約束の刻(とき)まで








「豪勢な食事だな」
C.C.が、ルルーシュの前に並べられた豪華な食事をみて皮肉を吐いた。
ルルーシュは皇帝であるのだから、その食事が豪華であるのは当たり前のことだった。
皇族たちは、古今東西の美味を求め、コックも一流である。そのせいで、食事に出されるものはC.C.が皮肉を言っても仕方のないほどに豪勢なものになっていた。
一般市民が、一年をかけて稼ぐ額であろう高級食材が、惜しみもなく使われている。
ルルーシュは、目の前の豪華な食事にうんざりした様子でため息をついた。
「どうした。ため息をつく場面ではないだろう、ここは」
「今度、コックにギアスをかけるか。こんなところで、無駄に税金を費やすわけにはいかない」
まさしく、よき皇帝そのものの発言。
高価なものを好む皇族らしくもない言葉に、C.C.がルルーシュの皇帝の衣装の肩に手を這わせた。
「マリアンヌも、同じようなことを言っていた。高価な食事より、質素な食事を好んだ」
「母上は、平民出身だからな。皇族出身の者たちのように当たり前に税金で作り上げられた高価なものや、食事をあまり好まなかった。だが、皇族であるから、我慢はしていたようだが」
「そういうルルーシュも、皇族だろう。しかも、生粋の」
C.C.が、ルルーシュの頭から帽子をとって、自分の頭に被せた。
白で統一した衣装は、煌びやかなもので、皇帝としての威厳を損なうこともなく、凛とした上品な美しさを纏っていた。
金糸銀糸の縫い取り、宝石を散りばめられた服。
皇帝であるのだから、相応の衣装をする必要がルルーシュにはあった。
平民の血である税金をこんな形で費やしたくはなかったが、体裁というものはどうしても必要だ。
ギアスをかけていない国民が敬えるような皇帝としての姿を。

貴族制度の廃止は、ブリタニアに新しい光をさしこんだ。
差別され、虐げられていた植民地の民も平等であると説くルルーシュは、とにかく迫害を禁止した。一切の迫害がなくなったわけでもないが、それでも植民地の民も国民も、差別がなくなったことを心から喜んだ。
善帝、ルルーシュ。
少年皇帝は、即位して間もないというのに、莫大な指示を国民から得ており、尚且つ植民地の民さえも新しい少年皇帝の即位を祝った。
いわれなき差別の時代は終わった。
父親であるシャルルの像は破壊され、新しく少年皇帝の像が建てられることになった。

ルルーシュは、つまらなさそうに握っていたナイフとフォークで食事をはじめた。
味はあまりかんじない。
美味しいはずなのに、美味しくない。
コックの腕は超一流である。
出された食事も、美食家をうならせるような味をしていた。
だが、ルルーシュは何も感じなかった。
ナナリーのいない食事が、こんな味気のないものだなんて。
ルルーシュは、見張りの名前も知らぬ騎士に命じさせ、椅子を新たにもってこさせた。
「座れ、C.C.」
「なんだ」
ルルーシュの言葉に、C.C.が素直に椅子に座る。
そして、ルルーシュは自分の手元にあった新しいナイフとフォーク、それにスプーンをC.C.の前においた。
「こんな量、一人で食べることができないとわかっているのに、よくもまぁ作るものだ。C.C.、お前も食べろ」
「いいのか?」
C.C.の金色の瞳が輝く。
素直に、目の前の料理がとても美味しそうに見える。
食べていいと言われて、C.C.はマナーもそっちのけで食事をはじめた。

それに、ルルーシュのアメジストの瞳が心持ち、穏やかになった。
見張りの騎士は、C.C.の食事の下品さに眉をしかめていた。
なぜ、皇帝はこんな下賎な女を好んで傍に置いているのだろう。
見た目は美しい少女であったが、言動も決して上品といえるものではない。ブリタニアの唯一皇帝であるルルーシュには似合わない。
だが、騎士とてバカではない。命は惜しい。先代の皇帝は、機嫌を損なわせると当たり前のように家臣の首を刎ねることさえあった。
いくら少年皇帝がよき皇帝といわれているとはいえ、天上人であることに変わりはないのだ。

次々と食べ物を平らげていくC.C.に、ルルーシュも食事を再開した。
その細い体のどこにそれだけの食物が入るのかと疑問を投げたくなるくらいに、爽快にC.C.は目の前の食事を平らげていく。
この調子なら、食事を残すことはないのではないかと思うほどに。
ルルーシュは、スープを行儀正しく飲んだ。
コーンポタージュ味だったが、ちゃんと味がした。
さっきまで、食べていてもなんの味もかんじなかったのに。
本当に、不思議だ。

C.C.がいるだけで、世界はこんなにもかわる。
満足そうにナプキンで口をぬぐって、C.C.は最高級の紅茶を飲んでいた。
ルルーシュも、同じように紅茶を口にする。

コックにギアスをかけるのは、冗談ではなく本気であった。
もっと、質素な料理にしろといっても、コックはそれでも上等な食材を使うだろう。
今までそうしてきたのである。突然、食事の中身を変えろといわれても無理だろう。
何より、皇帝に粗末な食事などさせられない。コックにも意地がある。
面倒なことだと、ルルーシュは思った。
こんな些細なことさえ、ギアスを使わなければいけないなんて。
そうしなければ、この腐った皇族崇拝の世界は変わらない。
貴族制度を廃止しても、皇族は多い。父であるシャルルは、庶子を含めて100人以上の子供を作った。それにあうだけの皇族が存在する。
貴族制度を廃止して、税金の無駄遣いに歯止めをかけても、肝心の皇族がかわらぬ暮らしを送っているのでは意味がない。

ルルーシュは、皇族の生活そのものもかえようとしていた。
ある程度の生活の水準は保つ。そうでなければ、皇族制度まで廃止しなければならばい。
そうすると、皇帝まで廃止しなければならない。
皇帝の地位は必要だ。
これからのためにも。

「ああ、美味かった」
C.C.が、満足そうに伸びをする。
「食べた後は眠くなってきた」
「牛になるぞ」
「牛になって構わない。ルルーシュ、寝るからお前のベッドを借りるぞ」
その言葉に、見張りの騎士が目をむいた。
皇帝と親しいとはいえ、無礼にも程がある。
だが、ルルーシュは優しい眼差しをC.C.に向ける。
「好きなだけ寝ていろ。家臣はお前のことで口うるさいから、いずれ后に迎える者だといっておいた。文句はいうなよ?」
「いずれ后か。私がブリタニア皇帝の皇后か。はははは、面白くない冗談だ。もしも、本当に皇后にされるくらいなら、逃げ出してやる」
「お前を后になど迎えるつもりは最初からない。安心しろ」
「それでこそルルーシュだ」
C.C.が、眠たそうに欠伸をした。
そして、立ち上がって、ルルーシュの寝所であるアリエス宮の部屋へと足を向ける。
「またこのアリエス宮で惰眠を貪る日がくるとは思わなかった。ある意味、複雑だな」
「昔のことは忘れてしまえ。今は、俺といることだけを考えろ」
「情熱的な口説き文句だな。とてもドキっとしない」
「だろうな」
「はははは。私をときめかせることなんて、100年早い。童貞」
聞こえてきた言葉に、見張りの騎士は身震いした。
これがシャルル陛下であれば、鞭打ちの刑はくらうはずだ。
だが、少年皇帝はそんなことは決してしない。
ルルーシュも食事を終え、午後の執務に取り掛かるべく席をたった。そして、微動だにせずに入り口を見張っていた騎士に、微笑みかける。
「見張り、ご苦労様。疲れただろう、休憩にいっていい」
「は、し、しかし陛下。もしも、陛下の御身に何かあれば」
「大丈夫だ。私には、ナイトオブゼロがいる」
ルルーシュの食事を待っていたかのように、ナイトオブゼロ、スザクが現れた。
「陛下、執務室まで護衛いたします」
スザクは、もう友人ではない。皇帝とそれを守る唯一の騎士である。

スザクが、恭しい態度でルルーシュの言葉を待つ。
「スザク、頼む」
「イエスユアマジェスティ」
「ということだ。休憩にいけ。これは命令だ」
ルルーシュに強く言われ、見張りの兵士はびしっと敬礼の姿勢をとった。
「イエスユアハイネス!!」

「では、私は惰眠を貪ることにしよう。イエスマイロード」
C.C.が、敬礼をとった後、また欠伸をした。
家臣のいなくなった部屋で、スザクがルルーシュの元に跪く。
「ルルーシュ。俺だけの皇帝」
ルルーシュの白い手に、口づける。
「僕は、君の存在を守る。約束の時まで」
「約束の時が過ぎれば、おれはただのゴミだな」
ルルーシュの紅色の唇が歪んだ。
「スザクに命じる。ゼロレクイエムを遂行せよ」
「イエスユアハイネス!」

約束の、刻(とき)は、近い。