デジャヴ−記憶の欠片−「喪ったもの」







デジャヴ−記憶の欠片−

              Presented by Masaya Touha

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「もう、あれから四年以上になりますね」
ティエリアは、アイルランドの地を訪れていた。
誰でもない、今も今もずっと愛している、ロックオンの故郷。そして、その墓を訪れるために、わざわざ我侭をいって、戦況の厳しい中トレミーを離れ、アイルランドにまで来ていた。

ロックオンの墓に刻まれた名前はニール・ディランディ。
ロックオンの本名だ。本当なら、ディランディ家の墓をロックオンの墓とすべきであったのだろうが、ティエリアが凍結されていないCBの資金を使い、もう四年以上も前に新しく建てた墓だった。
そう、これはあなただけの墓。
誰よりも愛しい、ロックオンだけの墓。
他のガンダムマイスターも、ロックオンの墓には訪れた。その中には、まだ邂逅する前の刹那も含まれていた。ディランディ家のすぐ近くに建てられた、ニール・ディランディの名をもつ墓があれば、そこが彼の眠る場所であるのだと、嫌でも分かるだろう。
本当の彼の魂は、いつも自分の傍にある。
その存在を確かめることはできないが、確かにロックオンはティエリアを見守っていてくれる。
誰よりも愛しいロックオン。
ティエアリアとは恋人同士で、結婚するとまで誓い合った。
今はもう、この世にはいない。
同じロックオン・ストラトスの名をもつ者はいるが、それはニール・ディランディの双子の弟で、ライル・ディランディという。同じガンダムマイスターだ。
ティエリアは、ロックオンを喪った真実を受け入れながら、そしてライルがCBにきて、最初は同じ容姿、声、形のせいでライルとは衝突してばかりだった。
ロックオンと同じなのに、全く違うのだ。そこにロックオンを見出そうとしている自分がいることに気づいて、愕然とした。克服したのではなかったのか。愛しい人は、もうこの世にはいないのだ。
ライルとの衝突も、時間と共に薄れ、打ち解けることができた。
ライルは本当に優しいいい人だ。ロックオンのように明るいが、性格は世話を焼く兄貴のようではなく、どちらかというと自由気ままな猫といったかんじだろう。
飼いならされた猫ではない。孤高を保ったままの山猫のようなかんじだ。
ロックオンは、どちらかというと例えるなら人懐こい犬だ。とても人が大好きな。

ティエリアは、生まれは遥か数百年前。
イオリアの時代に作られたイノベーターであった。それを、CB研究員が発見し、コールドスリープのカプセルから出して目覚めさせたのだ。
同じイノベーターとは敵対関係にある。
ティエリアをイノベーターとして迎えるような傾向が敵側にはあったが、ティエリアは断固としてそれを拒否した。
イノベーターではない。僕は人間だ。
そう強く信じ、思えるようになったのも、喪ってしまったロックオンのお陰でもあり、そして暖かい仲間たちのお陰でもあった。
強い信頼によって、ガンダムマイスターのみなならず、CB構成員はできていた。生半可な信頼では生きてはいけない。お互いに命を預けあうほどの、大きく深い信頼。
その絆を、喪いたくはない。
そして何より、もう誰も仲間を失いたくはなかった。
ロックオンのように、自分の目の前から永遠に消え去ってしまうのはもう嫌だ。あんな寂寥を味わうのはもう僕一人だけでいい。
仲間たちにまで味合わせたくない。
他のガンダムマイスターの生存が不明な四年間は、本当に孤独との戦いだった。そして、クルーたちの命を守るために自分の手を朱に染め上げて、返り血を浴びて戦った。
ロックオンを喪った喪失感と絶望と寂しさ、孤独、全てを味わいながら、他のガンダムマイスターたちは絶対に生きているのだと自分に言い聞かせるように、挫けることなく、何度何度挫折してもそこから立ち上がり、何度涙を零して悲痛な叫びをあげても、そこから立ち直った。
そして今、ティエリアは一人ではない。
ガンダムマイスターたちはちゃんと生きていたのだ。
刹那、アレルヤ、そして新しくロックオンのかわりにガンダムマイスイターとなったライル。
四人の絆は目に見えない。けれど、とても深く強固なものだ。誰にも断ち切ることのできない鎖である、それは。

ちらちらと降り出した雪を見上げながら、ティエリアはロックオンの墓の前までやってくると、紅い薔薇と白い薔薇、それに白の百合の花束を捧げた。
「僕は、あなたを失ってもこうして生きています。皆に支えられて。愛しています、ロックオン。どうか、安らかに」
降り積もった雪を、ブーツでサクサクと踏みしめる。
足跡が残る。
生きてる証だ。
じっと、ロックオンの冥福を祈った。
そして、歌う。
ロックオンが好きだといってくれた愛の唄とは違う、聞かせたこのない「ロストエデン」という唄を歌う。

世界は一度終わったのに 私はあなたと出合った
世界は一度終わったのに 私はあなたと出会ってしまった
世界の終焉から あなたは私を連れ出す
ロストエデン ロストエデン ロストエデン
失われた楽園に あなたは私を連れて行く
ロストチャイルド ロストチャイルド ロストチャイルド
終わりからの始まり あなたと私は歩きだしていく
私の世界は終わったのに あなたはそこから私を連れ去る
ロストエデン ロストエデン ロストエデン
失われた楽園に あなたは私を連れて行く
あなたの愛がそこにある わたしのためだけの愛がある
世界は一度終わったのに 私はあなたと出合った
世界は一度終わったのに 私はあなたと出会ってしまった
私はもう一度歩きだす あなたと一緒に新しい世界を
あなたに愛されながら 私もあなたを愛する
あなたの愛に包まれながら 私は生きる 歩みだす
ロストエデン ロストエデン ロストエデン
あなたの愛が 私の楽園 あなたの愛が 私の世界

歌い終わると、ティエリアは涙を一筋零した。
この墓の下で、愛しいあの人は安らかな眠りについている。きっと。
涙を一筋あふれさせると、堰を切ったように涙が溢れ出す。
もう、泣かないと決めていたのに。

「愛しています。ロックオン、たくさんの思い出をありがとう。これからも、ずっと愛しています。あなたがいてくれたから今の僕がいる。あなたを愛しています。まだ涙が溢れてしまうんです。愛しています。喪ってしまったあなたを愛し続ける罪を、どうか許してください」

キラリと、顎から滴った涙が、鈍い太陽の光に反射して光った。
天を見上げる。
雪は、神様の泪が凍ったもの。神様も泣いているんだろうか。

サクサクサク。
背後から。雪を踏みしめる音が近づいてくる。
ふわりと、首にマフラーを巻かれた。
「泣くな」
「刹那」
一緒に墓参りについてきてくれた刹那は、もう花束を捧げてロックオンに敵を討つと強く誓った。
ティエリアは、長くなるから寒いので車の中で待っていてくれと刹那に言っておいたのに、刹那は一向にティエリアが戻る様子がないから、連れ戻しにきたのだ。
長くトレミーを空けるわけにはいかない。
二人は重要な戦力なのだ。
「ロックオン、ティエリアは俺が守る」
「ロックオン。僕は、仲間と一緒に歩いていきます。あなたが掴みきれなかった明日を掴むために」
刹那の手が伸びて、ティエリアの涙を拭う。
「泣くな、ティエリア」
刹那に抱きしめられる。
「ありがとう、刹那」
刹那の体温で、自分は生きているのだと実感できた。
刹那はティエリアにとって比翼の鳥である。誰よりも大切な存在だ。
ロックオンを喪ってしまった今、ティエリアの大半を刹那が占めていた。無論、ロックオンを愛していないわけではない。ロックオンを愛し続けている。その想いは微塵も掠れることさえない。強く、ずっとずっとロックオンを愛している。
それを承知の上で、刹那はティエリアの傍にいた。二人は擬似恋愛関係の擬似恋人だ。
時折愛を囁くことはあったが、魂の双子としてただ寄り添いあった。
比翼の鳥は、片方がいなければ死んでしまう。
刹那がいなくなってしまえば、ティエリアは生きていけない。それほど、ティエリアは刹那に依存していた。そして、同じように刹那も。
「還ろう。皆が待っている」
「ああ。ロックオン、また会いにきます」
ロックオンの墓を名残惜しそうに振り返って、二人は車に乗った。エンジンはかかったままだ。暖房がかかっている。
運転は刹那がした。そのまま、ガンダムのある位置まで二人は移動し、トレミーに帰還した。



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