一瞬の永遠「お隣さん」







バーバラ・リンドは引っ越してきたばかりだった。
なんの変哲もないアパートに、引っ越してきたのはつい昨日のことだ。いろいろと荷物をまとめ、隣近所に挨拶に向かって、右隣の部屋のチャイムを押して、適当な菓子セットを手に持った彼女は、ドアをあけた先にいる人物を見て固まった。

一言で言い表すならば、天使。

けだるげな石榴色の濡れた瞳と、白い肌、長く伸びた紫紺の髪。
まるで絵画の中の天使がそのまま飛び出してきたかのような美貌。けれど、その背中に翼はなく、バーバラは手にもった菓子セットをもってなんとか口を開く。
「あ、あの。き、昨日隣に引っ越してきた者です。これ、つまらないものですが、どうぞ」
「どうも、ご丁寧に」
菓子セットを受け取って、絶世の美貌を持った少女はドアをそのまま閉じた。

「な、びっくりしたー」
彼女はそのまま、壁伝いにずるずるとへたりこんだ。
さっきの容姿は、かの有名な宇宙総帥にそっくりだ。先代宇宙総帥がこの付近に住んでいると噂では聞いていたが、まさか本当に住んでいるなんて。
その階級から、厳重な警備のある豪邸に住んでいるものだとばかり思っていたバーバラは、宇宙総帥という、とてもじゃないが庶民が会話できる相手ではない、「偉い方」がなんの警備もつけずこんな普通のアパートに暮らしていることを不思議に思ったが、世間一般では引退した、と言われているので別に隣に元宇宙総帥が住んでいようと、それは元宇宙総帥閣下の自由である。
バーバラは、汚れた衣服をはらって、自分の部屋に戻る。
すると、また驚愕に目を見開いた。

部屋の中に、一人の秀麗な容姿をした青年が浮かんでいた。
そう、浮かんでいたのだ。
バーバラは、世にいう「視える」体質の持ち主だ。
聞きたくもない声を聞いたり、事故現場では血まみれの女の幽霊を見たり・・・この特異な能力は、生まれつきのもので、なんでも彼女の祖父は「異種の血を引いている」らしく、そのせいで隔世遺伝してしまったのだ。
異種が人の前に姿を現す時はきまっている。異種が住む惑星と定期的に人類はコンタクトをとっている。結果、異種と人類の交配が進み、人は、また一歩新たなる力を手に入れた。
異種は人に対してとても親切で、自分たちの住む惑星の外に出ることはまずないが、人が異種の住む惑星に訪れ、そして結果交配が進んだ。異種は高次元生命体であるが、人との交配は可能であった。異種が、高次元生命体である力を放棄して人になるのだ。そうして、交配が進む。
生れてきた子供は寿命が長く、若くずっと200年近く生きるというだけで、異種そのもののような特殊な力はあまりない。バーバラの祖父は、160歳まで生きたという。異種の特徴である翼はもたず、人としてコロニーで一生を終えた。
今では異種の純血を守るために、人と交配することは禁止されているが、それでも異種は時折人に恋して、もしくは人が異種に恋をして交配した子供が生れてしまうのは、人が異種とコンタクトをとっている限りなくならないだろう。

「あ、あのー」
バーバラは困惑していた。
今まで見えていた霊というものは、全て彼女の意思とは無関係に存在しているもので、彼女がある程度意識を遮断することで見えなくなっていたというのに。
目の前にいるのは、黒の眼帯をした背の高い、少し長めの茶色の髪をした白人の男性だった。瞳の色は綺麗なエメラルド。

「あーごめんな。勝手にあがりこんで。でも、あんたの能力ならティエリアと話ができそうなんだ」

白人の幽霊はそういって、ソファーに座った。

「ええと?」
「元宇宙総帥閣下。名前はティエリア・アーデ。俺はティエリアを何百年も前において死んでいった恋人だ」

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