明けの明星









明けの明星輝ける時、12枚の翼の天使、天より堕とされて暗黒の腕(かいな)に抱かれん。


時間など、もはや無意味であるように思えた。
あれから何日経ったのかも、もう感覚さえ麻痺して分からなくなってきた。
ただ続くのは暗い宇宙と瞬く星の光。何百万光年と離れた星の光さえ、今はただの情報の数値だ。

仲間によって流された、自分の棺を見下ろす。
真っ白に塗装されて、信じてもいない宗教の十字架が中央に刻まれ、棺の背中の部分には、ティエリア自身が肩甲骨に持っていたGN粒子の輝きをもつ翼の刻印のようなものが刻まれていた。

意識を広げると、宇宙と混ざり合って、彼は背中に翼をはやした。翼の数は12枚。かつて天にこの人ありと謳われたあの有名な堕天使のようだと、真っ白な顔に自嘲的な笑みを刻む。身体は半分透けている。
ヴェーダとの融合を強制解除して、半身をヴェーダに残して、そして勝手に抜け出した。
そして、棺の中の、もう動くことはない器と一緒に宇宙を遊泳する。

ただ、ティエリアが最も愛した彼に出会いたくて――。


何か月探し続けただろうか。
もう自分の棺はどこかに流れていってしまった。あの器にはもう興味もないし、使うこともできないから、宇宙に流してくれた仲間に感謝をしつつも、彼は探し続けた。
また時間が経っていく。
飽きることもないような、宇宙の同じ景色が視界に飛び込んでくる。暗くて、そして星はまぶしい。ただ光と闇がある、静寂の世界。

地球と月の間はもう何往復もしたというのに、その先のまだ見たこともない暗闇の果てで、やっと見つけた。

「こんなところに・・・・寒かったでしょう」

暗闇の果ての、その狭間にある深淵で、彼は翼をはためかせてそっと、愛しい人の残骸を包み込んだ。
乾いた血が凍ったまま、額にこびりついていた。ヘルメットの中の顔は、今でも生きているように見えた。凍りついた肉体を包むパイロットスーツは、いつも見慣れた彼が着ているものだった。
閉じられた、エメラルドの瞳は隻眼で、ティエリアを庇って失った右目には黒い眼帯が痛々しそうに装着されたままだ。そのもう開かぬ手が、右手は何かを求めるように伸ばされているのを見て、涙があふれてきた。

きっと、この右手で地球に向かって手を伸ばしたのだろう。
生きたいと、彼は願ったのだろうか。
でも、そうであってほしいとティエリアは思った。

「ロックオン・・・・・」

愛しい人が生きていた、その器。魂を失った今となっては、ただの肉の塊であるけれど、それでもよかった。
ヘルメットの上から、ロックオンの凍った唇にキスをした。
涙がとまらなくて、それは光の泡となって宇宙の深淵に飲まれていく。

「やっと・・・・・見つけた。ロックオン。もう、放さない。このまま、永遠にここで眠ろう?」

ヴェーダには、必要な分の「ティエリア」という情報もイノベイドとしての意識体も残してきた。ここにいるティエリアは、ティエリアの欠片。
人として生きてきた、そのすべてできているのかもしれない。

「眠ろう・・・・・一緒に・・・・・」

ロックオンの遺体を暖かく抱擁しながら、そっとティエリアも目を閉じる。たくさんの思い出があふれてくる。人として生きた期間は短かったけれど、それでも後悔だけはしていない。
ロックオンを愛せて、愛されて本当によかったと思う。それが醜い感情でも、ロックオンにここまで固執するなんて、それが妄執でもなんでもいい。

ただ、会いたかった。もう一度だけ。

だから、眠ろう。
あなたと一緒に。

この明けの明星が見えるこの場所で。

ぎゅっと、ロックオンに抱き着いて力をこめると、その頭を撫でられるような感触を覚えた。

「ああ。やっぱり、あなたは・・・・・だから、大好きなんです」

にこりと、ティエリアは微笑んで、涙をこぼして、そしてロックオンの遺体と一緒に、まるで人魚姫のように光の泡となり、光の渦となってこの世界から消えてしまった。


眠ろうか。
一緒に。
いつか、またこの世界を生きるのもいいね。

柔らかなウェーブを描く髪に首筋をくすぐられて、光の泡沫となっていくティエリアは涙を流すのをやめた。

眠ろうか。
一緒に。
いつか、またこの世界をいきるのもいいな。

隻眼のエメラルドが、柘榴色の紅い瞳をのぞきこんでくる。愛している。そう唇が、音にならない音を刻む。ティエリアは、彼と深く唇を重ねて、そして人として存在していたそのティエリアは完全に愛しい人の魂と一緒に消えてなくなった。




「・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・。よかったね、ティエリア。人としての・・・・・」


ヴェーダの中で眠るティエリアはふと目覚めた。切り離した人としてのティエリアが、ロックオンの魂を見つけて一緒に逝ってしまったことに、安堵した。柘榴色を通りこして、刹那のような鮮血の真紅になった瞳を瞬かせて、残された悲しみをかみしめるわけでもなく、ヴェーダの中をたゆたうように、その情報を処理しつつ、移動する。

「僕も、愛しているから、ロックオン。イノベイドの僕もね」

刹那に向けけて、暗号で示した文章をおくった。先日刹那がヴェーダにアクセスし、ティエリアとコンタクトをとったのだ。
刹那も何か気づいているらしかった。
応答するティエリアが、あまりにイノベイドらしく、皆で仲良くやっていた頃の彼とは少し違うことに。

イノベイドとしてのティエリアは、またヴェーダの中で眠りについた。寂しくはない。
ロックオンとの思い出があるし、大丈夫。

一人ではないから。
そう、刹那もいる。
皆がいる。

ロックオンの心も、ともにいてくれる。
だから、安心して眠ろう。僕も。

おやすみなさい ロックオン

イノベイドでもある僕さえも、愛した人よ。