京楽が見合いをして、結婚するらしい。というか、もう見合いはすませて、後は結婚するだけらしい。 そんな話を聞いたのは、夏も終わり秋が深まった頃だった。 夜になると、いつも過ごしている雨乾堂の少し離れた草原からは、リーンリーンと涼やかな虫の声が聞こえる、そんな季節だった。 「京楽が?」 浮竹は、その日京楽と一緒にいなかった。馴染みの居酒屋で、院生時代からの友人たちと飲んでいた。 「らしいですよ。なんでも、相手は上級貴族の姫君だとか」 「嘘だろう?」 浮竹は、酒を飲むことをやめて、真剣な表情で話を聞いていた。 「それが、なんでも山本総隊長からも根回しされたとかで。京楽隊長も、もてますからねぇ。もう潮時じゃないんですかねぇ」 友人たちは、京楽と浮竹ができているのを知らない。 院生時代からの友人だが、それほど深い仲でもなく、たまに飲むくらいだった。 「京楽が見合い・・・・結婚・・・・・・・・」 想像しただけで、身が引き裂かれる想いだった。 永遠の愛を、誓い合った仲ではなかったのだろうか、京楽は。 愛していると甘く囁いてくる、あの声も嘘か? 京楽が。 つい先日も、耳元で好きだよと囁いて、触れるだけのキスをしてきた京楽が。 遊びで、廓の女を買っても、関係はもたずにただ酒を飲みあう。そんな京楽が。 今まで築き上げてきたものすべてが、真っ白に崩れ落ちていく錯覚にとらわれる。 「どうしたんですが、浮竹隊長」 「いや・・・少し、飲みすぎたみたいだ。今日は、もう寝るよ」 逃げるように、勘定を済ませ、浮竹は居酒屋をでた。 肌寒い。夜は、少し冷えこむ。 でも、そんなことはどうでもいい。 真相を確かめることもせずに、海乾堂に帰った浮竹がしたことは、長くなった真っ白な髪を、斬魄刀でざくざくに切り落とすことだった。 「こんな髪!」 浮竹が大嫌いの白い髪。綺麗だから伸ばしてほしいと京楽に懇願され、ずっと伸ばしてきた。腰の位置より少し高い位置で、伸びすぎるといつも京楽が切ってくれた。 「こんな髪・・・・・・」 真っ白な、色素を失った髪。 肺病のせいで、元は黒かった色がぬけて純白になってしまった。 太陽の光を浴びると、銀色の輝いて綺麗だと、囁いてくれる京楽の声が忘れられない。 「京楽の大馬鹿野郎!」 涙が、頬を伝った。 親が無理やり見合いをさせて困ると、浮竹に零したことがある。でも、そんな見合いなんて全部断ってくれた。 「僕には、大切な浮竹がいるからね」 穏やかで優しい微笑みを思い出す。ずきりと、胸が痛んだ。 もう、見合いを済ませたという。今まで、見合いなど一切せずに断っていたのに。見合いを済ませた。 イコール、結婚。 俺とは、遊びだったのか? 次々と沸いてくる想いに、疑心暗鬼になりかけていた。 「隊長・・・・きゃっ!」 清音が、帰ってきた上官の顔を見ようと顔をのぞかせると、そこにいたのは美しかった長い白髪を、ざんばらに切って、斬魄刀を持ったまま放心している浮竹の姿だった。 「ちょ、隊長!髪こんなに切ったりして・・・隊長!」 揺さぶれて、はっとなった。 「清音・・・・・・・」 「せめて、斬魄刀をしまってください。話があるなら、私が聞きますから!」 浮竹は、少し冷静さを取り戻したのか双魚理をしまった。 「どうしたんですか、浮竹隊長」 美人が台無しですよ。清音は、泣きながら浮竹のざんばらに散らばった髪を集めた。 「京楽が、見合いを済ませ結婚するって・・・・・」 「ああ、あの噂ですか」 「本当なのか?」 清音は、目を伏せた。 「本当だと、聞きました」 もう終わりだ。 数百年続いてきた恋人の関係が、こんなことで終わるなんて。 ただ、切なくて苦しくて。涙が、また零れそうだった。 清音がいる。 浮竹は我慢して、唇をかんだ。 錆びた鉄の味がした。 「隊長、しっかりしてください!きっと、京楽隊長は、結婚しませんから!」 「そんなこと、本人に聞かないと分からないだろう」 そうだ。 本人に、直接聞けばいいのだ。 だが、怖い。 話が全部真実で、浮竹を捨てていく京楽がいるのが、怖かった。 ただとてつもなく。ぽっかりと巨大な穴ができたようだ。 半身を失うようなものだ。 比翼の鳥は、片方がいないと空を飛べない。そんな比翼の鳥のような関係だった二人を引き裂くのは、片方の結婚。 きっと京楽のことだから、結婚したとしても別れるとは言わないだろう。あれほど、浮竹に執着している京楽のことだ。手放さないに、決まっている。 だが、浮竹は結婚した相手と関係を続ける気は一切なかった。 「京楽のところに、行ってくる」 「隊長!髪、せめて整えてからでも・・・・」 「このままでいい」 肩より上で、ざんばらに切られた髪をそのままに、霊圧を消して、浮竹は8番隊の隊舎に瞬歩で近づくと、そのまま京楽のいるだろう隊長室に向かった。 「入るぞ」 ばんと、乱暴に扉を開けると、京楽が文机に向かって珍しく仕事をしていた。 「どうしたの・・・・・・その髪、どうしたの!誰かに、切られたの?もしそうなら、相手を半殺しにしてやる」 京楽は、浮竹の傍にくると、浮竹を抱きしめた。 「本当か」 「何が」 「結婚するって、本当か」 低い声が出た。涙を流して別れないでと、懇願するような男ではない、浮竹は。どす黒い感情そのままに、抑えていた霊圧を京楽に向けた。 まさに、殺意をこめて。 「あー、あの話ね」 「京楽っ!」 押し倒されていた。 「こんな関係、終わらせてやる!」 「できるの?僕なしで、生きていけるの?僕に散々啼かされている君が、僕なしで生きていけるとはとても思えないよ」 情欲のままに、貪られ、貪ることを覚えた体にされてしまった。 乱暴に口づけられて、浮竹は京楽の舌を少しきつめに噛んだ。 「痛いじゃないか」 「髪は、自分で切った」 「そうか。綺麗だったのに・・・・・。後で、切りそろえてあげる」 「そんなことより、どうなんだと、聞いているんだ。はぐらかすな」 「一言でいうなら、結婚しないよ。見合いも、山じいがうるさいからしたけど、結婚はしない。相手は同じ上級貴族の姫君だから、破断にするのに、時間かかったけどね。もしも、結婚を強制されたら、家を出る」 家族と、縁を切ると、強く京楽は浮竹の耳に囁きかけた。 安堵すると、自然と緩んだ緊張感から解放されて、涙が頬を伝った。 「ごめんね。もっと早くに、僕から伝えるべきだったね」 「ん・・・・」 深く口づけられても、今度は舌をかまなかった。舌をからませあいながら、京楽が与えてくる快楽を、素直に受け取る。 「怖かった。お前を失うのかと思って」 「そんなこと、ならないよ。結婚なんてしない。むしろ、許されるなら君と結婚したい」 京楽は、強く浮竹を抱きしめた。 おずおずと、抱き返して、それから京楽を力のままに押し倒す。立場が逆転して、京楽は浮竹を見上げた。 「もしもお前が他の相手と結婚したら、相手を殺してやる」 翡翠の瞳には、確かな殺意が静かに宿っていた。 「怖い怖い」 ざんばらになった、短くなった髪に京楽の指がからまった。 「僕のせいで、やけをおこして髪をきったんだね」 「そうだ。全部、お前のせいだ」 情欲というものを覚えたのも。激しく燃え上がる情熱を覚えたのも。 「髪、切りそろえてあげる。それから、また伸ばして?毛先はいつものように僕が揃えあげるから」 ぎらりと光る翡翠に、ああ、なんて綺麗な生き物なんだろうかと、京楽は微笑む。 浮竹は、静かに京楽の上からどいた。 「ちょっと待ってね。仕事、片付けるから。すぐに終わるから、待っててね」 素直に待って、畳の上でざんばらになった白い髪で遊んでいると、10分も経たずに京楽がやってきた。 いつも髪を切ってくれる大きめの鋏と、手鏡と、櫛をもっていた。 「それにしてももったいないなぁ。何で切ったの?ざんばらじゃない」 「斬魄刀で切った」 「なんて無駄な使い方だろう。双魚理が、かわいそうだよ?」 「そうだな・・・・・少し早まりすぎたみたいだ。反省する」 しゃき、しゃき。ぱらぱら。 櫛で真っすぐに伸ばされて、切られていく白い髪。 京楽は、慣れた手つきで浮竹の髪をきっていった。 「ほら、できた。かわいいね。院生時代を思い出すよ。短くても、似合ってる」 手鏡を渡されて、少し潤んだ翡翠の瞳がその中に映っていた。 綺麗に、院生時代のように短く整えられた白い髪。前までの長さに伸ばすには、数年はかかるだろう。 「改めて、約束するよ。もう見合いもしない。結婚もしない。君だけを愛し・・・・・・」 言葉は、浮竹の口づけで塞がれた。 舌をぬくと、浮竹は銀の糸をひく舌で、ぺろりと自分の唇を舐める。 京楽だけが知っている、浮竹の癖だ。 情欲すると、浮竹は自分の唇を舐める。 「京楽・・・・・愛して?」 京楽の隊長羽織を、浮竹が脱がしていく。 浮竹は、京楽に隊長羽織を脱がされ、死覇装に手がかけられる。何度見ても、見飽きない、浮竹の裸身が露わになっていく。 「あっ・・・・・・・・」 体の輪郭全部を確かめるように、音もなく、京楽の手が浮竹の体のラインをたどっていく。 浮竹は、京楽の肩にかみついた。 それも、京楽だけが知る浮竹の癖だ。快楽を覚えて戸惑っていると、肩に噛みついてくる。 「愛してる」 浮竹は、熱にうなされるように囁いた。 珍しく、浮竹から体を求めてきた。 薄い筋肉のついた胸を撫でて、先端に爪をたてると、また浮竹が京楽の肩にかみついた。 甘噛みだ。 舌で先端を転がして、もう片方に爪をまたたてる。 「おっと・・・・・・潤滑油、もってくるね」 行為の途中で置き去りにされた浮竹は、翡翠の瞳で京楽をにらんだ。 でも、潤滑油なしでは、交われない。無理に交わることもできるが、そうすると浮竹の中が傷ついて、血を流す。 京楽は、浮竹の血の色が何より嫌いだった。 それは、浮竹の命の色そのものだ。 「ん・・・」 潤滑油に濡らされた指が、蕾をえぐってくる。内部を侵す指に、浮竹は翻弄される。 「愛してる」 何度めかの囁きが、浮竹の唇から零れ落ちた。 「あうっ」 前立腺をひっかかれて、声がうわずる。浮竹は、ペロリと自分の唇を舐めていた。 水音をたてて、京楽の指が抜かれていく。 「愛して?」 小首を傾げてくる。明らかに、同じ男の京楽に犯されて、情欲していた。いつもは白い髪で、表情が見れない時があるが、今ならはっきりとわかる。 ゆるゆると、たちあがったままの浮竹の花茎に手をそえてしごきあげ、同時に挿入した。 「やあっ」 前立腺を何度もつきあげると、浮竹は翡翠の瞳を伏せた。長い睫毛が、頬に陰影を作り出す。 「あ、あ、あ・・・・・」 刻まれるリズムと一緒に、声が漏れた。 浮竹を貫いたまま、京楽は浮竹の腕をとって起き上がらせた。体重で、京楽の熱を深く呑み込んでいってしまう。 「この体勢、いやだっ・・・・・・・・」 浮竹が涙を零した。 「あ、あ、激し・・・・」 下から突き上げると、浮竹は短い白い髪をぱらぱらと宙に泳がせた。 「春水、やだっ」 ねだられて、体位を変えた。いつものように、浮竹の細い足を肩に乗せる。柔軟な浮竹の体は、少々無理な体位でも受け入れた。 「んっ」 最奥を突き上げると、浮竹も限界が近いようで、生理的な涙を浮かべている。 「一緒にいこう、十四郎。愛してるよ」 「俺も愛して・・・る・・・・・ああっ!」 花茎をしごかれ、先端に爪を立てられて、半ば強引に性を放たされた。同時に、腹の奥で京楽の熱が弾けた。 「あ、あ、いっちゃう。今はだめっ・・・・・・・」 白い液体を迸らせたままの浮竹を、京楽は侵略するように犯していく。また深く挿入され、前立腺をこすりあげられた。 「!」 頭が真っ白になった。肉体的に達しているのに、オーガズムでいくことを覚えさせられた体が、快楽で真っ白になって、ぐずぐずになっていく。 二度目の熱を、浮竹の中に吐き出して、京楽もようやく満足したようだった。 何度味わっても、飽きない。 浮竹の体は、よすぎる。 お互いにとって、肌を重ねることは麻薬に似ていた。 快楽を伴って、常用性が出る。また、体を重ねたくなる。禁断症状がでる。 「きもちよかった?」 体をふいて清めてくる京楽に、浮竹は言葉もなくこくりと頷いた。死覇装で、体のラインを隠す浮竹のうぶな動きに、またのそりと京楽の熱が高まっていく。 いけない、いけない。 激しくすると、浮竹は意識を手放してしまう。そんな相手を労わることのあまりない、快楽だけの交わりは、避けないと。 何千回と体を重ねてきたが、浮竹は激しくされるより、時間をかけてとろけるような愛され方をする方が好きだ。 だが、そのやり方だと京楽のほうが悲鳴をあげそうになる。気を放たずに、浮竹を満足させるのは難しい。 だが、できるだけ、快楽を味わって欲しかった。 「あ、そうだ」 「?」 「11番隊の、やちるちゃんに、金平糖(こんぺいとう)もらったんだ。食べるかい?」 こくこくと、頷く浮竹に、京楽は後始末を全部終わらせて、お互いに服を着あってから、もらった金平糖を、浮竹の綺麗な形の手に、転がした。 本当に、同じ死神だろうか。剣を握って戦うというのに、綺麗な手をしている。無駄なぜい肉は一切ない。だからといって、鍛え上げられた硬い筋肉もない。薄い筋肉だけを持つ浮竹は、軽い。 「甘い・・・・」 「運動した後は、余計に甘く感じるよね」 かっと、顔を赤らめて、浮竹は目を伏せた。 「浮竹は、睫毛が長いね」 「そうか?」 「うん。でも、睫毛は黒いんだね」 眉毛も、黒い。体毛はほとんどないが、黒い。もじゃもじゃの京楽からすれば、体毛があまりないのは羨ましかった。 「髪だけだ。白いのは」 「そんなことはないよ。今は上気してバラ色になってるけど、肌も白いよ」 浮竹は、もっとと、金平糖をねだったてきた。だが、手元にはもうない。 かわいい恋人に、京楽は明日あげる予定だった、浮竹の大好物のおはぎを出してきた。ついでにと、酒ももってきた。 「甘い・・・・・・・」 おはぎをほおばる浮竹の短くなった白い髪に、口づけをする。 「また、伸ばそうね」 京楽は、自分の杯に酒を注ぎ、一気に呷った。 「ああ」 同じ杯を、浮竹に持たせて、酒を注ぐ。少し躊躇した後、浮竹は杯を煽った。 喉が焼けるようだ。京楽は、アルコール度の高い強め日本酒を好む。果実酒みたいな甘い酒を好む浮竹も、日本酒を飲むが、やはり果実酒の方が好きだった。 「浮竹の好きな果実酒もあるよ」 「だったら、最初からそっちを出してくれ」 違う瓶をとりだして、浮竹にもたせた杯に注ぐ。 浮竹は、それを飲んだ。 「甘い酒、好きだね。もしも、今度一緒に現世にいくときがあるなら、カクテルを好きなだけおごってあげる」 尸魂界に、カクテルを出す飲み屋がないわけではないが、現世のほうが種類も豊富だった。 浮竹が飲んだ果実酒は、柑橘系の味がした。気に入ったので、どこに売っていたのかと聞くと、わざわざ現世から取り寄せたものだという。 きっと、値も張っただろう。 比翼の鳥は、翼を取り戻した。 半身を失わずに、済んだ。 比翼の鳥は、大空に向かって飛んでいく。 どこまでも、果てなく。 お互いの、命ある限り、寄り添いあいながら。 |