螺旋する感情「ただ愛しているから」







次の日は、刹那はずっと超小型パソコンで地球に先に降りたマリナと会話をしていた。
ティエリアはそれを見ていたくなくて、刹那の部屋を抜け出した。
胸が痛くて痛くてたまらない。
そして、彷徨うようにトレミーの廊下をあてもなく歩く。
自分の部屋に向かおうと、虚ろな瞳で歩きだす。
「っと」
とんと、人とぶつかってしまった。
ティエリアは衝撃で転びかけ、ぶつかった相手に腕を引かれてその胸の中に引き寄せられる。
「大丈夫か?」
優しいエメラルドの瞳は、誰よりも愛しいロックオンと同じ色。
最近のライルは、以前は全くロックオンと似ていなかったのに、どこかロックオンそっくりになってきていた。
哀しげでどこか寂しそうな表情。
時折ロックオンも、傍にいたのにそんな表情をしていた。
愛しい人を失った表情。ライルの表情はそれに似ていた。
ティエリアは、黙っていた。
「どうした?」
ライルの手が伸びて、ティエリアの頭を撫でた。

ポロリ。

涙がいくつも零れた。
「おいおい、どうしたんだ?」
ティエリアは苦しかった。この苦しみから解放されたい。その一心で、ライルにしがみつく。
「あなたの部屋に、連れて行ってください」
「はいよ」
ライルは、ティエリアを胸に抱いたまま、自分の部屋に向かって宙を蹴った。
そのまま、ライルの部屋に入ると、涙を拭われ、唇を重ねられた。刹那の時と同じような、触れるだけの優しい優しいキス。
「ちょっと待ってろよ。ココアいれるから」
しばらくして戻ってきたライルの手には、暖かなココアの入ったコップが二つあった。
「ありがとう」
それを受け取って、中身を飲む。
甘い味が広がって、ティエリアはまた涙を零した。
「どうしたんだよ。刹那と喧嘩でもしたのか?」
「いいえ」
ティエリアが首を横に振った。動きにあわせて、肩で綺麗に切り揃えられている髪がサラサラと音を立てる。
「じゃあどうしたんだってんだよ」
「胸が、どうしようもなく苦しいんです」
「あー。なんかあったのか?」
ティエリアは語らなかった。
ココアを飲んで、空になったコップをライルに渡す。ライルはそれをテーブルの上に置くと、ベッドに座ったままのティエリアの隣に座った。
「僕は、どうしてあなたを選ばなかったんでしょうか。あなたを選べば、こんな苦しい思いはせずに済んだのに」
ティエリアの石榴の瞳から、また新しい涙が溢れた。
それを、ライルが何度も拭う。
「俺は、まだティエリアのこと愛してるぜ?」
「ライル」
エメラルドの瞳と石榴の瞳が絡み合う。
先に行動に出たのはティエリアだった。
ライルをベッドに押し倒す。
「ティエリア?」
「あなたを愛せたら、どんなに楽でしょうか」
唇が深く重なった。そのまま舌を絡ませあう。
唇が離れると、ライルが悲しげに微笑んだ。
「止めとけ。傷つくのはお前さんだぞ?」
「苦しいんです。助けてください」
ライルの衣服を脱がす。
ライルも手を伸ばして、ティエリアのポレロを脱がせた。そして、わざと音がなるように下の衣服を裂く。
そして、キスをしてベッドに組み伏せ、両手を戒めた。
きつく、わざと痕がつくように強く。
「ラ、イル」
「愛している」
服の中に手が入ってくる。
刹那とは違う手。その体温。
輪郭をなぞるような動きに肌が粟立った。
「いや!」
ティエリアが身を捩る。
ライルは止めない。
一度肌を重ねたというのに、どうしてか嫌悪感を感じた。
ティエリアは透明な涙を零す。
ライルが深く唇を重ねてくる。
足を膝で割られ、ティエリアが悲鳴をあげた。
「いやああ!!」
そこで、ピタリとライルの動きが止まった。
「ライル?」
「だから言っただろ?傷つくのはお前さんだって。もっと自分の体を大切にしろ。誰にでも抱かれていいみたいに扱うな。確かに、俺は一度お前さんと関係を持った。だけど、こんな形で関係を持ちたくない。心のない体だけの関係なんて、俺は望まない」
「ライル」
ティエリアが、涙を零しながら、ライルに抱きついた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝るなって」
「あなたを傷つけてばかりでごめんなさい。僕はどうしてこんなにも愚かなんだ。万死に値する」
乱れた服を元に戻し、ライルは脱がしたティエリアのポレロをティエリアに持たせた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。僕を憎んでくれて構いません。許してくれなくて構いません。いっそ、僕を憎んでください」
涙を零して謝るティエリアは震えていた。
「憎むことなんてできない。だって、ただお前さんを愛しているから」
なんて、無慈悲に優しくて残酷な言葉。
ティエリアの心は、けれど抉られることなく、すこしづつ満たされてくる。
「あなたを選べばよかったのに」
今更ながらに、後悔をする。
だが、刹那ほど大切な存在はない。
ティエリアは迷子になっていた。螺旋する愛の感情によって。
揺れ動くティエリアの心を落とすように、ライルが優しく抱きしめ、キスをする。
「愛している。世界中で誰よりも、ティエリアを。ティエリアだけを愛している。傍にいるよ」
「ライル、あなたは」
なんて、献身的な愛なのだろうか。まるでロックオンの愛のようだ。
ティエリアは、そのままライルに抱きこまれて、毛布にくるまって、一緒に寝た。

僕は、間違っていたのだろうか。
刹那を選んだことを。
ライルは、僕一人だけを愛してくれる。僕だけを見てくれる。
誰よりも優しいライル。
誰よりも愛しいロックオンに似たライル。

ああ。
僕は、どうすれば。

螺旋する感情が、刹那、ティエリア、ライルを巻き込んで絡んでいく。

NEXT