魔女の涙








「なぁ、ルルーシュ。見ているか。世界は、こんなにも変わってしまったよ。なんて、優しい世界だろう な?旅行く見知らぬ私にさえ、人々は可愛そうだと、宿をただでくれ、食事をただでご馳走してくれる。衣装が一つきりしかないと話せば、 自分の妹や姉の衣服を恵んでくれる」

カラカラカラカラ。

走っていく馬車に揺られながら、物思いにC.C.は耽る。
この馬車でさえも、お金を必要以上にもたぬC.C.に同情した農夫は、ただで乗せてくれた。
荷物となる藁の上に身を転ばすことになるが、そのほうがC.C.にはありがたかった。
必要以上に、他人と接するのは苦手である。

それは、ルルーシュと出会った頃から変わらなかった。
金色に輝く瞳が、雲ひとつ浮かばぬ青空を見上げる。

「なぁ、ルルーシュ。お前は、本当に幸せ者だな」

この私に、ここまで思われるなんて。

「愛しているよ。ずっとずっと、愛しているよ、ルルーシュ。お前だけを、永遠に」


そっと、お腹に手を当てる。
そこには、愛しいはずの人の子がすくすくと育っているはずであった。
事実、一度きりの夜を共にしたルルーシュとC.C.であった。それは、ルルーシュが処刑場に出かける1週間も前のことだった。


C.C.に関しては、ルルーシュは新しくできた宮殿でその行動を好きにさせていた。自分の部屋にも自由に出入りできるようにさせていた。
跡継ぎをと、望むブリタニアの人間たちが、ルルーシュの顔色を伺いながらも様々な国の美女を後宮に集めた。けれど、ルルーシュは見向きもせずに、政治ばかりを、世界の動向だけを気にして、 そして結局はルルーシュの手によって、後宮は閉ざされた。
そんなルルーシュの背後に、いつも緑の髪の女性がいた。
人ならざる金色の瞳をした美少女は、けれど少女と呼ぶにはあまりにも人として何かが超越しているように見えた。
C.C.と、ルルーシュはそう呼ぶ。
その時だけは、ルルーシュの顔は、年並みの少年の表情に戻る。
后を娶ってもらえぬのなら、せめて側室だけでもと、家臣たちは促す。
ルルーシュに逆らった妹のナナリーや、兄のシュナイゼルには見せしめの意味をこめて、皇位継承権は与えていなかった。同じように、出奔したコーネリアの皇位継承権もルルーシュ は奪った。
事実上、皇帝であるルルーシュの跡継ぎは、誰もいなかった。皇位継承権をもつ者は誰もいなかった。
ナナリー、シュナイゼル、コーネリアを除いたルルーシュの兄弟である皇族は全員、帝都が消滅した際に死亡している。
あれほど繁栄を誇ったブリタニア皇族の血は、もはや主だってルルーシュしかもっていない。

少年皇帝は、狂ったように政治に精を出す。日々国々を渡り、使者を使わせて、様子を動向し、テロ行為などをその圧倒的な武力をもって鎮圧させる。
逆らう者がいれば、破門する。国の独立をかけて立ち上がる者がいれば、その血族の末端に至るまで処刑した。
圧倒的な手腕と、背後にある武装勢力に、世界は膝をおった。
シュナイゼルがルルーシュの陣門に下った時点で、世界の命運は決まったかも同然のようなものだった。
超大国は、黒の騎士団以外に武装勢力をもたぬと決めた。残された世界半分の国をもつブリタニアだけが、戦争をしかけることのできる武装組織を率いていた。
フレイアという大量虐殺兵器を、ルルーシュは顔色変えずに、脅しの材料にし、そして逆らう国の首都に叩きこむ。
人々は憔悴し、全世界の王として君臨する皇帝に膝を折る。
争いを避けるためには、少年皇帝に従う他なかった。
ブリタニアは、数百年の時をかけて、念願であった世界統一を果たす。わずか18歳の、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという少年の手により。
家臣たちは残虐非道なルルーシュに恐怖しながらも、その独裁政治に手をかす。

「オールハイルブリタニア!!」
「オールハイルルルーシュ!!」

ギアスにかけられたブリタニアの人々は、独裁政治を行う少年皇帝に意を唱えることさえなく、彼の膝元に恭しく腰を折る。
ルルーシュは、家臣たちの全てにギアスをかけたわけではなかった。
未来のために、必要最低限だけのギアスを使った。すでに帝都の消滅により、ギアスをかけた大半の者が死亡していた。
皇帝絶対の国にあって、皇帝に逆らう者はまずいない。
そういう教育を、代々おこなってきたのである。国民の一人一人の真髄に到るまで、皇帝は神そのもののような存在であると。 ブリタニアは、はじめからルルーシュが皇帝として即位するに相応しい国であった。操るのに容易な、本当に意のままにできるまるで 玩具のような。

世界を牛耳るブリタニア帝国。その皇帝は、まだ独身で、しかも少年である。
ルルーシュのギアスにかかっていない、家臣の者たちの間に、欲望がわくのも至極当然のことであった。
皇帝に上手く取り入れば、より高い地位を得られる。金を得られる。
私欲にぎらつく家臣たちは、毎日のように少年皇帝に后を娶るように仄めかした。
そして、勝手に後宮を作り、そこに若く美しい少女や美女を何人も集めた。ブリタニア中だけでは足りずに、他の国々からも、違った人種の美しい女たちが集められた。
「どうぞ、私たちの作った後宮へ、足をお運びになりますよう。陛下の好みの女性が、きっとその中にいます。そして、 后として娶り下さい」
集められた女たちのほとんどが、元ブリタニア貴族であった。皇帝の寵愛を受ければ、貴族制度の復活もありえるかもしれない。 廃れ始めた家を助けるために、自ら志願して後宮にくる者。ただ寵愛をえて、富を得ようと私欲にぎらついて集まる者。理由は様々であったが、無理やりに集められたわけではなかった。
ルルーシュの寵愛を受け、后になれば、女性として世界で一番の地位が築けるのである。
ブリタニア帝国は、普通は一婦一夫制度であったが、皇帝だけは特別であった。何人もの后を娶ることができた。同じように、側室も何人も作ることができた。
けれど、ルルーシュは後宮に一切の興味を示さなかった。
聡明すぎる少年皇帝の能力を、その血を引いた子を、跡継ぎとして欲しがる家臣たちのなんたる多いことだろうか。
男だろうが女だろうが、このさいどちらでもよい。とにかく、ルルーシュの血を、その遺伝子をひいていれば、どれほど優秀に育つだろうか。
女たちもまた、積極的に皇帝に近づくが、その誰もが相手にしてもらえず、結局ルルーシュは憂いを絶つためにも後宮を閉じた。
「陛下。今宵もまた、一人寝ですか。家臣たちの皆が、陛下に早く跡継ぎができることを祈っています。このさい、身分も国籍も問いません。どうぞ、 后を娶る気がないというのなら、せめて側室をお迎えください」
「そんな気はさらさらない」
報告された文章を読みながら、ルルーシュが吐き捨てる。
「ならば。ならば、あの女性でも構いません。どうぞ、后として娶られるよう進言いたします」
あの女性とは、C.C.のことだった。
ルルーシュは笑った。彼女を、時代の生贄にする気は全くなかった。
C.C.のことは好きだったが、彼女を后として迎えるつもりはなかった。

時は無常にも過ぎていく。
世界統一を果たしてから、ほぼ2ヶ月が過ぎた。優しく接してくれるのは、もはやC.C.だけだった。
心を許すことができるのは、彼女以外にはあり得なかった。
ナナリーを愛してはいたが、彼女は幽閉したままだ。
会いにいっても、何も答えてはくれない。視線さえ、合わせてくれない。憎しみの言葉さえ、もはやナナリーはぶつけてくれなくなっていた。

「愛しているよ。C.C.」

天蓋つきのベッドの上で、ルルーシュはそう呟く。それに答えるように、C.C.も愛していると答え返す。

昨日、二人きりで寂れた協会で式を挙げた。
花もない、指輪もない、祝ってくれる者もいない。
あるのは、ただ聖母とキリストの像だけ。

もはや、二人の間には何もいらなかった。言葉だけで十分だった。
「俺にはもう、時間がないんだ」
すでに、一週間後には日本へ発つことが決まっていた。そこで、超大国と黒の騎士団の主だったメンバーの反逆者を公開処刑する。
全世界に生中継でTVを流すことも決めていた。

そして、ゼロが現れる。

魔王を倒すための救世主が。ゼロによって、魔王は倒され、捕虜となっていた処刑目前のメンバーたちは全員解放され、そして世界が変わる。
少年皇帝の死によって、世界は劇的に変わる。
すでに、スザクにゼロの衣装も仮面も剣も渡している。
あとは、この命が絶たれる瞬間を待つだけ。

「C.C.。こんな俺の傍に、最後までいてくれてありがとう」
「それは私のせりふだ。魔女である私の傍にいてくれてありがとう」

「愛しているよ」
「ああ。私も、お前を愛している」

共犯者たちは、涙を零した。
C.C.は、もうすぐ失われるであろう愛しい人を思って。
ルルーシュは、一人残してしまうC.C.と、そして罪を被せてしまうスザクのことを思って。



「愛している。永遠にだ」
「永遠に。たとえ、この命が尽きても、お前だけを。例え、唯一人残されても、お前だけを。お前だけが愛しい」
C.C.は、自分の命が尽きることなどないと分かっていながらも、愛していると繰り返した。

運命の一夜。
そして、愛しい人の死。

愛しい人は、新しい命をC.C.に託してくれた。
それは、本当に奇跡のようであった。
健やかに育てば、いずれルルーシュと名前をつけよう。
そんなC.C.の純粋な想いさえ、神は許さなかった。
魔女に、生命がやどることを許さなかった。魔王の子が宿ることを、神は許さなかった。


「どうしてだ。なぁ、ルルーシュ、どうしてだ。こんな小さな命を、神は摘み取ってしまった」
血と一緒に、まだちゃんとした人の形にさえなっていなかった二人の子は、流れてしまった。
「お前は世界のために死んだのに。愛しいルルーシュ。私は、お前が託してくれた命を守れなかった」
魔女は、はじめて寂しいと思った。
ルルーシュがいない世界が、こんなにも酷いものだとは思わなかった。
C.C.は、神を呪った。
そして、名も知らぬ場所に名もつけることのできなかった子供の墓を建てた。



青空をを見上げながら、流れてしまった子を思い出すように、C.C.は平らな腹を愛しそうに撫でた。
そして、誰よりも愛しい彼のことを思い出す。

「世界は、本当に変わったよ。ルルーシュ。なぁ、聞こえているか?私は、寂しいよ。ルルーシュ。世界は優しくなったけれど、 この世界は私には辛い。お前がいない」
太陽に、両手を伸ばす。
伸ばしても、彼には届かない。
「魔女と魔王。本当に、滑稽だな。私は、魔王を愛した魔女。魔王は、世界のための生贄となって散った」
眩しい太陽は、C.C.を優しく包み込んでくれた。
「できることなら、お前の子を産んでやりたかった」
瞼を閉じると、すでに枯れたはずの涙が頬を伝った。



「何度だって繰り返すさ。ルルーシュ、お前だけを永遠に愛している」