血と聖水W「風の精霊王ジルフェル」







「ティエリア、待ってくれ。誤解だ、誤解」
ロックオンが、玄関から出てきた。ボロボロになりながら。
「五階も六階もあるかあああ!!」
ロックオンの首を締め上げるティエリア。
「主がお怒りだにゃ!ロックオン、成敗するにゃ!」
フェンリルはロックオンの手にがぶりとかみついた。
「あいてててて」

少年は、クスリと笑った。

「君は誰だ!ロックオンの恋人は僕だ!昔の恋人か?」
たまに訪れてくるロックオンの昔の恋人だと名乗る精霊やらヴァンパイアを追い返す時によく使う言葉だった。
ヴァンパイアといっても、何も全てが殲滅対象ではない。

血の帝国出身のエターナルヴァンパイアとは共存しているし、他にもヴァンパイア共存地区に住まうヴァンパイアは殲滅対象から外れる。
いきなり襲いかかってきたりしない限り、協会が指名した駆除対象以外のヴァンパイアを殺すことはない。
そうでもしない限り、きりがないのだ。
ヴァンパイアは血族の他にヴァンパイア同士で子をなすため、数はいっこうに減らない。特に血族がやっかいだった。100人でも血族として、ヴァンパイアにできるのだから。
ヴァンパイアハンターの稼業を長年している者も、随分と共存の姿勢をとったヴァンパイアが増えたといっていた。それでも血と甘美な殺戮を求めるヴァンパイアは数多くいるので、ヴァンパイアハンターの仕事は減るどころか増える一方だった。

「主、この人精霊にゃ」
「精霊だろうが、ロックオンは昔手を出しまくった節操なしだ!」
「名はジルフェ。個体名はジルフェル。風の最上位精霊、ジルフェの精霊王だ。ネイが復活したと聞いて、無効になった契約の再契約にきたのだが」
「・・・・・・・・・ティエリア、ジャボテンダーを盾にするのは止めなさい」
自分の早とちりが恥ずかしくなって、ティエリアはジャボテンダー人形を取り出してそれで顔を隠してしまった。
「まぁ、そういうこと。こいつ、性格悪いからなぁ。ごめんな、ティエリア」
そういえば、水色の流れるような長い髪は、風の上位精霊ジルフェの特徴だ。
いつもは透けている精霊なので、実体化した時どんな風になるかは分からなかった。統一性がない精霊で、背中に翼をもっていたり、羽耳があったりするし、なかったりもする。
「ややこしい・・・・・」
じっと、ジルフェルを見つめるが、水色の波打つ髪以外、全部人のようだ。精霊の匂いがしない。
「なんかなー、王位継承権争いで精霊界から逃れてきたんだと」
「俺の兄が今更になって精霊王の王位継承第一位は自分だと言い出して、俺に退位を迫ってきた。俺が精霊王になるのは、先代精霊王の遺志でもあった。兄が通常なら王になっていたはずなのだが、俺が王になった。もう1230年もたつのに、今更騒ぎ出してね。俺は染色体がXXY、子孫を残せぬ体なので、兄に王位を譲れと同調する同族が多くてな。嫌になって人間界にきた」

染色体XXYと聞いて、ティエリアはなんとなく納得した。男性であっても、二次成長が訪れない体質。子種はなく、子孫を残すことはできない。女性化も目立つ。
だが、あくまで男性。女性ではない。
ある意味中性に近いが、男性として性別は固定されているので中性には分類されない。

「それで、ネイのことを思い出して、同族からネイの話をきいてネイに会いにきたわけだ。まぁ逃げてきたってことだが」
ネイとは血の帝国で皇帝をしていた時代のロックオンの名前だ。
今でもネイと呼ばれている。
一度は夜のネイとして復活したが、ティエリアたちのお陰でまたロックオンとして目覚めることができた。
「仮にも精霊王であられる方が、精霊界を出てもよいのですか?」
ティエリアは、その大いなる存在を知っているので、ロックオンのようにため口を話さない。
精霊王は、精霊たちの王なのだ。
「あー、もう実家に帰らせていただきますってメモかいて人間界にきた」
ちょっと、自分と似ているかもしれないとティエリアは思った。

精霊王ジルフェルは、宙であぐらをかきながら、くるりと反転した。
長い水色の髪がふわふわと浮いている。
「俺は妾腹の子だからな。王として教育されなかった。暗殺を防ぐために、女の子として育てられたせいと染色体のせいもあり、こんな見た目だ。代々、精霊王はジルフェは女は認められない。男らしい精霊王ばかりが君臨してきた中で、俺は子孫も残せないやら見た目が女のようだとかでいろいろと問題があって。まぁ男らしくする努力なんてしてないけど。わざと女のような姿してるし。服も中性的なのばっかだし。そこで何を間違えたのか、炎の上位精霊イフリール一族の精霊王、イフリエルから求婚されてなぁ。男に求婚されてもなぁ」
精霊王ジルフェルは、宙であぐらをかいてうんうんうなっていた。
黙っていれば素晴らしい美少女なのだが。
「イフリエルに嫁ぐことになると、精霊王を退位しなければならない。皆乗り気で、ぼけーっとしてたら婚姻が明後日に整っていてさ。はっきりいって、男にカマ掘られたくねぇよ。死ね、イフリエル」
ジルフェルは、綺麗な顔を歪めて風でイフリエルの幻影を描くと、そこに飛び蹴りを決めた。
「大人しくイフリエルに嫁げばいいんじゃないのか。別に、イフリエルもお前が好きで求婚してきたんだろう?」
ロックオンがジルフェルに問う。
「いや。イフリエル、ガチホモ!すでに第5夫人・・・みんな男ばっかりまでいる。ついでに後宮にいるのもみんな男。見目のいい美少年が同族にいると、皆イフリエルの後宮に入るんだ。俺は血筋もいいから正妃にしたいんだと。男に正妃も何もあるかくそったれ」



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