京楽の意地悪さ







「これ日番谷隊長!」

「わーってるよ。すまねぇと思ってる」

山本総隊長にとって、日番谷などひ孫くらいであってもおかしくない、いやそれ以上の年の差に、山本総隊長は日番谷を叱りつけるのだが、自然と緩くなってしまう。

「此度で何度目なのか分かっておるのじゃろうな?」

「4回目だろ」

「5回目じゃばか者!」

厳しいお叱りの声だが、日番谷の態度は変わらない。

昔からこうだ。目上の者に敬意を払うことがない。責任感はあるし、何より史上最年少で隊長にのし上がった実力者でもあるが、肝心の目上の者に対する敬意がないせいで、何か事件を起こすと余計な叱りごとを受けた。

山本総隊長に関しても、総隊長とは呼ぶが、丁寧語を使わない。

親しみやすいといえばそうだが、不敬と捉えられても仕方ない。

「お主らもだぞ、春水、十四郎!」

息子のようにかわいがっている二人の死神が原因で、日番谷は自分の隊の執務室を壊してしまったのだ。

「お主らができておるのは知っておる。だが、日番谷隊長が執務室を壊した原因はお主ら二人にも責任がある」

「勘弁してよ山じい」

「先生、すみません」

責任逃れしようとする京楽とは反対に、浮竹は素直に非を認めて謝った。

「十四郎はちゃんと分かっておるようじゃ。こりゃ春水、お主はどうなんじゃ」

「僕が悪かったよ。すみませんでした」

ぺこりと頭を下げる京楽に、片眉をあげるも、山本総隊長は今度は日番谷を見た。

「日番谷隊長も、ちゃんと反省しておるな?」

「反省してる。すまなかったと思ってる」

「ならばよし。解散じゃ」


一番隊の広い執務室から解放されて、日番谷はすぐに去ってしまった。

「はぁ、まさか山じいから呼び出されるなんて思ってなかったよ」

お叱りの言葉をうけるなんてと、京楽は不満顔だった。

「だが、俺たちのせいで日番谷隊長は執務室を壊してしまったんだろう?」

「あんなの、我慢しようと思えばいくらだってできるよ。日番谷隊長個人の責任だと思うね」

京楽は辛辣だった。


元々の原因は、浮竹が日番谷のところにいき、京楽の愚痴をこぼしたことにはじまる。

それを追ってきた京楽が、浮竹に手を出してうやむやにして・・・・・その手を出すことに日番谷の我慢の尾が切れての、斬魄刀解放による執務室の破壊であった。

「日番谷隊長は若すぎるね」

「お前が、意地悪すぎるんだ」

「そうかな?」

「そうだ。あんな年端もいなぬ子の前で・・・・その、キスとか・・・・」

「日番谷隊長も死神なんだし、けっこう年いってると思うんだけど」

「子供は子供だ」

その言葉を日番谷が聞いていたら、きっと怒っていただろう。




結局、和解はした。

したが、日番谷の悩みは尽きない。

「なんで、この執務室なんだ!自分の執務室にいきやがれ!」

日番谷が仕事をしている間、浮竹と京楽が遊びにきて、松本と一緒に3人で騒ぐのだ。

「浮竹!」

「なんだい日番谷隊長」

「お前は、無自覚すぎるんだ!京楽という狼の前で、髪をかきあげてうなじを見せたり、潤んだ瞳で見つめたり、抱き着いたり・・・・!とにかく、浮竹、お前は京楽を刺激するな!」

「俺は別に何もしてないと思うんだが」

松本が用意してくれていた茶菓子を頬張りながら、浮竹は日番谷を見る。

「いいや、十分している」

うんうんと、松本も頷いていた。

「僕は、別に普通だよ。隠していないし、どこで浮竹に口づけたりしようが自由でしょ」

「いいやだめだ!この執務室で、いちゃつくことは厳禁だ」

「えー。キスとハグくらいはさせてよ」

京楽が、浮竹の白い髪をとって、口づける。

いちいち、見せつけてくるのだこの男は。本当に、どうしようもない。

「キスとハグまでだからな!」

「はいはい」

さっそくと、浮竹を抱き締めて、後ろからハグする。

「ん?なんだ、浮竹」

「別に何もないよ」

にっこり笑って、浮竹に口づける。

見せつけるように。

いや、わざと見せつけているのだ。この男は。

浮竹に対して、邪(よこしま)な思いを抱いたことはないが、そのしぐさや言動に、かわいいなと思ったことはある。

きっとそれを知っていて、京楽は見せつけてくるのだ。

浮竹が自分のものであるということを。

日番谷は、溜息をついた。

「もうどうでもいい。松本、俺にも茶をいれろ」

「は―い隊長、今いいところなんでもうちょっと後で」

松本は、浮竹に京楽が口づけるシーンを穴があくほどの勢いで見つめていた。

「忘れてた。松本は腐ってやがるんだ」

腐った松本にも見せつけている。

京楽の性根の悪さに、くらりときた。



「お前・・・・・ほんとに性格悪いな」

酒盛りをして眠り込んでしまった松本と浮竹を置いて、京楽にそういう。

「まぁ、否定はしないね」

「浮竹のどこがいいんだ」

「全部だよ。君も、浮竹を見て思うだろう?かわいいとか、構ってあげたくなるとか」

「否定はしない」

「僕はね。邪な目の他にも、そういう目で、浮竹が見られるのが嫌なんだ。たとえ、松本副隊長といえどもね。浮竹を閉じ込めて、誰にも見せたくない」

「それは、ただの独占欲だ」

「そうだよ。僕は独占欲の塊だよ。浮竹に関しては、僕は狂っているのさ」

自分が狂人だと認めるその大胆さに、少しだけ感服した。

「お前の性格の悪さは分かった。今日はもう、浮竹を連れて帰れ」

「そうするよ」

「どうすれば、ここにこなくなる?」

「それは浮竹に聞いてくれないかい。浮竹が、ここにきたがるから、僕もきている・・・・それだけのことだよ」

性根の悪い京楽は、そう言って浮竹を抱き上げて雨乾堂に帰っていった。


「ちっ」

まだ残っていた酒を飲んでみる。

「甘い・・・・」

確か、浮竹は甘い果実酒が好きらしい。

その中身を全部飲みほして、思う。

いつか、自分も雛森をとても大切に・・・他人に見せたくないと、思えるようになるのかと。

まだ付き合っているといえるかもわからない、あいまいな関係だ。

「ばからしい」

雛森とデートしたのは、この前の甘味屋で4回目だ。

デートと呼べるかもわからない。そもそも雛森は、日番谷のことを好いてはくれているが、異性として見てくれているのかも疑わしい。

日番谷は、次の酒を飲んでみた。

「なんだこれ・・・・」

京楽の酒だった。

「喉が焼ける・・・・・・」

なんてきつい酒を、平気な顔で飲むんだろう、京楽は。

その酒を、果実酒の合間に飲まされていれば、それは酔いつぶれることだろう。松本が酔いつぶれるのも早かった。

「寝るか・・・・・・」

酔いつぶれたままの松本には、一応毛布をかけておいた。

隊首室ではなく、与えられた屋敷の寝室で、眠りにつく。

明日も、浮竹がきたらまずは追い払おう。

そう思いながら、やってきた睡魔にかてず、酒を久しぶりに飲んだせいもあって、日番谷は遅刻した。

次の日から、ぱったりと浮竹と京楽はこなくなった。

「隊長、つまんない」

松本の意見に同意だった。

いなくなって分かる。どれだけ陽だまりだったのかを。

日番谷は、雨乾堂に来ていた。

「おや、日番谷隊長がここにくるなんて、珍しいな」

盆栽をいじっていた浮竹に、日番谷は言いにくそうに言葉を切り出す。

「その」

「なんだい」

「また遊びにいこい!いつでもいいから!松本と、待ってるからな!」


そう言われて、その次の日から、また浮竹は京楽と一緒に姿を見せるようになった。そしていちゃついて、度をこして日番谷が切れて

「蒼天に座せ、氷輪丸!」

と、いつものように叫ぶ日々がくるのであった。