それは神の子ではなく「不滅の薔薇園」







「ロックオン。会いたかった」
ティエリアは、白皙の美貌を輝かせ、古城の庭でロックオンを出迎えた。
誰も使っていないはずの古城は、とても綺麗に整えられ、庭の薔薇園でさえも美しく咲き誇っていた。

「こんな小さな薔薇の花束じゃあ、この薔薇園に負けちまうな」
ロックオンが手にしていた白い薔薇の花束を、ティエリアは喜んで受け取ってくれた。
あまりの喜びように、ロックオンも苦笑してしまった。
ティエリアと出合ったのは、小さな町外れだった。
見たこともないくらい美しい少女に、ロックオンはすぐに惚れてしまった。
その少女が、少女でも少年でもないことを知ったのは、かなり後のことだ。
ロックオンは気にしなかった。

「ティエリア、愛しているよ」
「僕も愛しています、ロックオン」
二人は、互いを抱きしめあうと、唇を重ねた。
「・・・・血の味?」
ロックオンが、首を傾げる。
ティエリアは、慌てて言いつくろった。
「その、つまづいた時に口の中を切ったんです」
「そうか。怪我は大丈夫か?」
「はい。大したことはありません」

ティエリアは、リジェネの言葉を思い出していた。
人間なんて信用できないから、決して近づいてはいけないと。
けれど、ロックオンは違う。今まで接してきた人間とは全く違う。
ただ、ティエリアの美貌だけに惹かれ、近づいてきた人間は皆、顔には出さないけれど、薄汚い欲望をその心の中に渦巻かせていた。

けれど、ロックオンは違う。
出合った時、ティエリアはベールで顔を隠し、わざとボロボロの衣装をまとっていた。
街角で何もすることなく佇んでいたティエリアに声をかけたのは、ロックオンのほうだった。
その服では肌寒いだろうからと、見ず知らずにティエリアに、自分の着ていた高級そうなコートを羽織らせて、そのままロックオンは消えてしまった。
ティエリアは、コートを羽織ったまま、古城に帰った。
リジェネからのお咎めはない。リジェネも、双子のティエリアを愛しすぎているが故に、だからといって古城に監禁するわけでもなく、自由にさせていた。
いつどこに出かけようと、ティエリアの自由だった。

ティエリアは、次の日もその町の同じ街角に立っていた。
黒いベールで顔を多い、昨日のようなボロボロな衣装ではなく、ありふれた町娘のような格好で立っていた。
ちらちらと、雪が降り始めた。
ティエリアは、黒いベールごしに曇り淀んだ空を見上げる。
「また会ったな、お嬢さん」
背後から声をかけられて、ティエリアは吃驚してしまった。
「またそんな薄着で、寒くないのか?」
ロックオンの問いに、ティエリアは首を振った。
ロックオンは、また上着を脱いでティエリアに被せてくれた。
そのまま、またロックオンは立ち去ってしまう。

次の日も、ティエリアは街角に佇んでいた。
もう、上着をかけてもらうこともないように、真っ白なミンクのコートに身を包み、けれど顔を覆う黒いベールだけはそのままで。
ロックオンは、その日も会いにきてくれた。
何をするわけでもなく、数分一緒に佇むだけ。
「今年の冬は寒いな」
「ええ、そうですね」
始めて聞いたティエリアの声に、ロックオンは笑った。
「やっと口を聞いてくれた」
「あ」
「俺の名前はロックオン・ストラトス。あんたは?」
「私は、ティエリア・アーデ」
「ティエリアか。綺麗な名前だな」

ティエリアは、人間と口を聞いてはいけないとは言われていなかったが、なるべく会話はしないようにと、強くリジェネから言いくるめられていた。
それを忘れて、言葉を口にしてしまった。
リジェネになんていえばいいんだろう。

ティエリアは、そのままロックオンと街角で会話をした後、別れた。
リジェネは、いつも決まった時間にティエリアが外出することに懸念を抱いたが、止めることはしなかった。
誰よりも愛しいティエリアのためだ。

そんな風に、毎日毎日会って、会話をしていくうちに、ティエリアはロックオンに会うことを何よりの楽しみにしていた。
「お嬢さん。今日はプレゼントだ」
ロックオンの手には、一輪の真紅の薔薇があった。
それを受け取って、ティエリアは綻ぶように喜んだ。
思わず、頭の帽子をとる。一緒に、顔を覆っていた黒いベールも外れてしまった。
素顔が露になる。
ティエリアは、真紅の薔薇を受け取ると、微笑した。
「ありがとう」
その女神の化身のような美貌に、ロックオンが言葉を失った。
別に、卑しい目的があって近づいたわけではなかった。ただ、いつもずっと一人で寂しく佇んでいる姿が可哀想で、つい構っただけだった。
それから毎日のように会い、会話をする。
ロックオンにとっては、一人秘密の友人が増えたような感覚だった。

雪よりも白い肌。石榴色の大きな瞳。桜色の唇。華奢な体と、紫紺のサラサラな髪。渡した薔薇のような紅をたたえる瞳は、最高級のガーネットだろうか。
ピジョン・ブラッドのルビーよりは、色は明るくみえた。

ティエリアは、白皙の美貌を無邪気に微笑ませて、ロックオンから貰った真紅の薔薇に口付けする。
ふわりと、紅い光が輝いた。
魔力をもつ人間が世界に存在する中、そんな現象は100%不思議な光景でもなかった。
こんな街角で魔力を持つ人間に会うのは少し珍しいかもしれないが、都会にいけば魔術師協会もあるし、いろな種類の魔法を唱える魔法士だって存在する。
少女は、その魔法士の卵のような存在なのだ。
ロックオンはそう思った。

次の日も、ティエリアは佇んでいた。
それでも、黒いベールをしたままで、ロックオンが小さなレストランに誘うと、ティエリアは何も言わずについてきた。
そこで軽く食事をして、ロックオンは自分の家にティエリアを招いた。
レストランで黒いベールを外したが、集まる視線の数が半端ではなかった。
ティエリアも、居心地が悪そうだった。
ロックオンの家は、小さな一戸建てで、部屋に案内するとティエリアはソファに座って、石榴の瞳を輝かせたかと思うと、火種のない暖炉にポッと火が点った。

「お前さん、魔法士の卵かい?」
ロックオンが、上着を脱いでハンガーにかけると、ティエリアの魔法に驚くこともなく、問いかける。
ティエリアは、なんと答えればよいのか分からなかった。だが、リジェネに簡単に魔力を人前で使ってはいけないといわれていたのを思い出し、反省する。
「どうした?」
魔力をもつ人間は、持たない人間にとってはある意味脅威である。
ちゃんとしたルールによって、人間社会では魔力ある人間はその世界へ出世することが決まっていた。
「はい、私は魔法士の卵です。今年は、試験を受けるために、はるばる田舎からここまで出てきたのです。まだ試験の期間ではないので、あの町の近くに滞在しています」
「そっか。やっぱりな」
ロックオンは合点がいったのか、納得したようだった。
人間社会の魔法士は、春になると一斉に出世試験や、魔法士となるための初級試験を受けたりする。
言い訳にするには、ぴったりだろう。

パチパチと爆ぜる暖炉の火でぬくもりながら、ティエリアは涙を零した。
「どうした?」
ロックオンの手が伸びて、ティエリアの涙を拭う。

いけないのに。
人間と深く関わってはいけないのに。
あれほど、リジェネに注意されていたというのに。

人間という生き物はとても残酷で、汚らわしい生き物だとリジェネは言っていた。
だけど、街中で見かける人間たちは、皆生き生きとしいて、とてもリジェネが言った存在のようには見えなかった。
街角に佇んで、時を止めてしまった自分を呪うように、人々が生きていく光景を目にする。
それだけで良かったのに。

ティエリアは涙を零した。
「まいったな、泣き止んでくれよ」
ふわりと抱き込まれて、ティエリアは嗚咽も零さずにただ泣いた。

それから、数週間。何度もロックオンの家に通った。
一緒に町を出歩き、話し合い、買い物をしたり、食事をしたりして、笑いあった。
そして、ティエリアはついに、ロックオンを自分が住む古城に招待した。


「それにしても、凄い薔薇だな。冬なのに、こんなに綺麗に咲き誇って。やっぱり、ティエリアの魔法によるものなのか?」
美しい庭一面に広がる薔薇の海。
ティエリアは、隠すことなく答える。
「はい。私が、魔法で育てました。手入れは自分でいしています」
「こんな広大な庭を、一人でか?他に、住んでる者はいないのか?メイドとか」
「この城には、私と双子の兄のリジェネしか住んでいません」
「へぇ。メイドがいなくても平気なのか?」
「はい。魔法でなんとかなりますので」
嘘ではなかった。
ヴァンパイアは皆魔力を持っている。魔法だって、当たり前のように使えた。
それは、リジェネもティエリアも同じだった。
「この庭は、不滅の薔薇園なんです。冬になろうとも、枯れることを知らない」
「ふうん。温室で苦労して薔薇を育ててる人間からは、喉から手が出るくらいに欲しいだろうなぁ」

「ようこそ、私たちが住む古城へ。あなたがはじめてのお客様です」
ティエリアは、そのままロックオンを古城の中に案内した。

NEXT