それは神の子ではなく「墓標」







古城は、いつも薔薇を咲きほこらせた薔薇園があった。
古城には、二人のヴァンパイアの双子が住んでいた。

名前を、リジェネとティエリアという。
今はもう、昔のお話。

「ティエリア、愛してる」
ロックオンは、今日も古城の庭に来ていた。
粗末な十字架の墓。
そこが、愛しい人の墓だった。

もう、これで2年目になる。
この墓を毎日のように訪れるようになって。
古城の薔薇園は、手入れする人もいないのに、以前と美しく薔薇を咲き誇らせたままだ。
その中に、地上ではありえない蒼い薔薇を咲かす場所があった。

ロックオンは、その蒼い薔薇を摘むと、いつもティエリアの墓に捧げた。
不思議なことに、蒼い薔薇は摘んでも摘んでもすぐに咲いてくる。
まるで、永遠の命があるかのように。

ロックオンは、ヴァンパイアと人間が共存できるように、保護区を広めた。
そして、各地から隠れ住んでいたヴァンパイアを集め、保護区に住まわせた。

そこでは、かつて遠い昔の物語のように、ヴァンパイアと人が共存して暮らしていた。
かつてのヴァンパイアハンターたちがヴァンパイアを守る存在となった今、敵対勢力である王室は手を出すこともできない。
そして、王室で飼われていたヴァンパイアも助け出され、全員が人間の治癒魔法によって自我を回復させた。
ヴァンパイアたちは、報復することもなく、人との共存を受け入れた。
保護区で人間と一緒に住んで、普通に人間の中に混じって暮らした。
ヴァンパイアと人の子供が、一緒になって笑い合った。

ヴァンパイアは、完全に吸血行為を止めた。
そして、自然のエナジーだけを吸収して静かに生きた。
自然のエナジーでは足りないときは、血液バンクが力を貸してくれた。
ヴァンパイアは、人を狩ることもなく、そして狩られることもなく平和に、そう、遥か昔の古代のように共存を取り戻して人間と一緒に生きた。

「ティエリア、愛しているよ」
ティエリアに買ってあげた髪飾りが、ロックオンの手の中で輝いていた。
ティエリアの瞳の色のガーネットだ。

「愛しているよ」
愛の言葉は、風の囁きと一緒に流れていってしまう。

どこからか、歌声が聞こえてきた。


世界が終わる日 世界が終わる日
あなたがいなくなる日 あなたがいなくなる日
世界が終わる日 世界が終わる日
この世界からあなたがいなくなった日
追いかけても追いかけても追いつかない
どんなに手を伸ばしても伸ばしても届かない
どんなに泣き叫んでももう届かない
絶叫してももうあなたには届かない
あなたの笑顔が もう一度見たい
あなたの温もりが もう一度欲しい
世界が終わる日 世界が終わる日
あなたがいなくなる日 あなたがいなくなる日
世界が終わる日 世界が終わる日
この世界からあなたがいなくなった日
夢の中だけでも会えたらと 叶わぬ願いを口にする
魂だけとなっていつかいつか めぐり合えたらいいのにね
どんなに姿かたちがかわっても 俺にはわかる
愛したあなたのこと 愛したあなたのこと
追いかけても追いかけても追いつかない
どんなに手を伸ばしても伸ばしても届かない
あなただけを愛しているのに 愛しているのに
こんなに 狂ってしまいそうなほど あなたを愛しているのに
あなたがいなくなった日 それは世界が終わる日


その歌声は、この古城の近くに移り住んだ歌姫の歌声だった。
歌姫は、時折美しい声で歌ってくれた。
それを聞くのが、ロックオンは好きだった。

ロックオンが立ち上がる。
空を見上げると、蒼い薔薇のような爽快な青空が彼方まで広がっていた。
降り積もっていた雪は、とっくの昔に溶けてしまった。
今は、初夏だ。
四季の移ろいを感じながらも、ロックオンの時間はそこだけが凍てついたようだった。
十字架に、花で編んだ花冠を被らせる。

ティエリアの笑い声が聞こえた気がした。
無邪気で、無垢であどけない無性の神の子。
神の子ではないヴァンパイアでありながら、「神の子」の証である無性をその身にもった奇跡の存在。

「世界が終わる日か・・・・・」
救えなかった愛しい存在をまだ愛している。
不幸な事故と片付けるだけなら早い。
立ち直るにもそれなりの時間がかかった。

新しい旅立ちを、ロックオンは拒んだ。
いつまでも引きずるように、古城にやってきては、ティエリアの墓に墓参し、愛していると囁く。
もう何回愛しているといっただろう。
それさえも分からない。

ヴァンパイアは、死ぬと遺体を残さず灰となって消えてしまう。
わかってはいたが、辛かった。
葬儀も出せなかった。
灰となって、消えてしまったティエリア。
振り返れば、またティエリアが笑って、くるくる回りながらロックオンと笑顔で駆け寄ってくる気がした。

「なぁ、俺はお前を愛しているんだ。今も、ずっと」
墓標の前に佇みながら、ロックオンは哀しげに目を伏せた。
あれから、もう2年も月日がたつというのに。
仲間の元ヴァンパイアハンターは、ロックオンのことが理解できないようだった。
ただ、同情はしてくれた。
だが、いくら誰かに同情してもらっても、真実は変わらないのだ。
「愛しているよ、ティエリア」

眩しい太陽の光が、燦燦と輝いている。
ロックオンはそれを見上げて、目を細めた。


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