この命果てると時まで







雨が止んで、太陽が顔をだした。
冷えた身体はそのままだ。

冷たいと、遅まきに身震いする。少し雨に濡れてしまった。

「会いに、きました―――」

爪たい、石の触り心地が手に懐かしく響く。酷く、ここを訪れたのは昔のような気がして、彼は紫紺の髪に水を滴らせたまま、持っていた白い薔薇の花束を、彼の墓標に捧げた。

冷たい、温度。
石の、冷たい。
きっと、あなたの身体もこんな風に冷たくなって、何処かにあるんだろうか。
神など信じていない。だが、天国というものがあるならば、せめて罪を犯したとはいえ、あの人に、あなたに安らぎを与えて欲しい。

「ニール・ディランディ」

ディランディ家の墓。
彼の墓標はそこ。
違う墓地に、彼の墓を勝手に作ったが、きっと彼の魂は、代々ディランディ家の者が眠るこの墓に還ったのかもしれない。
時折、見慣れない真紅の薔薇が、枯れたまま添えられていることに気づく。今まさに、墓標の前には朽ちた真紅の薔薇がそれられていた。

「生きているんだな、君も。足掻きながら、この世界を」

真紅は、彼の色だ。血のような赤い瞳をもった、自分より年下の少年の。
きっと、今頃惚れ惚れするような青年に育ったに違いない。孤高の狼のような雰囲気をいつも持っていた彼がそのまま大人になったとすれば、きっと誇り高い若者になったに違いない。

そう、生きているんだ。彼も、僕も。この世界を、今。
今、この瞬間を―――。

ティエリアは、身震いを一つしてから、くしゃみをした。

「風邪かな」

自重気味に笑う。
笑うという行為が、笑顔を作ることがこんなにも難しいなんて、生きていて初めて知った。
泣くことのほうがはるかに簡単すぎて。
体中の水分がなくなるかというくらい、あの人の死を知ったとき、泣いた。そして自分だけ生き残ったことを知ったときに、また泣いた。仲間の死に、また泣いた。
泣いてばかりで、いい加減頭が痛くなってきた頃、フェルトやイアンの笑顔に支えられて、違う感情を出すようになった。
あの人の幻を、生きていけという幻を夢なのか現でなのか分からないが、見たのもその頃だ。
それからティエリアは、自室に篭って黙し、食事も睡眠もろくにとっていなかった姿から変貌を遂げた。新たなる、リーダーとして歩みだした。
ロックオン、ニールの亡き後を継いで。
刹那とアレルヤは以前行方不明。
でも、きっとどこかで生きている。
そして、足掻いている。生きるために。

いつか、刹那に出会ったら、このリーダーの座を譲ろうと思う。
それが、ニールの遺言のように、もしも帰れなかったらと、当時聞いた時は涙なしでは最後まで聞き終えることのできなかった、ハロに録音されていたニールの言葉。

「帰ったら、またあの喫茶店にいこうな。また俺の家にもいこう。それからそれから」

録音には、未来を語る言葉がたくさんあって。
でも、もしもの時は、刹那を中心に、お前が刹那を支えてやれと。
泣きながら、ハロを抱きしめて頷いた。もう何年か前の記憶だ。

「僕も足掻く。この世界を、生きるために。そして、いつか」

いつか。
いつか――あなたに、会うために、生きぬいて往生し、そしていつかこの命果てよう。戦死するかもしれないけれど。どんな形の死を迎えるのであれ、いつかこの命果てるまで足掻こう。

「冷たいな」

大気が冷えてきた。
ティエリアは、マフラーを巻いて、ゆっくりと去っていく。白い薔薇をそえて、黙祷し。

雨が、いつの間にか雪にかわっていた。
アイルランドの寒い北風を身に受けて、ティエリアは歩きだす。
いなくなってしまったけれど、あの人と、一緒に。
歩き続けるのだ。

この命、果てる時まで――。