仲良しマイスターズ









「はぁ」
刹那は、思いっきりわざとらしくため息をついた。
それも、思いっきり大きく。
「はぁ〜〜〜」
ズルズルと、長いため息が刹那の口から這い出てきた。

スパーン。
ロックオンが、刹那の頭を持っていたスリッパではたいた。
「はぁ〜じゃないでしょ、この子は。もっと、こう、雰囲気を大事にしなさい!」
「無理をいうな、ロックオン・ストラトス」
刹那は、はたかれた頭を撫でながら、ロックオンを見上げた。
ここは、日本の経済特区東京にある刹那の家。
刹那の家は、一軒家で、賃貸式のもので、刹那がこの家を借りてからすでに数ヶ月がたっていた。
そんな刹那の家に、何故ロックオンがいるのかというと。

ロックオンとアレルヤが、二人で会議をして、年をこしてあけた次の年は、刹那の家で皆で過ごそうと決めてしまったのである。
それに、刹那とティエリアが猛反対した。
刹那は、東京の家に戻るつもりであったが、クリスマスの時でこりた。
もう、マイスターズたちを家にあげてのイベントはこりごりだ。
それなのに、ロックオンとアレルヤは、年明けを刹那の家で祝いたいという。
同じように、ティエリアも猛反対した。
地上嫌いなティエリアは、年明けもトレミーで過ごすつもりであった。
祝い事には疎いティエリアにとって、年明けなどどうでもいいことだった。大切なのは、今という時間をいかに有効に使うかである。
結局、ロックオンとアレルヤに押し切られ、刹那は自分の家にロックオン、アレルヤ、ティエリアを迎えることになった。
ティエリアは、半ば無理やり、攫われるような形で。
ティエリアも刹那のようにため息を吐いていた。
なのに、ロックオンは、ティエリアの頭をスリッパではたくような真似はしない。
ティエリアがため息をつくと、傍によって、「ほらほら、ため息なんてつかないの」と囁きかける。

差別だ。
あきらかな差別だ、これは。
おのれ、ロックオン・ストラトス。いつか見ていろ・・・・。

そう思う刹那であったが、ガンプラがいっぱい飾られた自分の家にいると、ほっとしてしまう。
トレミーの自室にも、ガンダムのガンプラは飾ってあったが、限度というものを知れとロックオンに怒られた。
いっぱいあったガンプラは、捨てられることなく、結局は刹那の家を飾ることになっていた。

「俺はガンダムだ。ガンダムなのに、何故にこんな目に」
刹那の顔には、マジックでラクガキがされていた。
羽子板トーナメントで負けたせいであった。
同じように、マジックで顔に〇や×を書かれたアレルヤが、刹那の顔を見て笑った。
「あははは、刹那、肉だよ肉。よりによって肉。あははははは」
苦しそうにおなかを抱えて、笑い転げる。
刹那の額には、肉の文字が書かれていた。
羽子板で負けたら、墨の変わりにマジックで顔にらくがきされる。
その内容を知った上で、戦いに挑んだが、刹那は一番に負けてしまった。
そして、ロックオンからマジックで顔にラクガキをされた。
普通なら、アレルヤのようにまる、ばつで終わるはずなのに、ロックオンは刹那の額に肉の文字を書いた上、頬に俺はガンダムだと書いた。
その出来栄えに、ロックオンも声をあげて笑っていた。
「あははは、刹那、すっげー似合ってる。肉だ肉、ひーーーっ」
ばんばんと、床を叩いて転げまわる。

一番の勝者であるロックオンの顔にラクガキはない。
「セツナ、セツナ、ニク、ニク。セツナ、ダサイ、セツナ、ダサイ」
「うるさいハロ!」
刹那が、自分の周りを飛び跳ねるハロを捕まえると、お返しだとばかりにマジックで肉とかいてやった。
「ああああ、俺のハロがああああああ」
どうだ、少しは思い知ったか。
「あはははは、ハロまで肉だ。あはははは」
アレルヤが、明るい笑い声をあげた。

クスクスクス。
そんな皆の様子に、控えめにティエリアが笑う。
ティエリアの顔にラクガキはなかった。
トーナメントであるのだから、勝者がロックオンである限り、敗北者であることに代わりはない。
なのに、ロックオンときたら、ティエリアの顔にラクガキはせず、おしおきだと、額にデコピンをしたのである。
その絶世の美貌に、ラクガキをすることができないのはわかるが、しかしだからといって、一人だけ特別すぎないか。
刹那は思った。
アレルヤにも、ティエリアは負けた。
だが、アレルヤもティエリアの顔にらくがきはせずに、ロックオンのおしおきとは違ったが、そのほっぺをムニーっと引っ張った。
それに、ロックオンが明るい笑い声をあげる。刹那も、絶世の美貌がムニーっと歪む姿に、思わず声をあげて笑ってしまった。
刹那は、アレルヤに無理やりマジックを持たせた。
だが、アレルヤは結局、ティエリアの顔にラクガキしなかった。
アレルヤは、負けた刹那には、マジックで髭をかいていた。
なのに、ティエリアにはラクガキしない。同じように、ロックオンもティエリアの顔にラクガキしない。

差別だ。
これは差別だ。
いくら少女のように可憐だからといって、一人だけおしおきを逃れるのはずるい。
刹那は、マジックを持ち出すと、ティエリアの前にやってきた。
「あははは、刹那、その髭よく似合っている。アレルヤも、うまく描いたものだ」
朗らかに笑うティエリアの前にきて、キュポンとマジックの蓋をとった。

いざ、参らん。

じっと、石榴の瞳が自分を見つめてくる。
笑いすぎたせいか、潤んだ瞳は、ティエリアをより可憐でかわいい生き物に見せていた。

い、い、いざ参らん。

「刹那?」
きょとんと、マジックを持ったまま固まっている刹那を不思議そうに、首を傾げる。
その仕草がかわいすぎて、刹那は持っていたマジックを落としてしまった。

できない。
俺には、この天使の顔にラクガキをすることはできない!
刹那は、ガックリと膝をついた。

それに、ロックオンとアレルヤがまた笑い声をあげる。
「あはははは」
「ぎゃはははは!刹那、髭伯爵って呼んでやるぞ!」
「ひ、髭伯爵!あっははははは」
アレルヤが、たまらないとばかりに、床を叩いた。
「ぎゃははははひはっはっは」
ロックオンの笑い声は少しおかしい。笑いすぎて、ネジが緩んでしまったのかもしれない。
いや、もともとロックオンのネジはゆるみっぱばしであったか。
「ハハハハ」
ティエリアが、控えめな笑い声をあげる。
刹那の顔をじっと見たかと思うと、堪えきれないとばかりに、アレルヤと同じように床を叩いた。

俺はガンダムなのに!
ガンダムなのに、笑いものにされている!
これが許せるものか。
刹那は、ついにはロックオンの前にきて、ロックオンの額に肉と書いてやった。
「こらああ、刹那!!」
ロックオンに追い掛け回されながら、刹那は逃げた。
ロックオンは、こたつのコードに足を絡まらせてこけた。
「あはははは。ざまぁみろ、ロックオン・ストラトス!!」
刹那が、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
それに、アレルヤとティエリアの笑い声が響いた。

やがて、笑いもおさまり、それぞれ顔のラクガキを落とした。
もともとラクガキがされてもいいように、水性ペンのマジックだったので、水で洗っただけでラクガキはすぐに落ちた。

落ち着いた四人が、もそもそとこたつの中にはいる。
こたつの上に、定番のように置かれたみかんを手にとってむいていく。
それを食べながら、四人は顔をあわせた。
「あけましておめでとう」
まずは、ロックオンがそう言った。
「A HAPPY NEW YEAR!」
どこか、くせのある口調で、アレルヤが続く。ついでに、「アイハブコントロール」と口にした。
綺麗な英語を話すことのできるロックオンから聞いても、いや、英語というものを普通に話すティエリアも刹那も、その発音の酷さに、クスリと笑い声をあげる。
「もー、笑わないでよー。酷いよー」
プンプン怒るアレルヤをなだめると、パッとアレルヤの雰囲気が変わった。
ハレルヤだ。
「発音がわりぃのは俺のせいじゃないぜ。アレルヤのせいだ」
「もー、ハレルヤ、勝手に出てこないでよ!」
また、アレルヤがプンプンと怒った。
とてもではないが、二十歳の青年には見えなかった。
仕草も言葉も性格も、とてもかわいかった。
ティエリアのようなかわいさではなく、もっと人懐っこいかわいさであった。
「あけまして、おめでとうございます」
ティエリアが、こたつの中で正座して、お辞儀までする。
模範的な行動と言葉であった。
つられて、3人も正座になるが、足がしびれてすぐに崩した。
最後は、一番年少者の刹那の番だった。
「あけおめー」

スパーン。

ロックオンの手から、またスリッパが飛び出して、刹那の頭を殴った。
「何をする!」
「何をするじゃないでしょう、この子は!言葉を変に省略しないの!」
ちっと舌打ちをしてから刹那は言い直した。
「あけおめことよろ」

スパーン。

また、ロックオンの手のスリッパがうなった。
「刹那、もっと正直になりなさい!」
「俺は、いつだって正直だ。そんなに俺の頭をはたいてどうする。もともとない脳みそが、これ以上少なくなったらどうしてくれるつもりだ」
まるで親子のような二人に、アレルヤがおかしそうに忍び笑いをして、ティエリアが笑うのを必死で我慢している。
刹那ってば、自分で脳みそ少ないって認めてる。
おかしい。おかしすぎる。

とりあえず、形式的な挨拶も終わり、四人は寛ぎだした。
刹那が、ロックオンに向かって手を差し伸べた。
「どうした、刹那?」
「お年玉」
その言葉に、同じようにティエリアが手を出す。アレルヤまで出していた。
一番年長者である自分の役目を、ロックオンは忘れていなかった。
「仕方ないなぁ、お前さんたちは。かわいい子供のためだ、切腹したつもりでお兄さんあげようじゃないか」
お前の子供になったつもりはない。
そう、刹那とティエリアの瞳が物語っていた。
アレルヤは苦笑していた。ついつい手を出してしまったが、アレルヤも一応は年長者として、ティエリアと刹那へのお年玉は用意していた。
ロックオンが、刹那、ティエリア、アレルヤにお年玉を渡す。
それに刹那は無言で、ティエリアは「ありがとうございます、ロックオン」と丁寧にお礼をして、アレルヤは「ありがとう、ロックオン」と言って微笑んだ。
ああもう、この子たちはなんてかわいいんだろう。
無言の刹那も、素直なティエリアも、人懐こいアレルヤも。
みんな、自分の実の弟や妹のようである。ティエリアは妹だ。その可憐な容姿は、弟とはいえない。
そんな存在と、恋人同士であるのは、ある意味いけないことなのかもしれない。
だが、愛しいものは愛しいのだ。明日は、皆で初詣することが決まっている。その後は、二人で東京の町をデートする予定だった。

「ほら、刹那、ティエリア。僕からもお年玉だよ」
アレルヤが、刹那とティエリアにお年玉を渡す。
「ありがとう、アレルヤ・ハプティズム」
刹那がそうお礼をいった。
それにロックオンの頬が引きつった。自分の時は無言でお礼も言わなかったというのに、この変わりようはなんだ。刹那め。後で覚えていろ。
「ありがとうございます、アレルヤ」
ティエリアが綺麗に微笑んだ。

ティエリアは、お年玉をあけるような真似はしなかった。16か17の見た目ではあるが、お年玉を貰って喜びはするが、はしゃぎはしない。
お金は王瑠美の口座があるので、別にお年玉なんてなくても平気なのだ。
お金に困ったことはない。
反対に、刹那ははしゃいでいた。
口座に同じように巨額の金があるが、誰かからこうやって真心こめてお金を貰うことがはじめてなのだ。
「アレルヤ・ハプティズムは円か。それに比べロックオン・ストラトスはユーロか。この国は、円かドルでしか通用しない。全く、使えないやつだ」

スパーン。

また、スリッパが風を切った。
「貰っておいて、文句いわないの!ユーロでも、立派な金だ!」
腰に手を当てるロックオンは、しかし、内心しまったなと舌打ちした。
日本は、ユーロは取り扱っていないのである。世界共通のドルと違って、銀行でドルか円に変える手間がいる。
「まぁまぁ、刹那もロックオンも。落ち着いて」
「ふん」
刹那がそっぽを向いた。
それに、ティエリアが持ってた飴を渡す。
りんご味のそれを渡され、刹那の機嫌はすぐに治ってしまった。
ロックオンは、こたつに戻りながら、年少組二人の様子を微笑ましそうに見ていた。
「ティエリア・アーデ」
「どうした、刹那・F・セイエイ」
「本当に、こんなロックオン・ストラトスのどこがいいんだ?お前なら、もっといい相手を見つけられるだろうに」
刹那ああああああああ!!
ロックオンが、今にもスリッパで頭をはたきそうになる。
それを止めたのは、とても嬉しそうなティエリアの可憐な微笑みだった。
「僕は、だからロックオンを好きになったんだ。とても人間的で、温かみに溢れている。僕はロックオンを愛している。とても深く」
その台詞に、アレルヤが紅くなった。
刹那も紅くなっている。
のろけを聞かされていることになるのだが、本当に幸せそうであった。
それに、ロックオンの表情も和む。

「明日は、皆で初詣に行きましょう」
地上嫌いで団体行動が嫌いなはずのティエリアは、珍しく自分から切り出した。
「そうだね。みんなで行こうよ」
アレルヤが頷く。
「ティエリアは素直でいい子だな」
「あなたがいるからです」
唇を重ねる二人の視界を遮るように、アレルヤが刹那の目を隠した。
まだ、お子様である刹那にはこういうことは早い。
同じような年齢であるティエリアにも、早いといえば早いのだが。まぁ、相思相愛なのでいいかと、アレルヤは思っていた。
「ふん、仕方ない、俺も行ってやる」
隠された目を解放された後、刹那がぶっきらぼうに言い放った。
本当に、不器用だ。
「刹那、一緒におみくじをしようか」
ティエリアが、刹那を誘う。
「ああ。ティエリアとなら、してもいい」
全く、この子たちは。
アレルヤは微笑ましそうにしていたし、ロックオンは仕方がないとばかりにそんな様子を見ていた。

マイスターズたちの正月は、まだ始まったばかりだ。