世界が終わってもV「人間になること」







「らーらららら」
ティエリアが、珍しくキッチンに立っている。
ドガシャン、ダン、ドボン!グツグツ、ブシュワアア、ジュウウウウ、ギュギリリリリリ・・・・最後のほうはわけの分からない音まで混じらせて、唄を歌いながら料理を作る。

「らーららら。これは始まりの言葉、これは始まりの呪文、愛しているとあなたに伝えるためのコトノハ。サヨウナラ、コノ世界デ、イツカキット。らーらららら」

ぶしゅううううううううう。
すごい煙がキッチンに巻き起こって、2階にいたリジェネのほうにまできて、リジェネはたえきれずに換気扇をつけて、げほごほとせきをして煙で涙目になりながら、ハンカチを取り出す。
「なんだぁ?火事かぁ?」
いや、家事です。ティエリアは火事ではなく、家事をしているんです。

もくもくとした煙の量に、テープライターの仕事をしていたニールが急いでキッチンにいくと、そこには顔を煤で黒くしたティエリアが笑顔で立っていた。
「できました!」
「そうか」
冷や汗をたらしながら、ニールは奥の部屋からタオルをとりだし、水でぬらすとティエリアの顔ををぬぐってついた煤をとってやる。
ゴポッ、ゴポッ・・・・。
ティエリアの背後で、異様な匂いを漂わせる蒼い物体を、ニールは見てみぬふりをした。

そう、まるで庭に咲いたマリナ・ブルーローズのような綺麗な青紫の物体。
卵を使っただけなのに、そんな色になるなんて天才だと、ニールは思った。
「ちょっと、なんなのさ、この煙!」
少し長くなってきた髪をポニテールにして、でも天然パーマなのでいろんな方向にくりんくりんと丸くなっているが、今日のティエリアのリボンの白とお揃いのリボンで結んだリジェネが降りてくる。
「ニール!火事だよ!」
「いや、家事だから」
「はい、家事です」
ティエリアはにこにこしていた。それはもう、天使のような微笑を。最上級の笑みに、リジェネがほわんととろけて、ティエリアの横に並ぶ。

同じシンメトリーを描くが、ティエリアはとても柔らかく、そしてリジェネはきつめだ。同じ美人でも、種類が違う。
ティエリアもきつい美人ではあるが、ニールが隣にいるときはめろめろにとろけて、優しい顔になるので、全体の雰囲気は柔らかい。反対にリジェネは芯がしっかりしており、性格もきつく強めの美人。ティエリアのように素直に感情を吐露することも少なく、どちからというと一歩人から離れている。でも、ティエリアが隣にいると、ニールの隣にいるティエリアのようにとろけるので、同じ家に住み始めてリジェネも随分変わったと思う。
喜怒哀楽という感情が薄っぺらい人形のようだったリジェネ。同じように、ニールに再会するまで、喜怒哀楽というものを忘れてしまったティエリアと一緒に暮らしていた頃は、人形館とこの家は呼ばれていた。

人間とは思えない美しい双子が、人形のように住んでいる。人形のような表情で。
当時のリジェネはティエリアと一緒にいてそれなりに幸せと感じていたが、今ほど幸せと感じたことなないだろう。ニールが還ってきたことで、ティエリアは感情を取り戻した。そのティエリアがとても愛しい。
なんて愛は素晴らしいのだろうかと、リジェネは思う。イノベイターとして、リボンズの隣に並び、リボンズに寵愛されて人間を見下していたのに、今のリジェネはもう、人間そのものだ。そう、ティエリアのように、人に愛され、愛することを知ったリジェネは人間になったのだ。リジェネを人間にしたのは、半身のティエリア。

「リジェネ。玉子焼き食べる?」
ゴポッ、ゴポッ。
背後では、蒼い物体が異様な匂いと音をたてている。
「食べる!!」
リジェネは胸で手を合わせて喜んだ。

ああ。
知らないって、なんて幸せなのだろうか。

ニールは、食べないかといわれることを恐れながらも、いざとなったら腹壊してるって言い訳しようと、その場にいる覚悟はあった。
「はい、どうぞv」
語尾にハートマークまでつけられて、リジェネはほわんととろけた。





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