとの戦闘の時に宇宙に流してしまったのだとフェルトに謝ったことがある。
「品種も、いってないのに・・・」
「世話は、自分でするか?」
植木鉢をうけとって、フェルトは微笑んだ。
「ええ。自分でするわ。ありがとう、刹那」
植木鉢を床に置いて、フェルトは思い切り刹那に抱きついた。

真紅の瞳が天井を見上げ、それから瞳を閉じたフェルトに触れるだけのキスして刹那は離れた。

「ヒューヒュー、廊下で見せ付けんなよ!」
「ライル、冷やかさないの!」
ライルがアニューと一緒に、廊下を歩いていく。
その後ろを怒ったティエリアがライルの後を歩いていく。
「ライル、あれほどプログラミングの最中は話しかけるなと言っただろう!間違ってしまったではないか!」
「まぁまぁ、俺は話しかけていいのに、ライルはダメなのか?」
その後ろをニールが歩いてティエリアをなだめすかす。
「なんだ、この団体。この団体の後ろにいる僕もなんだ?」
新しくマイスターとして加わったリジェネが最後尾を歩く。
ぞろぞろと、みんな歩いて、そしてピタリと止まって、刹那の方を向く。

フェルトと刹那は、こんな光景になれているので、またキスをしていた。

「いちゃいちゃもんだねぇ」
「ライル、冷やかさないの!」
「だから、プログラミングは僕の日課だ!」
ティエリアが刹那のほうをみて微笑む。
「刹那、後で話したいことがある。いいか」
「ああ」
刹那はフェルトと離れて、ティエリアに微笑む。
「それからみんなも、集まってくれ。場所はブリーフィングルーム。フェルト、これでいいな?」
「ええ。ありがとう、ティエリア」
フェルトの声に、ニールが天井を見上げる。
「しっかし、気づかないなんて鈍いな。流石刹那!」
「ニール、それヒミツ!」
リジェネがニールの足を蹴った。

みんなで、ぞろぞろ廊下を歩いていく。
刹那だけ遅れて、ブリーフィングルームにやってきた。
そこにはイアンもミレイナもスメラギもリンダも、とにかくみんな集まっていた。
そして、遅れてやってきた刹那に、みんながもっていたクラッカーを鳴らす。
「誕生日おめでとう、刹那・F・セイエイ!!」

パンパンと、次々に打ち上げられるクラッカーにまみれて、刹那はああ、そうか今日は自分の誕生日かと思い出した。
「うふふ。鉢植えでもらちゃったけど。ほら、刹那。同じのだったね」
フェルトは、新しいカプセルの中で凛と咲く白い花を刹那に受け渡す。
「本当だ。同じか」

フェルトと刹那は、ブリーフィングルームからみんなと一緒にぞろぞろと歩いてキッチンのある食堂にいく。
「私も手伝ったから!」
そこにはハッピーバースデー刹那と書かれた大きなケーキがあった。

「仲間は、いいな」
刹那は微笑んだ。
真紅の瞳に、もう少年時代のように人を憎み、噛み付くような孤独とそして憎悪の光はない。
彼は、望んだものを手に入れたのだから。この世界を変革して、そして彼自身もまた変革したのだ。