青空のお兄様へ








「第100代目皇帝、ナナリー様のおなり〜」

眩しい青空を縫って、カモメたちが声をあげる。

皇帝直轄地であった日本は独立を取り戻し、大戦でうんだおおくの悲劇は魔王といわれた一人の少年の死により、その少年に憎しみの塊をぶつけられることで終局を迎えた。
それは誰であろう、先代の皇帝である。
アメジストの瞳が印象的な、麗しい外見の少年は、けれど悪の権化と化し独裁政治を思いのままにした。歯向かう者は一族ごと虐殺するなど、歴代の皇帝の中でも目に余る醜態ぶりであった。
その少年皇帝を直接刃にかけ、平和という今の新しい時代を取り戻したのは、100代目皇帝ナナリー・ヴィ・ブリタニアの車椅子の背後にそっと控えるゼロというなの英雄である。
ゼロは悪の皇帝を廃し、時代に新しい転機をもたらした者として、また新たに即位した、少年皇帝の妹であるナナリーの騎士として莫大な支持を世界中から得ていた。
そのゼロが、今は亡きとされているかつてのナイトオブゼロ、くるるぎスザクであることは、皇帝以外には知りえない事実である。

青空をぬって、太陽がまぶしい光を放つ。
ナナリーの背後にいたゼロは、仮面を誰の前でもとることなく、ただ無言でナナリーに付き従い、その存在を守っていた。
それが、親友との共謀のはてに、世界を変えるために先代皇帝を手にかけた、スザクに嫁せられた永遠の罰であった。

「いけません、陛下、風がきつくございます。どうか室内にお戻りください」
皇帝登場の声がでたかと思うと、侍従の者が頑丈にできていないまだ少女である皇帝の身を案じて声をだす。

「よいのです。青空を、目に焼き付けたいのです。それに、とても、風がきもちいい。私にはゼロがいますので、どうか心配なきように」
車椅子にのったままの少女皇帝は、幼い頃に視力をなくし、最近までずっと闇の中で暮らしていた。
その闇を吹き飛ばすかのように、ナナリーは自然の風景などを好んで目にしていた。

カモメの鳴き声に答えるかのように、ナナリーは手にしていた菓子を大空にほうりなげた。
競ってエサをもらおうとする海鳥と、どこまでも青く澄んだ瑠璃色の、宝石のような空と、視線に眩しい、明日をも照らしてくれる太陽と。


(お兄様、見ていて下さっていますか。私は、みんなに支えられがんばって生きています。そして、お兄様が託してくれた世界を、よりよきものにするために日夜がんばっています)


少女皇帝の長い茶の髪が、風にさらわれてサラサラと綺麗な音をたてた。

実の兄の死に隠された真実を知ったナナリーは、最近まで泣きあかしてばかりいた。ゼロがそばにいてそっと涙をぬぐっても、死んだ先代の少年皇帝の微笑みを 思い出すだけで涙腺が緩み、とてもではないが皇帝しての職務を果たせないでいた。
姉であるコーネリアや兄であるシュナイゼルの手伝いや励ましもあり、今ではブリタニア帝国の皇帝として忙しい毎日を送っている。

禁忌である、先代少年皇帝の名前は、ブリタニア最大の汚点とされ、歴史から皇帝としての名を抹殺された。
人々が口にする彼の名は、悪そのものであり、魔王であった。

稀有な能力がなければ、兄の死の裏に隠された、壮大でもある二人の少年の計画の映像を脳裏に視ることもできなかっただろう。

今はなき、アメジストの瞳をした、誰よりも愛しい人。

日本からブリタニア本国へ戻る船の中で、ナナリーはそっと胸をおさえた。
少年皇帝は歴史の汚点とされ、墓さえも作ってもらうことはなく、その亡骸は人しれず火葬にされ、灰は太平洋の海に流された。
ブリタニア本国では、肖像画や少年が所持していた個人的なものは全て焼き払われ、ナナリーは自分だけが少年の形見である事実を涙を零しながら受け入れた。
ナナリーが兄の死を受け入れ、皇帝として即位した次の日、人目を忍んでゼロと二人きりで、兄の墓をつくった。
亡骸もうまっていない、兄がパレードの時に被っていた帽子を埋めただけの、木で十字架を象った粗末なもの。
歴代の皇帝の葬儀や墓はそれはもう、国民全員が喪に伏し、金をかけてなされたものである。
魔王と呼ばれたナナリーの兄は、葬儀どころか墓を作ることさえ世界が許してくれなかった。

(お兄様、愛しています。たとえ、世界の全てがお兄様を呪っても、私だけはあなたを愛し続けます)

眩しい青空を仰ぎ、ナナリーは胸の中からそっと一枚の写真を取り出した。
涙のあとがつかないように慎重に、大切に見る、兄の写真。

日本でカレンからもらった命よりも大切な一枚の写真であった。
夏らしい季節に、私服に身を包み、青空と太陽を背に微笑んでいた。
写真には生きていた時代が記されていた。

2000-2018

先代の少年皇帝は、たった18年間しか生きることを許されなかった。
ギアスをいう名の力を使ったがために。

妹であったナナリーは、ただ兄が側にいてくれさえいれば、幸せだったのだ。

アメジストの瞳が印象的な・・・ルルーシュが、いきていてくれさえいれば。

(お兄様、お兄様はきっと天国でユーフェミアお姉さまと私のことを見守っていてくれてますよね?お兄様は世界の生贄になったんだから、絶対天国にいるとナナリーは信じています。そして、いつか生まれ変わったら、この平和な 世界を思う存分に生きてください。ナナリーは、お兄様のためなら全てを捨てられたのに。先に逝ってしまうなんて、本当に酷いお兄様。でもああ愛しています。ただ盲目的に、愛しています。そして、見ていてください。私は、この世界の平和のために できるかぎりの力を尽くします。それが、お兄様へできる私の全て)

にじみ出た涙を指で振り払い、写真をいま一度見る。

母親マリアンヌと同じアメジストの瞳。

ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

第99代ブリタニア皇帝にしてナナリーの実の兄。

写真の中のルルーシュは、魔王と罵られ続けているのが嘘のような綺麗な笑みを刻んでいた。



(私もいつか必ず、お兄様の元にいきますから。でも、私もがんばります。がんばって、生きていきます。その間だけはお兄様は見守っていてくださいね?)