強い覚悟









「大丈夫?ティエリア」
アレルヤが、ティエリアの残したトレイの中身を見た。
食事は大半が残されており、ティエリアが受けたアリーの生存によるショックの大きさを改めて実感させられた。
ロックオンは、アリーを殺して家族の仇を打って散ったはずだった。だが、現実にはアリーは生きていた。ロックオンは、 家族の仇を打つことができずに、その命を散らせてしまったのだ。
「ティエリア、辛いなら横になってたほうがいいよ」
「そうする。すまない、アレルヤ」
ティエリアは、トレイを片付けると絶世の美貌を曇らせた。
イオリアの計画を進めるイノベーターという存在。イノベーターでありながら同胞と敵対する自分の存在。アリーの生存。ロックオンの死。様々なことが脳裏を過ぎり、うまく思考が纏まらない。
自室のロックを解除すると、ティエリアはベッドに倒れこんだ。
食事も思うように喉を通らない。
ロックオンの仇が生きていた。ロックオンは、家族の仇を討てなかった。
「ロックオン。あなたの仇は、必ず僕の手で討ってみせます」
自室の天井を見上げながら、ティエリアは目を瞑った。
ライルに、兄の死についての詳細を話した。ニールの死が利き目を失ったことによるものだということは、ライルも知っていた。 だが、ニールが家族の仇を討つ為に死んだということは話していなかった。
「アリー・サーシェス」
ギリっと、ティエリアは唇を噛んだ。
アリーは、ロックオンの死を、利き目を失っていながら戦場に出てくるからだと言っていた。
そして、ロックオンの利き目を失わせたのは誰でもないティエリアのせいだ。ティエリアを庇って、ロックオンは利き目を失った。
それでも彼は、戦場に出た。
そして、結果は。
ティエリアの傍に、いつも穏やかな表情をしていたロックオンの姿はもうない。
乗り越えるのは本当に大変だった。イノベーターでありながら、ティエリアは人間であるロックオンを愛してしまった。ロックオンもティエリアを愛してくれた。
愛した人を失って平静でいられるほど、ティエリアは強くなかった。
ガンダムマイスターたちとの再びの邂逅が、ティエリアの生きるという決意を強いものにしていた。だが、イノベーターとの 接触により、ティエリアは自分の存在に疑問を抱くようになっていた。
そこへ、追い討ちをかけるかのようなアリーの生存。
ティエリアは、彼らしくもなく、戦場で感情に駆られるままにアリーに立ち向かった。
刹那の強い静止と、ミス・スメラギの帰還命令がなければあのままアリーを追いかけていただろう。
ライルは、真実の全てを受け止めながらも平静を保っていた。そして、10年も前に失った家族のために、未来よりも私怨を選んだ彼を 尊敬しているのだといった。
それはティエリアにも同じことだった。ロックオンの人間らしい感情は、ティエリアを人間にしたのだ。そのロックオンの行動を 否定することはしない。
そうまでして、家族の仇を討とうとしたロックオンに尊敬の感情を抱きながらも、自分を残して死んでしまった彼の行動を止められなかったことに後悔もした。
遅かれ早かれ、ロックオンはアリーを討つために、いつか命を散らしていたのかもしれない。
しかし、もしも利き目が万全の状態であれば、彼はもしかしたら生きていたかもしれない。生きて、今も自分の横で穏やかに微笑んでいてくれたかもしれない。
ロックオンを殺したのはアリーであるが、ティエリアにとっては自分がロックオンを殺したようなものだった。
彼が、自分を庇わずに傷を負っていなければ、ロックオンはあんな最後を遂げることはなかったかもしれないのだ。

「ロックオン。あなたは、僕を責めなかった。僕を責めていたなら、僕はきっとこんなに切ない想いをせずにすんだかもしれない。 あなたの優しさが、僕には辛かった」
ロックオンは利き目を失ったことについて、一切ティエリアを責めなかった。
いつもと同じ表情で、優しく笑ってくれた。
いっそ、ティエリアのせいだと責めてくれれば、悔恨に満たされたティエリア傷つきながらも、それを受け入れただろう。
ロックオンは、ティエリアのせいだと一言も言わなかった。
自分を責めるティエリアに、ロックオンはこれは自分のせいなのだといって慰めた。
「あなたの優しさのお陰で、僕はイノベーターにならずにすんだ。僕は人間であれることに感謝した。けれど、今僕の前に 同じイノベーターが現れた。その存在が、僕の存在を揺るがしている」
同じイノベーターという存在が、ティエリアには脅威だった。
世界の歪みであるイノベーターと、ティエリアは同じ存在なのだ。世界を傷つけるイノベーターと、同じ存在。人類を超越した、 新人類。
ティエリアは人間であると自負している。
だが、イノベーターたちはティエリアの存在を人間ではないと否定する。自分たちと 同じ同胞であると、中身に入らないかと誘ってくる。
「あなたの仇は、絶対に僕が討つ……」
イノベーターという存在に戸惑いながらも、ティエリアは目を開けた。
そして、強い決意を漲らせた石榴の瞳で天井をじっと見上げた。
アリーを殺す。誰でもない、僕の手で。
それこそ私怨であったが、ティエリアには構わなかった。
ロックオンを殺したアリーを殺せるのであれば、本望だ。

シュン。
扉が開いた。
ティエリアは自然とそちらの方を振り向いた。
ロックはかけていたが、解除できるとしたら暗号を教えている刹那だろう。
「ティエリア、食事を残したそうだな」
「すまない。アリーが生きているというだけで、腸が煮えくり返るようで、食欲がなかった」
「アリーに、ロックオンの死が、利き目を失ったまま戦場に出てくるから、死んだんだと言われたせいだろう?」
刹那は、ティエリアの心境を見通していた。
「刹那には、かなわないな。その通りだ」
「ティエリア、自分を責めるのはよせ。ロックオンの死はアリーのせいだ。仇を取るためにも、アリーは俺たちの手で仕留めるんだ。必ず」
「ああ。必ず、僕たちの手で」
「アレルヤとライルが心配していたぞ。食欲が出たら、いつでもいいからちゃんと食事をとるんだ。いいな?」
そう言って、刹那はティエリアのベッドに腰掛けた。
そっと、紫紺の髪を撫でる。
その手つきは、ロックオンに似ていた。
錯覚を起こしそうになりながらも、ティエリアは刹那のルビーの瞳を見た。
「落ち着くまで、傍にいる」
刹那は、穏やかな表情を浮かべていた。
「いつもすまない。どうして僕は、こんな時強くいられないのかと、自分でも悔しくなる」
「ロックオンがくれたものを、悔しがる必要はない」
「ロックオンの心情が、今ならよく分かる。アリーを殺せるなら、僕はこの命が果ててもいい」
ロックオンが守ってくれた命だ。
ロックオンのために散らせるのなら、本望だ。
「馬鹿な考えはよせ。ロックオンは、そんなことを望んでティエリアを守ったんじゃない。ティエリアに生きて欲しいから、ロックオンは ティエリアを庇ったんだ。彼の行為を無駄にするつもりか」
「刹那」
「生きて、アリーを討つんだ。俺たちの手で。そして、生きて世界の歪みを正すんだ。生きていなければ、意味がない」
「アリーは、必ず殺してみせる」
強い殺意を漲らせた石榴の瞳を、刹那は静かに見守っていた。
「生き残るんだ。そして、アリーを討って、ロックオンの墓に報告にいこう。いつか、必ず」
「いつか…必ず」
ティエリアは、刹那の言葉を復唱した。
そして、刹那の手を取った。
「僕たちの手で。ロックオンの仇を取ろう」
「ああ。俺たちの手で」

二人は、揺ぎ無い心で誓い合った。
ロックオンの仇は、絶対に取ってみせる。

誰でもない、ガンダムマイスターの手で。