15話補完小説「兄と弟」







「お疲れ様、ライル」
「アニューか」
コックピットから出て着替えたライルを待っていたのは、薄い紫色の美しい女性だった。
補給用のCBの宇宙ステーションで、新しく仲間になったメンバーだ。
何度か語り合い、互いに本名を名乗った。
食事も一緒にとることが多くなり、何かと行動するときも一緒になることが多い。
恋人ではないが、アニューのような女性を恋人にできたらと、ライルは思う。
しとやかで、理想的な女性。
「はい、これ」
いつもライルが好んで飲むスポーツドリンクを渡された。
「ありがとさん」
ライルは、ハロを片手に中身を受け取った。
「それじゃあ、私はこれで」
「アニュー」
「はい?」
「いや、なんでもないんだ」
ライルは、かけようとしていた言葉を飲み込む。
なんで俺なんかに構うのだと聞こうとした。答えはきっと、理想的なものではないだろう。
だから、あえて聞かない。
今の関係を壊したくないから。
「なぁ、ハロ。アニューみたいなのをお嫁さんにできたらいいとおもわねぇか?」
「ロックオン、ウワキ、ロックオン、ウワキ」
「はは、浮気か〜。ティエリアにぶっとばされるかな?」
ティエリアに愛を囁いておきながら、アニューが気になるといってしまえば、ティエリアはすぐにライルから離れてしまうだろう。
時折、ライルの部屋に泊まってくれることもなくなってしまうかもしれない。
刹那とライルとティエリアは、すぐにでもバランスを崩しそうな三角関係だ。
「ティエリア、ティエリア」
ハロが飛び跳ねる。
「ん?」
トレミーの廊下を、まっすぐにティエリアがこちらに向かって歩いてくる。
「よー、ティエリア」
一瞬、ビクリとティエリアの体が強張った。
「どうした?」
「いいえ、なんでもありません」
「その手どうした?」
右手の手袋は外され、親指に包帯を巻いていた。
ティエリアは迷わず答える。
「変わらなかったあの人のために、僕が変わるんです」
「はぁ?」
「永遠の愛の契りを、ロックオンとまたしました」
「ええと?兄貴の幻覚でも見たか?
「似たようなものですね」
「まじで!?」
ライルが顔を蒼くする。
実は、ライルは兄のニールと一緒でホラーものが大の苦手だった。
亡霊とか、そういう類はとにかく苦手だ。
「あなたにも、分かりますよ。ニールの弟であるあなたになら」
「んーと。よく分からないんだけど」
「人は、変わりながら生きていくということです」
「それは分かる」
「ニールは、変われなかった。その分まで、変わっていけということです」
「兄貴の分まで、変わっていけか。そんなこと言われなくても当たり前のことだな」
「だから言ったでしょう。ニールの弟であるあなたにも分かると」
ティエリアは、美しい女神のような白皙の顔を、背伸びしてライルに近づけさせる。
そして、唇に触れるだけのキスをする。
「ティエリア・・・」
抱きしめようとすると、するりとその手から逃げていく。
「アニューさんが気になるのではないのですか?」
「う、それは」
「ニールは、確かに深くあなたを愛していましたよ」
不思議な言葉を残して、ティエリアは去ってしまった。
そのまま、ライルはすることもなく時間を潰し、やがて就寝時間になって眠りにつく。
夢を見ていた。
白い白い翼の中に、裸のアニューが立っていた。
頬を包み込まれ、囁かれる。
音は聞こえなかった。
風がうなる。
アニューの姿は消えていた。かわりに、ニールが立っていた。
「兄貴?」
「変わらなかった俺の変わりに、お前は変われ」
手を伸ばすと、確かに兄のニールだった。
「兄さん!」
抱きつくと、ニールは困ったような表情を浮かべた。
「ガキじゃないだろ、ライル。困った奴だな」
「兄さんがいけないんだろ!俺をおいて勝手に先に逝っちまうから!」
兄の死を受け入れているため、涙は零れなかったが、それでも悲しい気持ちが溢れてくる。
「このバカ兄貴!」
「ははは、簡便。ティエリアのこと、頼むな。あいつ、危なっかしいから。刹那と一緒に、支えてやってくれ」
「言われなくても!」
白い白い翼に、ニールが抱きこまれる。
そのまま、ニールは笑った。
「人は、変わって生きていく。ライル、お前も変わったな。カタロンの仲間であれ、CBの仲間であれ、その仲間を思う気持ちを忘れるなよ」
「兄貴!」
ニールは、はためく白い翼の波に飲み込まれてしまった。
飛び起きる。
全身に汗をかいていた。
知らない間に、涙を零していた。
「くそ!」
荒々しく、枕を投げ飛ばす。
そのまま部屋を出る。
廊下でアニューにあった。
「こんな時間にどうかしましたか?」
アニューを抱きしめる。
アニューは何も言わず、ライルを抱きしめ返した。きちんと、ある程度の距離を保ったまま。
「ライル、あなたは」
トン。
ライルは、アニューを突き飛ばした。
そのまま、駆け出す。
「ライル!」
アニューの声を無視して、ティエリアの部屋の前までくると、ロックを解除して勝手に中に入る。
「誰だ!」
素早い反応で、ティエリアは近くにあった銃をライルに突きつける。
「ライル?」
ティエリアは銃をおろした。そのまま、薄暗い闇の中、金色の光るティエリアの瞳を見つめる。
ティエリアの手が伸びる。
「泣いて、いたのですか」
荒々しく抱きしめると、そっとティエリアは抱きしめ返してきてくれた。
甘い花の香りがする。
「一緒に寝てもいいか?」
ティエリアは穏やかな表情でライルの髪を撫でると、無言で毛布を広げる。
「ありがとな」
そのまま、ティエリアのベッドにもぐりこんで一緒に眠った。
アニューでは癒されなかった心が、癒されていくのを実感していく。
「あなたは、アニューが好きなのではないのですか?」
「わからねぇ」
「そうですか」
それ以上、ティエリアは聞かなかった。
そのまま、お互いを抱きしめあう形で静かに眠りについた。
ライルが誰を好きになるのも、誰かを愛するのもライルの自由だ。
そのままティエリアから離れていくのも。
人は変わる。人の想いも変わる。
何度愛しているといわれても、結局変わってしまう。
ティエリアは、胸の苦しさに吐息をつきながらも、無理やり眠りについた。

僕は変わる。
でも、変わらないものもある。
それは、ニール対する愛。
それだけは、たとえ何百年たとうとも変わらない。
ずっと、永遠に。