そんなある日









どこまでも吹き抜ける青い空だった。白い羊雲が緩やかな風に流されて、陽光は優しく大地を包んで、芽吹く命たちに平等に光を与えている。さわさわと揺れる緑の音が耳に心地よい。
空を仰ぐと、眩しい太陽が目に焼きつく。

「な〜ティエリア〜〜〜」

少し間の抜けた声で、ロックオンは自転車のペダルをこぎ続けるティエリアに声をかける。
チリリンと軽快な音をたてて、自転車は舗装された道路の真ん中をこぎ続けていく。

道路の両側には麦穂が金色の波となって揺れている。
続く道路の先は終わりが見えず、地平線にそって真っ直ぐに続いている。

「なんでしょう、ロックオン」

ティエリアのこぐ自転車の後ろに腰かけたまま、ロックオンはぼーっと空を見上げた。

「天気いいなー」

「そうですね」

チリリン。

自転車の音がやけに大きく聞こえる。
普通なら体格的に、後ろにティエリアが乗るべきなのだが、ティエリアが自分で自転車をこぐといって聞かなかったので、ロックオンが消去法で後ろに乗っかる羽目になった。
自転車は頑丈なものを選んで買った。

ティエリアとは背中合わせの格好で、自転車の後ろにまたがっている。

空が青かった。

ただそれだけのことが、まるでいつもの戦闘におわれる日々の日常を忘れさせてくれる。

雲が白かった。

当たり前のことであるが。

「どこまで行く気なんだ」

「道がなくなるまで」

「なんだよ、それ」

ロックオンは笑って、ティエリアに、自分が被っていた帽子をポスンとかぶせる。

「わーわー!前が見えない!」

それはティエリアには大きすぎて、目の前がふさがって自転車は大いによろけて地面とぶつかった。

「大丈夫か?」

「もう、悪戯はよしてください」

「悪かった。今度はやっぱり俺がこぐよ」

「どちらでも、お好きなように」

怪我は二人ともなかった。ロックオンが自転車がよろめいた瞬間には飛び降りて、横倒しになる自転車とティエリアを支ええていたから。

いつでも、ロックオンはまるで騎士(ナイト)みたいだと、二人を見る人たちは言う。
ロックオンはティエリアだけの騎士だって。

言葉にされるとティエリアは真っ赤になって否定する。

そんなことはない、と。

だったら、守られるティエリアはお姫様だろうか。

周囲の人は頷く。

でも問われると、そんなこと絶対にないと真っ赤になって否定する。どっちの場合もロックオンはにやにやして、相手に合わせるのだ。

ティエリアはそんなロックオンが、嫌いではない。

中性であるが、女のようにエスコートされることにもう慣れてしまった。けれど、戦場ではしっかりと男として見てくれる。だから、否定しない。
中性というありえない性別。両性具有でもない中途半端な体。性別を持たずに生まれてきたくせに、女性に似た器官を備えた体のことをティエリアは大嫌いだった。

でも、ロックオンと肌を重ねるごとに、中途半端な中性に生まれてきてよかったと思うようになる。

「ほら、後ろに乗って」

「はい」

チリリン。
自転車の音がする。

さわさわと揺れる麦穂は、光を浴びて金色の波となって何処までも続いている。

ロックオンと背中を向い合せにして、ティエリアは口を開いた。

「麦畑綺麗ですね」

「綺麗にはえそろった草だろ」

答えに、噴き出してしまった。

「なんですかそれ。こんなに金色に綺麗に揺れているのに」

「だから、綺麗な生えた麦って草。速度あげるぞ」

ロックオン曰く、綺麗に生えそろった草は、金色にさざめいている。
風が少しでてきた。
ティエリアは、ロックオンから渡された帽子を浅く被り直して、太陽に微笑んだ。

今日も一日平和だな、と。