太陽が落ちる時







「浮竹という。よろしく」

院生の特進クラスで、はじめて友人になったのは、白い髪の麗人だった。

名を、浮竹十四郎。

下級貴族の、8人兄弟の長兄であると聞いた。

一方の京楽は、上級貴族の次男坊だった。金がありまっている京楽の両親は、金を与えれば後は放置しておけばいいというような人間で、厄介祓いだとばかりの学院にいれられた。別に、望んで死神になりたいわけではなかった。

反対に、浮竹は死神にならなければ食っていけないという状況で、学院の入学金とか授業代とか、全て推薦での金で賄っていた。

能力があれば身分は問わない-------------そういう学院であるからして、流魂街から通学しているような人間もいる。

上流貴族の、京楽の周りには人ができた。全部、ばらまく金につられてきた人間だ。

反対に、浮竹の周囲には、浮竹の優しさなどのその人格からできる、本当の意味の友人ができていた。

多分、羨ましかったんだと思う。

「京楽?」

のぞきこんでくる瞳が、翡翠みたいで見惚れていると、浮竹に不思議そうな顔をされた。

「あ、なんだい?」

「この書類なんだが、先生が配るを忘れたらしくて------------」

その後の言葉は、耳に入っていかなかった。

気づくと、その翡翠の瞳に口づけていた。


「京楽・・・・・・?」

「あ、いや・・・宝石みたいだなと思って。すまない。翡翠が好きなんだ。親が宝石商の仕事もしていてね。君の瞳が、極上の翡翠みたいだったから、つい」

なんとか誤魔化そうと必死になる京楽を、浮竹は見ていた。

「そうか。俺の瞳でいいなら、いつでも見ていいぞ」

そう、にこりと笑われた。

なんとか誤魔化せた・・・・。

京楽は、欲していた。

太陽を。

幼心の思い出は乳母とのものだ。乳母は暖かった。気苦労のせいで白髪になってしまったんだと笑っていた。目に少し緑が入っていて、綺麗だったのを覚えている。太陽のようだとかんじた。
年の差はあったが、本気で好きだった。
その乳母を亡くしたのは3年前だ。

まだ、彼女に恋慕していた。

代わりでいいから。太陽がほしかった。

できれば、緑色をもっている太陽がいい。

短い白い髪に、極上の翡翠の瞳をもつ、少年とも青年ともつかない年の浮竹は、求めいた太陽そのものに見えた。


浮竹の傍で過ごすことが多くなった。

浮竹は、本当に太陽のようだった。彼の周りにはいつも友人があふれていた。

最初は遠くから眺めるだけだった。

気づけば、その輪の中に入っていた。

欲しいと思った。

この太陽を振り返らせることができれば、どんなにいいかと思った。


「京楽、また授業を抜け出して・・・・・・」

さぼっていた京楽を、浮竹が叱って授業に連れ戻すことが多くなった。

それなりの友人としての関係は築けたのだと思う。

でも、まだどこかで太陽を欲していた。

ああ、この極上の翡翠は、研げばきっと、傾国になる・・・・・。

「浮竹」

「なんだ?」

「これ、あげるよ」

この前、親の金庫からくすねてきた磨いて綺麗にカットされた翡翠の石を、浮竹にあげた。

「こんな高価なもの、もらえない」

そう言って断ってくる浮竹に、嘘をつく。

「それ、イミテーションなんだ。偽物だから」

「そうなのか?なら、もらっておく。でも、こんな石、女の子の方が喜ぶだろう?何故、俺なんだ?」

そう聞かれると、普通に答えていた。

「君の瞳が、極上の翡翠だから。もしくはエメラルド。宝石みたいで綺麗だから、同じ色の石をあげたくて」

照れくさくもなくまくしたてると、浮竹は不思議そうにしていた。

「昨日の女の子に、あげればいいのに」

ぎくりとなる。

隣クラスの女子に告白されて、肉体関係に陥って、でもたった1週間で別れた。

京楽は女遊びが酷い。

そう噂される通りに、主に金目当てで近づいて告白してくる女を抱いて、捨てた。付き合う相手がいない時は、廓にいって女を買いあさった。

色街で買う女のほとんどが、目に緑に近い色の入った女だった。青とか灰色の時もあったが、どこが浮竹の瞳ににたかんじの女を選んでいた。美人とか不細工とか。そういうことにはこだわらなかった。

ある日、買ったのは花魁だった。飛ぶように金がかかった。濁ってはいるが、緑色の目をしていて、翡翠という名だった。
この女なら太陽になってくれるかと、告白すると、これは遊びなんだと言われた。色街で、普通女が男に本気になることはない。花魁とはいえ遊女だ。たくさんの男とそういう関係にある。

「浮竹・・・・・・」

行為の最中にそう呼んでしまい、翡翠という花魁は不機嫌になった。

「わっちを抱きながら、他の女の名を呼ぶなんて、酷いでありんす」

「あ、違うんだよ翡翠。浮竹はただの学友でね」

「もっと性質が悪いでありんす。その学友に惚れてるんでありんすか?」

「違う。違うんだよ」

一生懸命言い訳をして、翡翠を抱いた。金はかかったが、翡翠ならきっと偽りでいいから太陽になってくれると思った。

半月ほど関係は続いたが、翡翠は上級貴族の男に身請けされて、妾になるために花魁をやめてしまった。

また、なくした。

京楽は、酒に溺れた。


それを見かねた浮竹が、寮の部屋の相部屋の相手と部屋を交換して、京楽から酒をとりあげた。

「浮竹?なんでこの部屋に」

「頼んで、相部屋だった相手と部屋を交換してもらった。京楽、どうしたんだ。女の次は酒に溺れて・・・・何か、あったのか?」

さらさらと零れる短い白い髪に手を伸ばす。

「太陽が、欲しいんだ」

「太陽?」

浮竹の、翡翠の瞳に口づける。

「翡翠の瞳の、太陽が欲しい」

「?意味が分からない。飲み過ぎだぞ、京楽!」

京楽は、酒くさかった。どれだけ飲んだのか、酔っているのは明らかだった。

目に口づけらるのは二度目だったが、京楽だから許した。

一部の他の男のように邪(よこしま)な目で見てこない。

浮竹は、その可憐な容姿のせいで、同級生でなく、上級生からも同性から告白された。時には、無理強いさせられそうになった。

鬼道でなんとかしてきたが、いい加減うんざりする。

「浮竹・・・・・・・」

「なんだ、京楽?」

「僕の太陽にならないかい?翡翠の色をした太陽に」

「意味が、わからない・・・・もう、寝ろ」

手をとっていた。

抱き寄せる。体温は暖かかった。

「京楽?」

目の前に、極上の翡翠があった。

気づくと、京楽は浮竹の桜色の唇に、自分のそれを重ねていた。

「!」

浮竹が離れる。

「お前、酔いすぎだぞ。女と間違えるな!」

怒って、ベッドのほうに行ってしまった。

いきなり、同じ部屋になるなど、滑稽だ。京楽が求めていたのは、太陽だ。翡翠の色をした。

浮竹を、いつの間にか求めていた。

そんな相手と同室なのだ。


翡翠と別れてから、また京楽は女遊びが酷くなった。今度は緑の瞳ではなく、浮竹のような温かい女を探しては抱いて、行為の最中に「浮竹」と囁いた。

浮竹と同室なのは、精神上あまり好ましいものではなかった。

京楽の想いを知らずに、浮竹は京楽と、友人として接してくれる。


時間が少し経った。

京楽は、いつの間にか浮竹の親友になっていた。