眠りは死に似ている








あなたの元にいくことを、ひたすら願っていた。
僕を庇い、傷ついたあなた。
あなたは、家族の敵を討つために、散ってしまった。

あなたの傍にいられるだけで、僕は幸せだったのに。

この世界に、もうあなたはいない。
どんなに探しても、あなたには会えない。
あなたはもう、二度と戻ってこない。
あなたの声を、二度と聞くことができない。

「あなたに、会いたい」

痛々しい白い包帯が、身体に巻かれていた。
腕には、点滴と輸血に繋がる針がさされており、その上からシップがはってあった。
白い腕には、いたるところに打撲や小さな裂傷がみられる。
一番致命傷だったのは、頭だった。
数十針も縫う大怪我だった。
傷は、頭の裂傷の他にも、肋骨を数本折っていた。その一本が肺を傷つけ、僕は血を吐いた。

あなたが流した緋色。

苦しげな呼吸の中、あなたに会うことだけを切実に願った。
この痛みは、あなたに傷を背負わせてしまった罰。
あなたの微笑みが、とても近いものに思えた。
目を瞑ると、あなたが微笑んでいる。

いつも、優しい言葉で僕を包んでくれた。
その体温は、とても暖かかった。
僕は、人間に甘えるということを覚えた。はじめて抱いた感情だった。

あなたのことが、好きだった。

神の領域を冒して生まれた僕は、人ではない。
けれど、人ではない僕に、あなたは愛を注いでくれた。

とても優しいあなた。
名前を呼べばすぐにかけつけてくれて、寂しい時にはずっと傍にいてくれた。
一緒に眠りにつくのが、何よりも好きだった。
あなたの寝顔を見るのが好きだった。

あなたの存在が、僕の中ではかかせないものになっていた。
ヴェーダよりも大切なものになっていた。


目を開けると、見慣れない天井が視界に飛び込んだ。
そして、あなたの元にいけなかったのかと、涙を流した。
どんなにぬぐっても、涙はあふれて来る。
ズキリと痛む傷口から、今にも血が流れてきそうな気がした。
ジクジクと痛む傷口は、焼けるように熱かった。

「ティエリア。目が、覚めたのね」
フェルトという名の女性が、心配そうに僕をのぞきこんできた。
「僕は、生きているのか」
「そうよ。あなたは生きている。あなただけじゃない、他のクルーも生きているわ。刹那とアレルヤは、行方不明のままだけれど」
声を落として、フェルトが泣いた。
蛍光色の綺麗なピンクの髪が、揺れていた。
ポタポタと暖かい涙を頬に受けることで、改めて僕は生きているのだなと実感する。
「あなただけでも、助かって良かった。とても酷い怪我だったの。ドクターには、助からないとまで言われた」
彼女の言葉に、僕は言葉をかけてやれないでいた。

僕は、生きている。

あなたの元に逝けなかった。

あなたを一人残して、僕は生というものにしがみ付いている。

「ここは?」

見慣れない部屋を見回す。
清潔感に溢れた、白を基調とした室内。ベッドはあまり広くなく、折りたたみ式のものらしい。
「ここは、地上よ。あなたの嫌いな地上」
「病院か」
廊下の外から漏れてくる話し声に、僕はそう推理した。
点滴だけでなく、輸血までできて、なおかつここまで丁寧に怪我の治療を受けれるのは専門機関でしかない。
「他のクルーも、手当てを受けているわ。ティエリアは、二日間もずっと昏睡状態だったの。本当に、目覚めて良かった。トレミーは大破して、多くの犠牲が出てしまった けれど、生存者がいるだけでもマシ」
「そうか」
涙が零れた。
犠牲は、思っていた以上に大きかったのだ。
「泣かないで。私の涙が、止まらなくなってしまう。クリスティナとリヒティは…。ドクター.モレノも……」
沈黙。
悲しみに歪むフェルトの頬に、手を伸ばした。

「ティエリア!!ティエリア、ティエリア、ティエリア!!」
痛々しい姿の絶世の美貌に、フェルトは縋りつくように、泣き崩れた。
「みんな、死んじゃったよ。みんなと、もう会えないよ」
「ああ、会えない」
フェルトと一緒になって、僕も透明な涙を流したまま、続けた。
「会えないけれど、僕らは生きている。生かされたんだ。だから……」

運命というものは、なんて残酷なのだろうか。
幼い少女に強いられた現実は、少女が受け取るにはあまりにも過酷すぎた。


「私たちは、生きているの。私たちは、生きなければならないの。あなたの命は、ロックオンが守ってくれたもの。ティリア、あなたは生きなければならない。私も、生きなければならない」

僕の手を握り締めて、フェルトは泣いた。
体中の水分がなくなってしまうのかと思うほどに、泣き続ける。

あなたに、守られた命。

フェルトの言葉が、重くのしかかった。

僕は、生きている。
とうの昔に、戦闘で散るはずだった命は、あなたによって守られたもの。

「眠っている間ね、ずっと、あなたに会いたいって言ってたよ」
フェルトの手が、包帯が巻かれた僕の頭に伸ばされる。優しくすかれる髪が、サラサラと音を立てる。

あなたに、会いたい。
けれど、それは適わない。

幸か不幸か、僕の命はまだ続いている。

「フェルト…」

名前を呼ぶと、フェルトは小さく震えた。そして、涙を拭き取って、思い切り無理のある笑顔を浮かべた。
「あのね。傷が治ったら、みんなのお墓を建てたいと思うの」
「ああ……。あの人の故郷は、アイルランドだったな」
「お墓を一緒に建てて、祈りましょう?それしか、私たちにできることはないと思うの。だから」
「あの人の墓を、建てる。僕たちで…」
「だから。だから、ティエリア。お願いだから、死なないで。私を、一人にしないで」
フェルトは、小刻みに震えた。
僕が自殺すると、彼女は心のどこかで危惧しているのだろう。
クリスティナとリヒティの死が、仲間の死が、どれほどこの幼い少女を傷つけたのだろうか。

「一人には、しない。共に、仲間の冥福を祈ろう。僕は、生きる」

「本当に?」

「ああ。生きて、他の仲間と一緒に、また宇宙へ行こう」

僕は。
僕は、あなたに会いたい。
けれど、僕は生きている。あなたには会えない。

ならば、せめて祈りをささげよう。

僕は、生きなければならない。仲間たちのためにも。

だから。


「私ね。ロックオンのことが好きだったの。初恋だったの」
「分かる。僕も、ロックオンのことが好きだった」
「ティエリア」

僕は、目を瞑った。
そして、静かに続けた。

「僕たちにできることは限られている。彼の墓を建て、冥福を祈ろう。仲間たちの墓を建てて、祈ろう。そして、生き残った仲間と力をあわせて、もう一度CBを立て直そう」

僕の言葉に、フェルトが目を見開いた。
そして、そうだねと、泣きながらフェルトは頷いた。


この世界に、もうあなたはいない。
どんなに探しても、あなたには会えない。
あなたはもう、二度と戻ってこない。
あなたの声を、二度と聞くことができない。


僕は、ロックオンを愛していたのだ。
失ってから、気づく。
人間を愛さないと決めていたのに。
本当に大切なことを、失ってから気づくなんて。


僕は、泣きつかれていた。同じように、フェルトも泣きつかれていた。
急激に睡魔が襲ってきて、僕は思考するということを放棄した。
辛すぎるから。
「少し、眠る」
「うん。おやすみ、ティエリア。今度は、イアンさんとかも連れてくるからね」
フェルトの声が、遠のいていく。
僕は、せめて夢の中でもいいから、あなたに会えたらと思いながら、長い眠りについた。