その結婚式は盛大に行われた。 朽木家の姫君が嫁ぐ日として。 朽木白哉は、花嫁姿の美しい義妹を、心から祝福した。長年かわいがってきた義妹に訪れた幸福に、白哉は静かだったが、とても満足しているようであった。 今日から、朽木ルキアの名を改め、阿散井ルキアとなる。 たくさんの人が結婚式に来てくれた。護廷13番隊の隊長、副隊長、席官クラスのものが集って、酒をのみ騒ぎあった。 四大貴族の朽木家の結婚式らしい式をしようと、初めはしていたのだが、あまりに多くの者が祝福にくるので、半ば無礼講になっていた。 「一角、飲み過ぎだよ!」 「もっと酒もってこいー」 一角と弓親は、11番隊の副隊長と3席になった。二人はいつも一緒で、でもできているわけでもなくって、不思議な関係だった。 「おめでとう、ルキアちゃん」 「京楽総隊長殿!身に余る光栄です!」 「花嫁姿が綺麗だねぇ」 副官の伊勢を伴って、総隊長自らが祝福にきてくれたのだ。ルキアと恋次の人望が、どこまで高いのかが分かる。 「京楽総隊長、きていただけたんですか!」 挨拶回りに周っていた恋次がやってくる。 「あの世で、浮竹も喜んでいるだろうさ。見せたかったねぇ、ルキアちゃんの花嫁姿」 結婚してすぐに、ルキアは13番隊隊長になることが決まっていた。 「ルキアちゃんが13番隊隊長かー。やっぱり、浮竹に見せてやりたかったねぇ」 ユーハバッハの侵攻により、それが元で命を落としたのは山本元流斎重國、卯ノ花烈、浮竹十四郎。 それを欠いて、新しくヴァイザードから隊長や副隊長になった者も見受けられた。 「朽木、阿散井、おめでとう」 「おめでとう〜、二人とも」 「日番谷隊長、松本副隊長も!」 ルキアは、数週間ぶりに見る懐かしい顔に、顔を輝かせた。 「よし、二人の氷像をつくってやる。蒼天に座せ氷輪丸!」 氷の龍が、ルキアと恋次の見守る中、氷でできた二人の氷像を作り出した。 「隊長の、プレゼントだそうですよ、これ」 「うるさい、松本!」 「きゃーーーー」 松本は、吉良と檜佐木の後ろに隠れた。 「何してるの、シロちゃん」 「雛森!」 日番谷の弱点である雛森を盾に、松本は豪華な食事を食べるため、もしくは好きなだけ酒をのみにいくために走り出した。 「待て松本!」 「結婚式って綺麗だね、シロちゃん。いつか私たちも・・・・・」 顔を赤くして、日番谷は雛森の手をとって走り出す。 「いくぞ、雛森」 「待ってよ、シロちゃん!」 「兄は、今後私のことを白哉義兄様と呼ぶように」 恋次に、白哉はちょっとした無理難題を押し付けていた。 義妹の夫になるのだから、阿散井恋次は義兄弟ということになる。それをいいことに、恋次にああだこうだとちょっかいをだす白哉は、義妹の結婚がどれほどうれしいのか、表情ではよくわからなかったが、恋次にからんでいた。 「ルキア、ここにこい」 「はい、兄様」 「二人は、今宵が初夜となる。朽木家の家訓にのっとり、初夜は朽木家で行うものとする」 二人は、初夜という言葉に真っ赤になった。 「今後、二人は朽木家の屋敷に住むように。別邸を作らせるゆえ、それができるまでの間は同じ屋根の下で暮らすことになる」 恋次は、ルキアの手をとった。 ルキアは、恋次の手を少し戸惑ったが、握りしめた。 結婚式の宴も、宵の頃にかかっていた。 「きてくれたのか」 白無垢姿のルキアが、顔を輝かせる。 茶虎、井上、石田の姿があった。 現世の忙しい時間を割いて、わざわざ尸魂界の朽木家まで祝いにかけつけてくれたのだ。 「わー、朽木さんきれーい。いや、もう阿散井さんになっちゃうんだね」 井上の目はキラキラと輝いていた。 「祝いにきた・・・・・」 茶虎はただ一言そういって、花束を渡してくれた。 「あまり時間がないんで、本当はもっといたいんだけど、急患がくるかもしれなから・・・僕は、ここで失礼するよ。おめでとう、朽木さん」 滅却師マークのついた新しく作られたワンピースを何着か渡して、石田は現世に帰って行った。 「それにしても、黒崎君どうしたのかなー。誘っても全然返事くれないし。最近職場で寝泊まりしてるようだし、ちゃんと食事とかしてるのかな?」 「一護も、忙しいんだろう」 茶虎がラインで連絡しても、メールをしても返事はなかった。 「こんなめでたい日なのにねー」 ルキアは、白無垢姿のまま、涙を零した。 「嬉しすぎて、涙がとまらぬ」 それは、幸福からくる涙だけとは違った。 恋次は優しい。恋次の求婚を受けて、正解だったと思う。朽木家のためにもと、百哉からも勧められて結婚した。 恋次のことが大好きだ。愛している。もう、何度か体を重ねた。 でも、でも、でも。 心の奥に刻まれた想いを、捨てることはできなかった。 優しい恋次は、それに気づいていた。それでも、結婚しようといってくれた。たとえ、心が違う者と重なっていても、それでもいいと言ってくれた。心の片隅にでも俺がいるなら、結婚しようと言ってくれた。 ルキアの心に住んでいた一護は、どんどん遠ざかって行った、ルキアを残して。 正式に付き合っていたわけでもない。体を重ねたこともない。 だが、心を重ねあい、抱擁し、キスを何度もした。数え切れぬくらい。 愛し、愛されているのだと思っていた。 また涙が零れる。 自惚れだったのだろうか。この想いは。 「ルキア、こっちこい。写真とるぞ・・・って、お前泣いてるのかよ」 「恋次のせいだぞ。貴様が優しいから・・・!」 もっと、醜く罵って、結婚を破談してやるとか言われたほうが、どれほどよかったか。 婚約の時点で、ルキアは心のどこかでまだ一護と繋がっているのだと思っていた。でも、一護はルキアを見ても帰れというだけで、話もしてくれない。一護が望むなら、婚約を破棄しようと思っていた。 でも、一護は井上との間に、子を、作っていた。 式は、来年の春らしい。 「井上の式には、絶対参加するからな」 「うん、ありがとう朽木さん・・・・おっと、今は阿散井さんだっけ」 「朽木のままでいい」 浅ましい。 心のどこかで、あの二人がめちゃくちゃになってしまえばいいと、願っている。 もう、戻れない。一護もルキアも。 懐かしかった、死神代行の時代には、戻れぬのだ。あの黒崎家で過ごした、暑い夏は、とっくの昔に過ぎていた。 13番隊の、隊長になることがすでに決まっている。 その報告をしにいった日、一護に言われた。もうここへ、来るなと。 現世にくるなと。 何故、と問うと、ただもう終わりなのだと告げられた。 何が終わりなのか分からなかった。分からないまま、井上と交際していると告げられ、お腹にはもう新しい命が宿っているのだと言われた。 それは、望んでもルキアにはかなわないこと。死神が、人間の子を孕むなどあってはならないこと。それこそ、処刑ものだ。 だから、体は重ねなかった。そのせいなのか? そのせいなのかと聞くと、「お前には関係ない」と言われた。 繋がっていた、鎖がちぎれた。 重なっていた心に、罅が入った。 もういいのだ。 もう。 私は、阿散井ルキア。 阿散井恋次の妻であり、次期13番隊隊長、阿散井ルキアだ。 ------------------------------------------------------------------------------------- 結婚式は恙なく終わり、初夜を迎えた。 「恋次・・・・・!」 初めてでなかったが、恋次と体を重ねあう。 「ルキア、愛している・・・・・・・」 揺さぶられて、ルキアは生理的な涙を零した。 その夜は、長い間交わり合った。 「ルキア・・・・・・」 眠ってしまったルキアの、心に触れる。 「くそ・・・・お前はまだ、ルキアから離れねーのか。ルキアは、俺のものだ」 残留思念のように、ルキアにまとわりつく一護の影に、恋次はありったけの霊圧をぶつけた。 ふわりと、音もなく一護の影は消えてしまった。 「ん・・・・・・恋次?」 朝起きると、隣の布団に恋次がいなかった。 姿を探して彷徨うと、恋次は庭で剣の稽古をしていた。傍には白哉の姿もあった。 「恋次!兄様!」 「起きたかルキア。身支度を整えてこい。今日は、父上と母上に報告に参る日だ」 「そうでした!兄様、恋次を鍛えるのはほどほどに・・・・!恋次、いってくる!」 ルキアは、朽木家の姫として恥ずかしくないように髪を結われ、着物をきて簪をさし、恋次と白哉の元へ戻ってきた。 「ルキア、よく似合ってるぜ」 ルキアがさしている簪は、婚約記念に、恋次がルキアにあげたものだ。恋次は頑張ったのだが、それでも四大貴族であるルキアにふさわしい簪は買えなかった。 副隊長数か月分の給料を費やして買ってきてくれた簪を、ルキアは喜んで受け取ってくれた。それだけで、恋次も心が満たされた。 たとえ、ルキアの中に一護の影があっても、ルキアはルキアだ。一護のことなど、忘れさせてやる。 「いきましょう兄様、恋次。義父様、義母様のそして朽木銀嶺様の眠る場所へ」 3人は、正装をして代々の朽木家当主、また朽木家に連なる者が眠る廟堂へやってくると、白哉は前当主であった銀嶺の墓の前で、ルキアと恋次の結婚の経緯や、今後のことなど、たくさんのことを報告した。 「緋真も、ここに眠っている」 白哉の妻であった朽木緋真、ルキアの実の姉の墓を前に、ルキアは涙を零した。 「姉様・・・・私は、幸せです。今、とても幸せです」 そんなルキアを、恋次が抱き締める。 「俺は、ルキアを大切にします。誰よりも、幸せにします」 その言葉に、白哉も満足そうであった。 それから、新婚旅行だと現世のヨーロッパなる異国の地を踏み、ルキアと恋次は睦みあいながら 二人で、まるで海の海月のように現世を漂う。 日本の空座町まで戻ってきたルキアは、結婚の報告がしたいと恋次を先に尸魂界に帰らせて、勇気を振り絞って、黒崎家に足を踏み入れた。 「なんだよ。何か用か?」 チャイムを押すと、休日のせいか、一護本人がでてきた。 「一護。私は、恋次と結婚した。新婚旅行にも行ってきたのだ」 「そうか。まぁ、あがってけよ」 久しぶりに、一護の部屋に入った。 井上は買い物に出かけているようで、生まれたばかりの赤子を見せてもらった。 「ふふ・・・・・かわいいな。目元など、一護そっくりではないか・・・・ふふふ」 笑うのと、涙が流れるのとは、同時だった。 「ルキア」 「分かっておる!私たちは、もう終わりなのだと!頭では分かっておるのだ!だが、心が悲鳴をあげておるのだ!死神と人間が結ばれるはずなどない。まして子を成すなど・・・・・・」 「ルキア・・・・・」 一度流れ出した涙は止まらなかった。 あふれ出した感情は、止まらなかった。 「何故だ一護!何故、貴様は私を突き放す!?何故こんな仕打ちを与える?かつての私たちは、確かに繋がっていたのではなかったのか!」 「俺は・・・・・・・・」 一護は、とても辛そうだった。 そんな一護の目の前で、涙を流しながら何をいまさら言っているのだろうと、ルキアは思う。 「貴様の中の私は、井上よりも劣るのか!」 ああ。 言っては、いけない言葉を 言ってしまった。 「井上とは・・・・・もういい、ルキア。帰れ」 「帰らぬ!貴様の答えを聞くまでは!」 震えていた。 何を言っているのだろう、私は 恋次という夫がありながら、今更、一護の気を引こうというのか 最低だ 「最低だ・・・・私は・・・・・でも、貴様はもっと酷い、一護」 ああ、言ってしまった。 もういい。 言ってしまえ。 「私との関係は、遊びだったのか!?私は、井上の代わりだったのか!?愛しているといってくれたあの言葉は、抱擁は、口づけは、全てうそだったのか!?」 「もういい!!」 気づくと、一護の腕の中に荒々しく抱き込まれていた。 「なんで、俺を試す!?俺のことを忘れない!? もう終わりだって、言っただろう!?」 「一護、泣いているのか?」 「泣いてなんかねぇ・・・・・・・・」 ぽたぽたと、一護の涙がルキアの頬を伝った。 「愛してるんだ・・・・・・でも、だめなんだ、俺じゃあ。俺は人間だ。死神の恋次のように、お前と結ばれることはない。いつか、死という終わりがくる。だから、だから・・・・!」 「一護・・・・・だから、井上と結ばれたと?」 「・・・・・・酒の勢いだったんだ。俺は最低だ。でも、ちゃんと責任はとらねぇといけねぇ」 知っていた。 井上が、狂おしいくらいに一護が好きだったことを。 「誘ってきたのは、井上のほうからだった。べろんべろんに酔ってて、俺は眠くてどうでもいいいとベッドに体を投げ出した。そしたら、井上が・・・・・・」 ルキアも、一護も、声もなくなただ抱き合った。 井上が、一護を手に入れた。そして、子を孕んだ。無論、父親である一護は責任をとらないといけない。本当なら、無効だと言って冷たく捨てることもできただろう。 だが、一護は一護だ。 そんな必死になってまで思っていてくれている井上を、捨てることができるはずがない。 「俺は、井上を愛している。でも、ルキア、お前もまだ愛してる。最低なんだ、俺は」 「本当に、最低だな。私も、貴様も。私も、貴様をまだ愛している。でも、恋次も愛しているんだ・・・・・・」 涙は、もう流れなかった。 心を、きちんと知れたから。 繋がっている。 まだ、私と貴様は、繋がっている。 切れたはずの鎖は、まだ繋がっている。 重なり合ったままだった心は、まだ重なり合ったままだったのだ。 -------------------------------------------- 「どうすればいいのか、私にもわからない」 「俺も、どうすればいいのかわかない」 来年の春には、少し大きくなった赤子と一緒に井上と結婚式をあげる一護。 結婚式。 その言葉のもつ意味は、伴侶を得ること。 「私は・・・・・・貴様の心を、さらっていく。手放さない。貴様は、井上のものであると同時に、私のものだ」 恋次と何度も重ねあった体で、一護に触れる。 憐憫でもいいから、思って欲しい。 「傍には、在れない。だが、心は重なり合ったままだ。繋がりあった鎖は、黄金ででてきるいんだ。腐食することがない」 我儘だ。子供の我儘に似ている。 恋次を手に入れたのに、一護まで手に入れようとしている。 でも、それが叶うなら。 死んだって、いい。 「お前の心に、私を刻み込めるのなら。刻み込んだまま、このまま生きていけるなら。私は、死んだっていい」 「死ぬなんていうな」 一護は、ルキアの長くなった黒髪を指で優しく?いた。 「あんなに酷く振ったのに。お前は、まだ俺のこと、思ってくれるんだな」 「ふるもふらないも、私たちは付き合っていたのかさえ分からないのだぞ」 「そうだな」 一護から、自然な笑みが零れた。 ああ、 心の激情を吐露してすっきりした。 涙は、もう零れなかった。 また、手に入れたのだ。 かけがえのない存在を。一護を。 「私は、最低の女だ。愛しい恋次と結婚し、愛しかったお前の心を手に入れて、それでもまだ満足できない」 「どうすれば、満足する?」 「死ぬまで、心を重ねあうと誓うか?」 「誓う」 「死ぬまで、たとえどんなに遠くとも・・・・・・一緒に、そこに、「在る」と誓うか?」 「誓う」 ルキアは、微笑んだ。そして、思いっきり背伸びをしても届かないので、短く刈られたオレンジの髪をひっつかんで、噛みつくようなキスをした。 「お前は、私のものだ。たとえ、井上のものであっても、同時に私のものだ」 「俺はものじゃねぇ」 「それでも・・・・・・・・」 一護が、噛みつくようなキスを、ルキアに与えた。 「じゃあ、お前は俺のものだ。たとえ同時に恋次のものであっても、同時に俺のものだ」 結婚はできない。結ばれない。 それでも、どんなに遠く離れていても、共に在れるなら。 心から、愛を誓おう。 心を重ね合おう。 繋がれていた絆という名の鎖は、はじめ鉄でできていた。時間が経ってお互いの関係が壊れて腐食するのを、止めれなかった。 ならば黄金の鎖でつなぎあおう。決して腐食することのない。 黄金は、けれど脆い。壊れてしまうかもしれない。 だが、一護とルキアの今の関係は、それに似ている。 「帰る。尸魂界に。恋次が待っているからな」 「おう・・・・・・ルキア!」 「なんだ?」 「また、いつでも遊びにこいよな!昔みたいに!恋次も連れてきていいから!」 それから、少し月日は流れ。 私は恋次と愛し合い、苺花を産んだ。いちごの名を含んだその名前は、気に入っている。 恋次とは、うまくいっている。一護をまだ愛していると告げても、恋次は私を愛してくれた。 「いつか、一護のことなんて忘れさせてやる!」 そう毎日言っている。 あれから、少し月日は流れた。 俺は、井上と結婚した。子供の名前は一勇。 黒崎織姫なった井上とは、うまくやっている、ルキアをまだ愛していると告げた時、井上は別れようといいだした。俺はそれを拒否した。 井上が俺を襲って、勝手に子供を孕んだのだから、別れて当たり前だと泣き叫ぶ井上を抱き締めて、愛しているんだと伝えると、井上は子供みたい泣きじゃくった、 時折、恋次を連れてルキアが尸魂界から、遊びにくる。 最初は、恋次と俺、ルキアと井上でぎくしゃくしてたが、今はもう打ち解けた。 「一護、苺花を連れて遊びにきたぞ!」 ああ。 また、騒がしい一日が、それでいて楽しい一日が始まろうとしている。 ルキアに、たくさんの感謝を。 一護に、たくさんの感謝を。 黄金でできた絆を結びあう鎖は、二度と切れることはなかった。 |