ある青空の晴れた日に









人が溢れる街角の公園。
子供たちの笑い声、着飾った女性たち、妻と仲良く歩く老いた夫婦、アイドルの話題に花を咲かす男性学生、仕事のためにきっちりとスーツを着たサラリーマン・・・・。
いろんな種類の人間が、雑多に溢れていた。
噴水が、眩しい太陽に照らされて虹を描く。
公園は、大通りに繋がっており、ただ横切るだけの人間も多かった。
鳩にエサをやる若い主婦と、子供。

ティエリアは、そんな様子を見ては、腕時計を見る。
公園のベンチに座ることもなく、大きな樫の木に凭れかかるような形で。
さわさわと、緑のざわめきが聞こえる。
子供たちの笑い声に混じって、風が奏でる緑の協奏曲を、ティエリアは聞いていた。
サラサラサラ。
前髪が、風に揺れて綺麗な音をたてる。
トパーズをあしらったリボンで、髪は三つ編にされていた。
長めのリボンは細く、背中に流れるような形で流されている。
首には、ガーネットのついたチョーカー。手首には、プラチナと18金の、瀟洒な作りのブレスレットを二つ左手にしていた。右手には、ありふれた腕時計。
荷物は、腰のポーチに入った身分証名称と、財布くらいだ。

ティエリアは、腕時計の時間をまた見た。
約束の時間より、30分も早く来てしまった。
することもなく、樫の木に凭れて、時間が過ぎ去っていくのを待つ。
水色のキャミソールの上から、ワインレッドの透けた上着を着ている。
下は黒の半ズボンに、同じ黒のソーニ。上から太ももの長さまである、皮のブーツを履いていた。

さわさわさわ。
風に揺れる緑の声に、いろんな声が混じっている。
行き交う人が、ティエリアのほうに、しきりに視線を注いでいた。
女子学生と思われる一人が、ティエリアの方を向いて、仲間たちですごいかわいい子だと、噂をしあう。
特に、男性の視線が、ちらちらとティエリアの様子を気にするように注がれる。
同じ年頃と思われる男子学生が、声をかけたそうにこっちを見ている。
仲間たちの間で、お前が声かけろよ、いや、お前がいけよと、小さくもめていた。
ティエリアは、気にしたそぶりも見せない。
自分が人の視線を集めてしまうような容姿なのは分かっていたので、別段気にとめることもなかった。

ティエリアは、つまらなさそうに、青空を見上げた。
早く来ないかな。
こんな服装をさせた相手を、ただひたすらじっと待っている。

「ねぇ、彼女。かわいいね、どう、俺たちとお茶しない?」
いつの間にか、複数の男に取り囲まれた。
ティエリアは、無視する。
男の一人が、ティエリアの手首をとった。
「うわ、ほせー。色白いし」
ティエリアが、始めて顔をあげた。
そして、捕まえられた手首を引っ込める。
「怯えなくっても、とって食ったりしないからさぁ」
げらげらげら。
周りの男たちが、不快な笑い声をあげた。
「ねぇ、どっか行こうよ。遊ぼうぜ」
ティエリアは、ガーネットの瞳で、声をかけてきた男を睨み上げた。
「人を待っていますので、遠慮します」
聞こえてきた綺麗なボーイソプラノに、男たちは首を傾げることもなく、ティエリアをつま先から頭までじろじろと、遠慮なしに眺めた。
不快だ、と、ティエリアは思った。
「こいつ、金持ちだからさ。金の心配なんかないからさぁ。遊ぼうぜ」
一人の男が、小柄で痩せた、全身をブランドで身を包んだ男を親指でさす。
「ねぇ、君、名前なんていうの」
小柄な男が、声をかけてきた。どうにも金持ちらしく、しきりにティエリアが身につけたものを吟味している。
「君、センスいいね。つけてるものもお洒落だし、一流のものだ。その首のガーネットなんて、最高級のものだね。僕が、君に似合う宝石や服を、もっと買ってあげるよ」
臭い息を吐く不細工な顔が、近寄る。
男の手が伸びて、ティエリアのチョーカーのガーネットを触った。

ティエリアの石榴の瞳が、冷たく光る。
ティエリアは、ブーツのつま先で男の足を踏んづけた。そして、男を長い足で蹴った。
蹴られた小柄な男は、無様に地面とキスをする。
それに、周りを取り囲んでいたほかの男たちが色めきたった。
「何すんだよお前、ちょっとこっちこいよ!」
「優しくしてりゃ、付け上がりやがって!」

ティエリアが、乱暴に男に手を掴まれた。

「ちょっと、助けなくていいの?あれ、やばそうよ」
見ていた男女入り混じりのグループの一人が、声をあげる。
「無理よ。蹴られた男、ここら一体で有名な金持ちのボンボンよ。親はマフィアと繋がってるって有名なんだから。とばっちり受けて、こっちが怪我したらしゃれにならじゃない」
「警察呼べば?」
女性の彼氏らしい若い青年が、携帯を取り出す。それを、彼女が取り上げた。
「無理無理、あいつの親、警察に賄賂おくってるから、ちょっとやそっとのことじゃ動いてくれないわよ。この前も、暴力事件おこしたのに、すぐに釈放されたのよ」
「ちょっと、あんた男でしょ。助けてあげなさいよ」
「いや、おれ、無理だって。あんな複数」
指名された男が、首を振る。
それに、女性たちが、絶望の色を浮かべて、モデルのように細い、スラリとした美しい少女の様子を見ていた。

「そうそう、最初から大人しくしてればいいだってば」
男に乱暴に手を引っ張られ、ティエリアが樫の木からどいて、男たちに包まれるように歩きだした。
「かわいそうに。きっと、やられちゃうんじゃないの」
「マジやべーって。一応、警察呼んでみる」
「止めなさいよ。この前起きた暴力事件と、その前の強姦未遂事件、警察呼んだ相手もボコられたらしいわよ。
マフィアが裏にいるって話、本当らしいわよ」
「うえー。お気の毒」
「あんなにかわいいのに、傷物になっちゃうのかぁ」

男女のグループは、遠巻きにティエリアとそれを取り囲む男たちが人のいない路地裏の方へ移動していくのを、憐れむような視線で見送っていた。
男女のグループの他にも、ざわめく人間は何人かいたが、誰も警察に通報しようとしなかった。
実際に、小柄な男の親はマフィアと通じていて、その町では有名な悪だった。無論、その息子も親の権力をかさににきて、やりたい放題だ。
犯罪にだって、手を染めている。だが、息子の親が、莫大な金の力で、息子が犯した犯罪をもみ消していた。

厄介な相手に目をつけられたものだと、ティエリアと男たちのやり取りを見ていた一部の人間が、ティエリアが去っていく後ろ姿を見ていた。

「ほら、まずはなんか言うことあるだろ」
人の全く通らない、寂れた路地裏に連れ込まれたティエリアの退路をたつように、男たちが取り囲む。
普通の女性なら、泣いて許しを請う場面だ。
この町の女性であれば、皆そうしていた。
だが、目の前の美しい紫紺の髪の少女は、顔色一つ変えない。
「なんだ、怖くて声もでねぇのか?」
男の一人の手が、ティエリアの透けたワインレッドの上着に伸びた。
ワインレッドの上着の下から見えるあまりの肌の白さに、男が唾を飲んだ。
キャミソールはリボンがふんだんにあしらわれており、ティエリアの動きにあわせて、リボンの裾が揺れる。
三つ編のリボンの裾を、男の手が握った。
「にしても、かわいい服だなぁ。絶対領域とか、まじたまんねぇ。すっげー美人だし」
ティエリアの手が、ワインレッドの上着を持った男に向かって、宙を切った。

パァン!

甲高い音と共に、男は頬を張り倒され、無様に転がった。
「てめぇ!何しやがる!」
男たちが、今にも襲いかかろうとする。
それを、金持ちのボンボンである、小柄な男が止めた。
「おもしろいじゃん。そのかわいい顔が、恐怖に歪む顔が見たくなった。おい、クスリあるか?」
「あるぜ。いつものやつだ」
「みんなで、かわいがってやるよ。ひぃひぃいうまでな」
小柄な男の言葉に、他の男たちがゲラゲラと卑下た笑い声をあげる。
すでに、ズボンのジッパーを下げている者までいる。
ティエリアに、にじり寄る。

ティエリアは、青空を見上げた。
次の瞬間、ジッパーをさげて汚い一物を取り出していた男が、床に転がっていた。
男たちの視界から、ティエリアが消える。
ティエリアは、足払いを次々食らわせると、男たちの股間を蹴り上げる。
のた打ち回る男の鳩尾に、更にけりをいれ、顔を蹴る。
「くっそ」
一人の男が、鋭い蹴りを放つティエリアの足にしがみついた。
「ぐへへっへ」
更に、もう一人の男がティエリアを羽交い絞めにした。
キャミソールを裂こうと伸ばされた腕が、止まる。
鳩尾に肘うちをいれられて、男が胃の内容物を撒き散らして倒れた。
足にしがみついた男の首に、鋭い手刀を叩き込む。
ものの数分もしない間に、周りを取り囲んでいた男たちは地面に伸びていた。
「ひ・・・」
一人残された小柄な男に向かって、ティエリアは紅色の唇を吊り上げた。

「僕にこんな真似をして、ただで済むとは思っていないでしょうね。殺されても、文句は言えませんよ?」
いつの間にか、ポーチから銃が取り出されていた。
それを、男の額に当てる。
「ひぃっ。か、金ならいくらでも払うから、打たないでくれぇっ!!」
「身勝手なことを。僕は、僕を欲望の対象でみる男が一番嫌いです」
サイレンサー機能つきの銃を発砲した。
ただし、空に向かって。
「ひあ・・・・」
男が腰を抜かし、ドサリと地面に這い蹲る。
地面に、黄色いしみが広がっていった。

ティエリアは顔色一つ変えず、男の顔を蹴り上げた。
顎の骨が折れる嫌な音が響いた。
床に伸びている男たちは、ティエリアの正確な蹴りで股間を潰されている。それなりの重症だ。

ティエリアは、ワインレッドの上着を拾うと、汚れていないのを確認して羽織った。
銃をポーチに直し、乱れた衣服と髪を整える。
そして、一人で元居た公園に向かって歩いていった。

「ティエリアー。遅いぞ」
ロックオンが、樫の木に凭れかかって、現れたティエリアに声をかける。
ティエリアは、紅い唇で、ロックオンに向かって文句をたれた。
「あなたのせいです。あなたが早くこないから」
「どうしたんだ?」
「なんでもありません」

さわさわと、風に緑が揺れる。

「おい、大変だ、例の御曹司が路地裏で伸びてるってよ!取り巻きのやつらも、みんな股間潰されて、うめいてるってよ!」
「なにそれ、すげーじゃん」
「一体、誰の仕業だ?あいつの親、マフィアと繋がってるのに、命知らずだなぁ」

人の入れ替わりは激しい。
ティエリアを見ていた人間は、すでに立ち去っている。
集まる視線は、モデルのようにすらりとした背の高い少女と、それに並ぶ背の高い青年に注がれていた。
とても美しい少女と、とても見目のいい青年。
お似合いのカップルだと、二人を目にした誰もが囁きあう。
ティエリアは少女ではなかったが、誰の目から見ても儚い可憐な少女に見えた。
誰も、路地裏で伸びている連中をやったのが、ティエリアだとは思うまい。

「ティエリア、すっげーかわいい。やっぱ似合うな」
「あなたは、少し少女趣味ですね」
「そうか?っと、髪のリボンが絡まってる」
ロックオンの手が伸びて、トパーズをあしらったリボンの長い先の絡まりをとり、そのまま背中に流された。
「さて、まずどこに行く?」
「予定をたてていないのですか」
「ティエリアとデートできることだけで頭がいっぱいだった」
「この町を、離れたいです。隣町にいきましょう」
ロックオンの手をとって、ティエリアが急かす。
民間人に手を出したと知られたら、何かと厄介だ。
「おっし、じゃあとりあえず隣町にいくか。隣町には映画館があったな。そこで映画でも見て、食事して、買い物して、それから予約してたホテルにいくか」
ホテルは、高級ホテルではなかったが、それなりによいホテルをロックオンは選んでくれた。
部屋はツインで同室だ。

男であるはずの自分が、こんな格好をすること自体おかしいのかもしれない。
だが、ロックオンの選んでくれた服であるなら、平気だった。
ロックオンは特別だ。
自分を欲望の対象として見ることはない。
あくまで、愛があって、その上での延長である。ロックオンは、ティエリアを汚すような行為はしない。
キスはするし、それよりもっと先のこともするけれど、体の繋がりは今のところなかった。
完全に清い交際というわけでもないけれど。
ロックオンに求められるのはいやではない。
だが、全てを捧げてもいいと思う自分と、それに恐怖する自分がいる。
ティエリアは、無性の中性体だ。
女性のようにはいかないのだ。

ロックオンは、ティエリアを大切にしてくれる。
ティエリアも、ロックオンを大切にした。

「映画は、ゴシックホラーがいいです。今人気のあの作品です」
「ひー。俺、ホラー苦手なのに。ティエリア、恋愛ものじゃだめか?」
「恋愛ものは嫌いです。それに、僕が隣にいれば、怖くないでしょう?」
ロックオンの腕に、腕を絡ませる。
すれ違う男性が、羨ましそうにロックオンを見て、ティエリアを見た。
絶世の美貌である。人の視線は、常に集めてしまう。
すれ違う女性も、羨ましそうにティエリアを見て、ロックオンを見た。
そんじょそこらにはいないような、かっこいい青年である。

ティエリアは、青空を見上げた。
とても綺麗な澄んだ青い空が、彼方まで広がっている。

「こんな服を着てあげたんですから、少しくらい我侭を聞いてください」
「はいはい。その服、似合ってるよ。ティエリアは、何を着ても似合うけどな。ガーネットのチョーカー、お気に入りなのか?いつもしてるよな」
「僕の瞳の色の宝石ですから。何より、あなたが買ってくれたものだ」
ティエリアは、石榴の瞳で微笑んで、歩みを進めた。

ティエリアとロックオンは、人ごみに紛れていく。
デートにはもってこいの、快晴だった。

青空は、どこまでもどこまでも、果てしなく透明な色を湛えていた。