15話補完小説「選んだ道」







新しい銃弾を装填する。
バラバラと、中に詰まっていた古い銃弾が床に散らばる。
カチャリ。
セイフティーロックを解除する。
そのまま、銃をこめかみにあてる。
引き金に手が伸びる。

パァン!
ガシャン、パリーン!

撃たれたのは、目の前にある鏡。
自分を映した鏡を、ティエリアは無言で撃ちぬいた。
そのまま、銃をこめかみにあてる。
引き金をひく。
銃弾は、全て抜いていた。
カチリと、引き金を引く音だけが聞こえる。

「さようなら、イノベーターのティエリア・アーデ」
僕は、イノベーターではない。
同胞を手にかけた。
もう、後にはひけない。ひきたいとも思わない。
これで、いいんだ。
僕はガンダムマイスターであり、ティエリア・アーデという名の一人の人間なのだから。

そっと手を伸ばす。
割れた鏡の中に、ロックオンが立っていた。
「ロックオン」
「変わらなかった俺の代わりに、お前は代われ」
それだけ言い残すと、ロックオンの幻影はすぐに消えてしまった。
ティエリアはじっと、ひび割れた鏡を見ていた。
底の厚いブーツで、落ちていた銃弾を踏みしめる。
ジャリっ。
カタン。
手から銃が離れ、床に落ちた。
ガクンと、鏡の前に膝を折る。

「僕には分かります。本当は、あなたも変わりたかったということを」
手袋の上から、割れた鏡の破片を手にする。
「本当なら、あなたは僕の代わりに新しい道を切り開いていた。仇を討って、そして、散ることもなくガンダムに乗って仲間たちと一緒に・・・・・」
綺麗なティエリアの顔が歪む。
「変わるはずだったあなたを殺したのは僕だ・・・」
そっと、虚空に手を伸ばす。
その手を、ロックオンが握り締めていた。
「立ち上がれよ。こんなところでめそめそするな。なぁ、ティエリア。愛してるって誓っただろ。忘れたか?」
「いいえ」
ティエリアは右手の手袋をとると、親指を割れた鏡の切っ先で傷つけ、鮮血を滴らせた。
「永久不滅の愛の誓いを、あなたに」
ロックオンが手袋を脱いで、親指を噛み切る。
滴る鮮血。
そのまま、親指と親指同士をまじわせる。
からみあう鮮血が、ポタポタと床に滴っていく。
「変わるのも変わらないのもお前さん次第だ」
隻眼のエメラルドの優しい瞳をじっと見つめ、ティエリアは首を振る。
サラサラと音をたてて逃げていく紫紺の髪。
「僕は、変わりました。これからも変わっていきます。何故なら、人間だから。あなたが、僕を人間にしてくれたから」
「なら、そのまま突き進め」
「言われなくとも」
ティエリアは立ち上がる。
ロックオンの姿は消えていた。
床には、大切にしまってあったはずのロックオンの手袋と、誕生日にもらったガーネットが転がっていた。
それを拾い上げて、ティエリアは微笑んだ。
「泣きません。泣いてたまるものですか・・・・」
ぐっと、溢れそうになる涙を拳を握り締めて我慢する。
それでも堪えられず、一粒の涙が宙を舞った。
涙はその一粒だけだった。
鮮血に染まった血を舐めとり、割れた鏡をもう一度見る。
鏡の隅に、またロックオンが映っていた。
「強く生きろよ。もうお前さんは一人じゃないだろ。刹那もライルもいる。他の仲間も」
「はい。僕は、強く生きます。そして、変わっていきます。人間として歩みながら」
鏡に向かって手を伸ばすが、ロックオンの幻影はすぐに消えてしまった。
時折、人がみるべきものではないものを写すイノベーターの瞳。
幻影にように時折映るロックオンは優しく見つめてくれているが、すぐに消えてしまう。
言葉をかわしたのは、アロウズの高官が集うパーティーに女装して出席して以来か。

「僕は変わりながら生きていきます。あなたの分まで」

親指の血を舐めると、錆びた鉄の味がした。
立ち止まるな。
迷うな。
選んだ道を、ひたすら突き進め。
障害があれば、力ずくで破壊して進め。
まっすぐ、まっすぐ。
ひたむきなまでにまっすぐに。
たとえ、他のガンダムマイスターたちのように、守りたい人や存在がなくても。
選んだ道を突き進め。
その先に自分のための未来がないとしても。
世界のために、仲間たちと一緒に。

ティエリアには、ライル、アレルヤ、刹那のように守りたい存在はもうない。
一緒に未来を踏みしめる相手はいない。

それで、選んだ道なのだ。
引き返すな。
まっすぐに突き進め。

ティエリアは髪をかきあげると、唇に自分の血を塗った。
「自分の未来が見つからなくても、僕は生きて明日に向かって歩いていきます」
見えないロックオンに囁くように。

立ち止まるな。
迷うな。
選んだ道を、ひたすら突き進め。
ロックオンの分まで。
失ってしまった、愛した唯一人の大切な人の分まで。