血と聖水[「ホーム」1







「にゃーにゃにゃにゃー」
ホームの庭で、ビニールプールに水をいれて夏の暑さを忘れようと、ティエリアはフェンリルのためにちょっとした涼を与えていた。
夏の暑さにもフェンリルは平気だ。親がフェンリルの精霊王であり、そして母は普通ならフェンリルはフェンリルという種族の精霊同士で結婚し、子供を産むのだが、ティエリアのフェンリル、個体名ゼイクシオンは、母親がハイサラマンダーという火の精霊の種族なために、炎のブレスも吐ける、ちょっと仲間内では異色の個体である。フェンリルは氷の精霊・・・属性は氷のみと限られている中で、ゼイクシオンの中に流れるハイサラマンダーの血が、炎のブレスも吐ける、氷と正反対の火の属性をももつフェンリルとして、ゼイクシオンは成長している。
バッシャバッシャ。
ビニールプールの底は浅いが、ちっちゃなフェンリルは子猫サイズの大きさなので、フェンリルから見れば十分に底は深い。
「にゃーにゃのにゃー」
ばしゃばしゃと、華麗に犬かき・・・ならぬ、猫かき?をするフェンリル。

その隣では、ティエリアが銀の短剣と新しく購入した銀のロッドの手入れをしていた。
銀のロッドは、先端に魔石がいくつもはめこまれており、魔力を増幅させる効果をもつ。召還した使役魔の魔法の威力をあげるのが基本だ。

魔法と科学の融合した世界。
それが、ティエリアの生きる世界。
魔法を使えるものは、その血統で決められる。才能というものは生まれつきで、魔法を使えない血筋に生まれた子供は魔法が使えない。魔法士の子供は、必ずといっていいほど魔法が使える。
魔法が使えるものは、国の法律により魔法士の免許をもつことが義務づけられていた。
それは、魔力をもたぬ普通の民と、魔力をもつ民とを区分化するためでもあった。魔力を用いて悪事ができないようにと、魔力をもつ民は魔法士、もしくはそれに関連した職業につくことがおおい。魔法士の免許があれば、いろんな職業につきやすい。
例えば、日常の中に溶け込んだ冷蔵庫。
これが故障すると、修理人が直すのだが、修理者はまず魔法士の免許を100%もっている。冷蔵庫を管理している名もない氷の精霊を、再び召還して冷蔵庫に住まわせるのだ。そして、機械的な部分がだめな場合は、修理人は技師としての腕で冷蔵庫を直す。

電気を供給する電力発電所では、24時間魔法士たちが雷の精霊を召還して、その精霊がおこす電気をかく家庭に送っている。ガスも一緒。ガスなら、土と風の精霊を両方使役する。地中に埋もれた化石燃料からガスを作り出す。その化石燃料、石油は世界に生きる人々の支えとなる。原子力発電が電気の60%をしめている。原子力発電所では、火の精霊が働いている。技術士たちは、科学力をもつ者と、炎の精霊を管理する魔法士の二つに別れる。

水道の場合は、作られたダムに住む水の精霊たちが、水を家庭に送る。
それに伴って電気もおこるが、こういった部分や風力発電、太陽発電は科学が補う。
どの家庭にも、名もない精霊たちがいくつか住んでいる。
冷蔵庫には氷の精霊が、風呂場や手洗い場には水の精霊が、キッチンには炎の精霊が・・・・。
その精霊たちは、名もない存在であるが、生活には深くとけこんでいる。その場所にいて当たり前の存在なのだ。例えてみると、そこにあってあたりまえの、空気のような存在である。人々は、その名もない精霊を気にかけることはまずない。
名もなき下級の精霊はそこに存在するだけで、意思をもたないのが基本だ。
意思をもち、知能があるのは精霊種族と分類される、精霊界においては人型をとる。そして、精霊の名が与えられる。

魔力をもつティエリアであるが、魔法を唱えるということは、つまりは精霊を召還し使役するということだ。
人間と精霊が出会って1万二千年。人は精霊と契約し、その力を魔法として発動させる。
人間が使う精霊に関係しない魔法はごく僅か。主に回復系の、神を信仰することによって生み出される魔法だ。
この世界に、魔法士が使う「呪文」は、精霊召還と精霊の使役、神の信仰の魔法以外に存在しない。
一般的にイメージされがちな、魔力を使った攻撃系呪文とか、支援系呪文など存在しないのだ。存在したのは今から数千年前。古代魔法科学文明である。魔法を、精霊に頼らず科学と融合した結果、世界から呪文の魔法の全てが失われて滅びた。

今はうまく精霊と魔法と科学が融合している。
文明の発達は、ここ数百年とまったままだ。霊子学の科学にまで人々は手を伸ばそうとしない。万能なる力をもつその未知のエネルギーは神の領域を侵す存在。
古代魔法科学文明はそこまで進み、そして滅びた。
人々は、同じ道を歩もうとしない。精霊が、人々を導いているのだ。精霊の存在を知っていながら、それを無視した文明は科学に頼りすぎて、世界から滅びた。
今は、精霊とうまく科学も魔法も融和している。

ティエリアは、ウンディーネの精霊を召還して、魔法を使う。
「ウォータープリズム」
ウンディーネは、綺麗な水の泡を空から降らしてくれた。
「にゃにゃ・・・・綺麗にゃ」
フェンリルが、空を仰ぐ。

この世界の呪文とは、精霊が使う魔法を唱える言葉。使役者が精霊の代わりに唱え、それは精霊魔法となって形になり、力となる。精霊を召還しなくても、その言葉を唱えることで精霊魔法は形を成すこともできる。
ロックオンがよく使う「ヘルブレス」というのは、そういった呪文を使った精霊魔法の一つ。
精霊を召還せずに直接精霊界から、精霊の力を自分のものとして使う。ロックオンがよく使うのは、氷か炎の「ヘルブレス」だ。ヘルブレスとロックオンがかってに名づけただけであって、それは正確にはヘルブレスではなく、炎ならファイアブレス、氷ならアイスブレスという呪文になるのだが、呪文は、世界には様々な形がある。精霊魔法は呪文が統一されているわけではない。基礎となる魔法の言葉は魔法書に記されているが、たとえば
風の魔法「ウィンドエッジ」をそのまま唱えてもいいし、「風の刃よ、切り裂け」と叫んでも、同じ効果を発揮する。正確な呪文ほど威力は高くなるが、魔力が高い者ほど、言葉が違っても威力が落ちるということはない。
魔法には本来長い詠唱がつきものだが、精霊魔法は基本的に詠唱破棄である。それができない者は使えない。長い詠唱をしても、それはただ言葉の形が長いだけであって、どの道使う者が言葉をかえても魔法は形となる。
どの魔法書にも、呪文は世界の魔法士の間で統一された基礎の言葉を記し、効果を記しているだけだ。魔法士は、長い詠唱をすることもなければ、呪文を暗記することもない。
使えるか、使えないか。
それは、精霊と契約しているかしていないかで決まる。
刹那は風と火の精霊としか契約していないのだが、いいかえせば風と火の魔法しか使えないのだ。



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